白血病と戦った娘(54) 思い起こし”白血病と戦う娘(35)~(36)” | アイドルは電気ヒツジの夢を見たか?

アイドルは電気ヒツジの夢を見たか?

他愛もない日々の記録です。
娘の闘病が終了し、新たな気持ちで前に向かってます。

上の娘が急性骨髄性白血病で亡くなってから、もうすぐ1年になります。

娘の生きていた証として、忘れないうちに記録を残しています。
気になる方はスルーして頂けると助かります。

 

いよいよ絶望の日が近づいてきました。

 

 

タイから帰国する前日の記事です。

 

 

丁度ホテルに隔離されていた時期で、私はプールサイドでコーラを飲みながら仕事をしていた。

かみさんからのLINEを読み、かなり厳しい状況である事を認識した。

毎日行ってる採血でも、全く生着の兆しが見られなかった。

白血球も好中球も、年末からずう~と”0”のままなのである。

 

もうこの時点で、生着不全はほぼ確定だった。

 

何故もっと早く再移植に踏み切れなかったのだろう・・・

 

早く娘に会いたい。

 

ただそれだけだった。

 

そして帰国・・


娘から来た悲痛のLINEを読みながら、私は3日間の自主隔離期間を過ごしていた。

 

最大の問題は肺に水が溜り始めた事だった。

全く抵抗力の無い体で体内感染が始まってしまったのだ。

 

記事では、15日にかみさんが末梢血幹細胞移植の為に入院の予定を立てていた。

 

でも・・

これでは・・・

遅すぎるんだ・・・・

 

何故もっと早く移植が出来なかったのだろうか・・

 

担当医師のチームが熟考の上で立てた計画なのだとは思うが、やはりもう少し別の手は無かったのだろうかと、今でも悔やみ続けている。