去年の十月から目標にしてきた、

自治体の面接試験が今日終わりました。


やれるだけのことはしたと思います。


もう一回面接できるなら

そう思えば

あれを伝えたい。

これを言いたい。

ああ言えばよかった。


たくさんありますが、

人事は尽くしたと思います。


あとは天命をまつのみといことで。




とか、言っちゃってるけど、

退出するときに「失礼いたしました」を言い忘れるという大失態を犯してるんやけど笑


一応礼はしてるけど、向こうの人もあれそれだけ?って

絶対思ったろうな。


あれだけは本当にやり直したい。



まーもうごちゃごちゃ言ってもどうしようもないけど。




本当に長かったような短かったような10ヶ月でした。


正直きつかったです。


勉強もつらかったけど、

精神的にきつかった。


最後のほうには緊張すると嗚咽がくるというやっかいな癖を抱えながら過ごしていました。



きつかったけど、

頑張ってきてよかったです。



心の底からそう言えます。




・目標は必ず立てる、そして立てた目標は必ず達成する。

→だからむちゃくちゃな目標は立てない。


・詰めが甘い

→日ごろから物事を最後まできちっと終わらせる癖をつける。


・自分の中で優先順位をはっきりさせる。

→いっぺんに全部は無理。


・楽しいとラクをはきちがえない

→好きなことだろうと継続して行動を起こすのはしんどいときがある

→いくら夢に向かってようと、目標に近づいていようとやりたくないことだってある。


・日ごろの習慣を大切にする

→ゴミは捨てないとか、小さいことにも感謝するとか、走るとか、新聞読むとか

習慣はなんでもいいけど、小さな積み重ねが自分を作っていると自覚する。


・やることがあるなら先にやる

→まだ期限があるから、を言い訳に手をつけないのが一番ダメ。


・自分は自分。人は人。

→いろいろ寄り道するのも、思いつきで行動するのもいいけど、

一番は自分の決めたことをきちっと達成する。


・目標は紙に書く

→日々の作業に追われていると、自分の中でいつのまにか目標が影をひそめてることがおおい。

目標は目につくところに貼っておく。


・謙虚な姿勢を忘れない。

→鼻が伸びてるときほどろくなことはない


・物事が形になるには、自分が思う以上に時間がかかるもの。

→意識しなくなって初めて物になってると言える。大切なのは地道な継続。






こんなところ。


また思いついたら書くけど。


とにかく今は何もしたくない。



何も考えたくない。



おやすみ


人間いい結果が出たときや、迷いがないときはどんどん行動できます。

多少のしんどいことにもめげません。

ある程度の壁ならなんなく跨ぐでしょう。


でもそれは当たり前のこと。


大切なのは、
しんどいとき。
うまくいかないとき。
マイナスの発想しか出てこないとき。
言い訳ばっか浮かんで行動しない方に向かうとき。
どうしていいかわかんないとき。


迷いながらでもいい、
それが合ってなくても言い、
結果的には無駄であってもいい、
とにかく目の前のことを行動に移すこと。


そして行動し続けること。


迷いながら行動し続けるって経験したことある人はわかると思うけどしんどいです。

でも動くことです。

歩みを止めないことです。
















という内容を下書きとして保存していました。


内定を取ったらちゃんと書こうとしていました。



今日書きます。




とりました。内定。




来年から政令指定都市の市職員です。




大学を卒業してから3年。



何をしてても頭の片隅にあった自分は社会人ではないという劣等感。




今日、ようやく肩の荷を下ろすことができました。











物事には本質(本体)とそれ以外(付属品)があると思います。


これはけして難しい話でなく、

なにか閃いたわけでもなく、

いうなれば、

当たり前なことです。



本質を見極めろとか、

余分な荷物はおろしてしまえとか、

そんなフレーズをたまに聞きますが、

そもそも本質って何なんだろうか。



さっき風呂場でシャンプーしながらぼーっとそんなことに想いを巡らせていました



本質って、なにも難しいことじゃないと思うんです。

三日三晩山にこもって滝に打たれて見えてくるようなものじゃないと思います。




無垢な子供が不意に本質を突くような質問をしてくるのがいい例だと思います。



当たり前なことなんです。

簡単なことなんです。

シンプルなことなんです。



たとえば、



なんで風呂に入るのか。

身体の汚れを洗い落とすためです。


なんでお金が必要なのか、

物を買うためです。


世の中の企業は何をしているのか。

サービスを売って対価を得ているんです。




物事も深く考えすぎないほうが本質を捉えやすいと思います。



今私は何をしているのか。

風呂の中でそうなんじゃないかと思いついたことを、

本当に合っているのかとか、びくびくしながら、

でも、なんとなく合っていると感じているからその内容を

忘れないようにタイピングしている。


違います。

パソコンで文章を打っているんです。



たまたまバスに乗り合わせたあの人はなにをしているんだろう。

せっかく就職活動で内定が出たのに、

まさかの単位がぎりぎりで、授業の先生に泣きついて、

足りない点数をレポートの提出という特別措置をなんとかとってもらえて、

でも、昨日の夜に飲み会で羽目を外しすぎて、

まさかの寝坊をしてしまって、

とにかく学校に行こうとバスの中でできる限りのレポートをしておこうと、

タイピングしている。


違います。

バスの中でパソコンを使用しているんです。






言いたいことがうまく表せている気がさらさらしませんが、

要は本質ってのは、

当たり前の事実なんです。




難しいことでも、

かっこいいことでも、

スマートなことでも何にもないと思います。


平凡なことなんじゃないかと思います。



じゃあなんで、

世の中本質を見失いつつある人が多いのか。


たぶん、

付属品がたくさんあるほうが魅力的に見えるからです。



本質ってのは、

シンプルです。


シンプルだからこそ、

余計な雑味なく物事を味わえるし、

何よりフットワークも軽くなり、荷物が減るから要領が増えるんですよね。



でも、

逆にぱっと見ただけではそこに対する魅力を感じにくいのかもしれません。



本質は主観的な魅力はあるけど、

付属品は客観的な魅力というんだろうか。




船で旅する目的は、

目的地に着くことです。


そこには船の大きさとかは直接には関係ありません。


でもやっぱ大きい船のほうが見栄えが良く見えんじゃないでしょうか。




では人生の目的は何なんでしょうか。


稲森和夫さんはこう言ってます。

「心をきれいにすること」だって。(たしか)


シンプルですよね



深く難しく考えてしまうのは日本人の特徴でもある気がします。


本質はぶれません。


いくらさまよっても結局はそこに戻ってきます。



出来るだけ見失わないようにいたいですね。