あみめのあいだ
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「対岸の彼女」

文庫になるの待ってたら読むのが遅くなってしまった。


自分が言うことを他の人がもっとよい言葉のセレクションで言ってしまうと、

ちょっと悔しく思える。作家だもんなぁ。


子持ちの主婦と、同い年の子なしの女社長の会話。社長は「こわい」と思うことはめったにないが、子どもを産むことだけはこわいと話すところ。

「でもさ、自分から出てきた子どもが、成長して、私には決してわからないことで絶望したり傷ついたりするって、想像しただけでこわい。自分が親に何も話さない子どもだったからかな。」

前も「空中庭園」を見たとき(映画)、ちょうど他人としての家族についての映画作ろうとしてて、「ああなんだ、もうやってあるのか」と思ったなぁ。
角田 光代
対岸の彼女 (文春文庫 か 32-5)

「山月記」

中島敦


本棚にあったのを、高校ぶりに読んだ。

高校では授業でやったから、難しい言葉もなんとなく覚えていた。


なんかこれ、今読むと妙にリアルで怖いな。

それゆえに名作…。

臆病な自尊心と尊大な羞恥心か…。

今まさに李徴…?


 己の珠に非ざることを惧れるがゆえに、

 あえて刻苦として磨こうともせず、また

 己の珠なるべきを半ば信ずるがゆえに、

 碌々として瓦に伍することもできなかった。


うぬぬぬ…今年は頑張る。



中島 敦
李陵・山月記 (新潮文庫)

ガラスノ牙

勅使河原三郎


声あたらしい… くもないか

途中で笑い始めている(ようにみえた)勅使河原さんにつられて笑ってみたら笑ってるの私だけだった(ような気がする)。


うーん、でもやっぱ

風花とかBones in Pagesのほうが好きだなぁ。

セルゲイ・パラジャーノフ、2作品

「ピロスマニのアラベスク」 1985

「火の馬」 1964



アイ・ヴィ・シー
火の馬

アンドレイ・タルコフスキー、3作品

「僕の村は戦場だった」

「鏡」

「ノスタルジア」


3作品だけだけど、フィルムで見れた。超貴重!


タルコフスキーの母って、どんな人だったんだろう、といつも思う。

今回見た3作品だけでもそうだし、「惑星ソラリス」でも、「ストーカー」でも。

直接的ではないけど「サクリファイス」でも。

多くの作品で“母”が描かれている。お母さんがとても大事なんだろうなぁ。

母親。あとロシアだね。

何かの文献で、ロシアから亡命したあとも自分の映画はロシア映画だ、

みたいに言っていたとのことを読んだけど、まさにそうだと思う。

自分には何も論ずることができないんだけれども(もどかしい!)とりあえず、

母親、そして故郷についての何か強烈な思いだけは感じるんだな、タルコフスキー様。


それにしても、「鏡」で、母親が髪を洗っているところから“現在”に時間が動くところは

圧巻ですな。モンタージュ!とかそんなんじゃなくて、時間なんだよ、あれは。

「惑星ソラリス」でも妻と母の幻影が入れ替わり立ち代り?みたいなところがあったけど

なんというか、私は彼の撮影法を暴くつもりはさらさらないので、

ただただ、彼の映像マジックに酔っていたいのです。マジックです。

タルコフスキー様。。


「ノスタルジア」はもとから大好きで、映画というもののなかで一番好き、くらいに好きで

本当、フィルムで観る機会なんてあまりないから、舐めるように観た。

一番最初に「ノスタルジア」を観たとき、ラストでどんどん引いていくところで

うわああああああああああ・・・・・・(言語化不能)となったのだが、今回

「ラストにむけて『うわあああ』ってなるぞ、なるぞ」って思いながら見てしまって

それが或る意味邪念だったんだな、なんか、あまり感じられなくてショックだった。

わたくしがいけなかった。

それでも、映画に限らず何かを「初めてみる」(みることに限らず、どんな経験もだが)

は、本当に1回きりだから、最初の感動っていうのは大事にしたいね。

変に味知ってしまうと、なんかもったいないというか。

それでも素晴らしいものは、何度みても(経験しても)素晴らしい。

というか、今までは「ノスタルジア」が有無を言わさず#1だったけど

今回で「鏡」にものすごい魅力を感じた。

やっぱタルコフスキーすげえよ。




アイ・ヴィ・シー
僕の村は戦場だった
アイ・ヴィ・シー
鏡【デジタル完全復元版】
パイオニアLDC
ノスタルジア

アレクサンドル・ソクーロフ、4作品

「ストーン クリミアの亡霊」
1992年 ロシア

どこで!チェーホフという記号を読み取ればよかったのか!
教養・・・。
ななめ。ななめ加減。
鏡越しにものごとを見ている気分。



「セカンド・サークル」

1990年 ソ連
まさに、“男の使えない加減”だった。

葬儀屋の女もビッチだが、なんていうか。

葬るのは、最後の義務なのね。

“私よりも先に世を去る親しきものは幸いである”ってなんか、

笑わせたいのだろうか。



「孤独な声」

1978年 ソ連

その風景、撮りたいと思ってしまうよね、うん。と思ってしまった。

でもやっぱりタルコフスキーにはかなわんよー。

舟の上のダイアローグが面白かった。

死を体験したい、死はきっとこの水の中みたいなんだ、

魚はそんな水の中にいるから生と死の間にいるのだ、

彼らは死を知っている、だけど話すことが出来ないし、目はうつろだ、

牛とはちがうのだ

みたいのが面白いと思った。


「マリア」

1975-88年 ソ連

とある農村の女性について、だけ、のドキュメンタリーだったら

うーん、歴史とかソ連とか、労働とか、もっと知ってないと真価がわからないー

とか思っていたら、その記録映画を9年後に上映するという2部構成になっていた。

撮ることと、撮られることと、見ることと。

本当にこれまだ続いてるのかなぁ?




紀伊國屋書店
アレクサンドル・ソクーロフ DVD-BOX
紀伊國屋書店
アレクサンドル・ソクーロフ DVD-BOX 2

「楽日」

楽日

監督 蔡明亮(ツァイ・ミンリャン)

2003年 台湾


みてるひとをみてるえいがをみてる

肉まんが食べたい。

「迷子」

迷子

監督 李康生(リー・カンション)

2003年 台湾


わたしがさがしているのがあなたで

あなたがさがしているのがわたしなら

よかったのになあ。

おばあちゃんとその孫と

ある孫とおじいちゃん。


焦って焦って同じ場所を探す

くたびれて泣きたくなる

泣いてもどうにもならないのは分かってるの!

でも泣くしかなくなるの!

なんでいなくなるの!


ファーストカットすばらしかった。

金魚

「王と鳥」

王と鳥

監督 Paul Grimault (ポール・グリモー)

1980年 フランス


音楽うつくしいなあ


全部がなくなってしまえばよかったのかね

"The Color of Pomegranate"(「ざくろの色」)

ざくろの色

監督 Sergeri Paradjarnov

1968年 アルメニア


はあああ ニュープリントすばらしい@アテネフランセ

冒頭、美しすぎる

早くカメラを手に取りたくなる。


中世絵画のように正面を向いた役者たち

不自然に見えても、それが「映画の演劇」。

どんなに“自然に”みせようとする現代の映画もドラマも

おんなじ、なのである。

カメラの前で演じているのである。

カメラの前で起こっているもの、カメラの前にあるもの、動き

どれも美しくてずっと見ていたくなる。

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