入社はあのブラックマンデーのあった’87年。本当にやりたかったのはトレーダーだった。会社の資金を運用する自己売買部門を希望していたが、経理系の総務要員の拡充が必要という会社の方針で総務課配属となる。将来の職種転換のためでもあり、証券外務員の資格も取得した。総務課でこなす仕事の範囲は物凄い量。現金、株券等の証券類を扱い、証書や計算書の作成など、裏方とはいえスムーズに機能しなければ大変なことになる重要な部署。朝は4時前に起床、6時前には支店に到着して一人で業務開始。同僚の女性たちは8時過ぎに出勤してくる。一人早番状態を6年間毎日続けた。
Upd2002/1/1(火)
専門学校在学中、少しでも勉強時間が欲しかったため、休み時間も一人でカリカリ教室で勉強を続ける。一般学生より時間が取れないというハンデを抱え、危機感を募らせていたせいか、集中力が物凄く高まっていた。難関だった通産省情報処理II種試験に合格。そしてクラス内で上位の成績を続けていたので、競争率の高かった証券会社を受けるための学校推薦も得られた。入社できたのは新聞奨学生であったのと、高校時代に蓄積していた献血回数が評価されたと思っている。在学中に株の世界に目覚め、貯めた給与で株売買。もちろん短波放送も聴いていた。
Upd2002/1/1(火)
高校を卒業し、東京へ。『♪どこま~でも どこま~でも…』のCMを夕方の再放送ドラマ帯に流している某専門学校の本校に通っていた。当時は校名に<IT>の文字はなかった。学費を新聞社が肩代わりし卒業すれば返済免除、朝夕刊の配達と集金業務をして給与を戴く新聞奨学生として販売店に2年間住み込み通学していた。毎日、純粋の睡眠時間は3時間取れていたかどうか…夕刊配達のため早退公認されていたが、引換えに教室以外で部屋での勉強時間を一般学生よりも多く割かねばならない。慢性的に睡眠不足で献血を考える余裕がなく、ほとんど献血できなかった。
Upd2001/12/31(月)