初日の出2016
新年明けましておめでとうございます
今年の初日の出は。
一人で車を飛ばし見てきた(笑)
海から上がる日の出が見えるだろうと向かった先は近所の鳴門海峡~


案の定、海沿いは駐車する列が遠くまでずらり。
だよね~
到着したときは既に太陽が出たばかり。
しかももうすぐ厚い雲に入ってしまう。
今車を停めて見たいなぁ。
らちと遅かったなぁ。
と思いつつも、幸いなことに駐車してた車が出たのですぐにそこに停めて車外に出て眺める事ができた
ギリギリ雲に入る前に見れた太陽さん

直ぐに厚い雲に隠れたので『撤収~
』

ほんの数分の滞在(笑)
でも見れて良かった

既に反対車線は帰る車で列をなしており、渋滞でノロノロスピード。
まぁいいや。
外を眺めながらゆっくり帰ろう。
んん
もしかしたら光の道、出現かぁ~

車内から撮影。

渋滞に感謝

皆様にとっても良き一年になります様に。
今年の初日の出は。
一人で車を飛ばし見てきた(笑)
海から上がる日の出が見えるだろうと向かった先は近所の鳴門海峡~



案の定、海沿いは駐車する列が遠くまでずらり。
だよね~
到着したときは既に太陽が出たばかり。
しかももうすぐ厚い雲に入ってしまう。
今車を停めて見たいなぁ。
らちと遅かったなぁ。
と思いつつも、幸いなことに駐車してた車が出たのですぐにそこに停めて車外に出て眺める事ができた

ギリギリ雲に入る前に見れた太陽さん

直ぐに厚い雲に隠れたので『撤収~

ほんの数分の滞在(笑)
でも見れて良かった


既に反対車線は帰る車で列をなしており、渋滞でノロノロスピード。
まぁいいや。
外を眺めながらゆっくり帰ろう。
んん

もしかしたら光の道、出現かぁ~


車内から撮影。

渋滞に感謝


皆様にとっても良き一年になります様に。
過ぎ行く2015年
もうすぐ2015年が終わる。
除夜の鐘が聞こえる。
今年はターニングポイントな年だった。
皆様はどんな一年でしたか?
この年末は。
掃除はいつもより念入りに。
洗濯も天気が安定してたのでシーツ等の大物も出来てスッキリ。
おせちは用意しないけど、会津若松育ちの母が毎年作る『こづゆ』を私も作る。
これを作ると『新年を迎えるのだなぁ~』と実感する。
何気ない毎日が当たり前ではないことを感じながら。
ふとした瞬間に気づきがあり感謝の思いで心が満たされた。
気づきがありそこから行動する大切さ。
行動することで見えてくる。
本質はシンプル。
いつの間にか複雑に捉えてしまってる思考回路を軌道修正する日々。
手放すという意味。
今を生きるという意味。
深い部分におとしこむ。
来年はもっともっと自分を信じて進んでいこう。
急に行きたくなった大晦日の大麻さんは露店商の方々の準備で賑わっていた。

ご神木にご挨拶。

うん。
今時だね。
皆様。
よいお年をお迎えください
来年もよろしくお願い致します
除夜の鐘が聞こえる。
今年はターニングポイントな年だった。
皆様はどんな一年でしたか?
この年末は。
掃除はいつもより念入りに。
洗濯も天気が安定してたのでシーツ等の大物も出来てスッキリ。
おせちは用意しないけど、会津若松育ちの母が毎年作る『こづゆ』を私も作る。
これを作ると『新年を迎えるのだなぁ~』と実感する。
何気ない毎日が当たり前ではないことを感じながら。
ふとした瞬間に気づきがあり感謝の思いで心が満たされた。
気づきがありそこから行動する大切さ。
行動することで見えてくる。
本質はシンプル。
いつの間にか複雑に捉えてしまってる思考回路を軌道修正する日々。
手放すという意味。
今を生きるという意味。
深い部分におとしこむ。
来年はもっともっと自分を信じて進んでいこう。
急に行きたくなった大晦日の大麻さんは露店商の方々の準備で賑わっていた。

ご神木にご挨拶。

うん。
今時だね。
皆様。
よいお年をお迎えください
来年もよろしくお願い致します
クリスマスイブは思い出に繋がるあの店で(*^.^*)
東京にいた頃、お稽古の帰りや友達との待ち合わせ、ただ何となくと何かと立ち寄った(笑)中目黒駅近くにあった想い出いっぱいのバール・デル・ソーレ
デル・ソーレではバリスタさん養成しており小松島のロゼッタカンパニーのバリスタさんはデル・ソーレで修行した人
クリスマスイブだし


あの頃、良く頼んだカフェラテ飲んで久し振りに思い出に浸ろう~

そんな心境になったのはこの所、色々過去の出来事を振り返って今までと見方が変わったり色んな気づきがあったからかな。
徳島来た直後は環境の変化にいっぱいいっぱいで気持ちの余裕なく。
子供が生まれてから育児生活にいっぱいいっぱいで余裕なく

少し気持ちの余裕が出てきた…というより気持ちのなかにあるザワザワを見つめていたらなんだけどね~


小松島まで足を伸ばした


ロゼッタカフェカンパニー
線路沿いにあるお洒落カフェ

テラス席は汽車好きにはたまらない

息子が好きなので毎回テラス席だ。

思い出に繋がるカフェラテでほっこり
この所、ザワザワを見つめ考えすぎて気持ちに余裕なくしてたなぁ。
いかんいかん

汽車好きの息子は汽車が通る度にガン見
踏み切りの音がなり始めると手が止まり、汽車が来る方向を見つめている。
息子、ご機嫌なり
今日は来てよかった
何かが吹っ切れ肩の力が抜けた(笑)
素敵なクリスマスイブ
ありがとう



デル・ソーレではバリスタさん養成しており小松島のロゼッタカンパニーのバリスタさんはデル・ソーレで修行した人

クリスマスイブだし
あの頃、良く頼んだカフェラテ飲んで久し振りに思い出に浸ろう~


そんな心境になったのはこの所、色々過去の出来事を振り返って今までと見方が変わったり色んな気づきがあったからかな。
徳島来た直後は環境の変化にいっぱいいっぱいで気持ちの余裕なく。
子供が生まれてから育児生活にいっぱいいっぱいで余裕なく
少し気持ちの余裕が出てきた…というより気持ちのなかにあるザワザワを見つめていたらなんだけどね~



小松島まで足を伸ばした


ロゼッタカフェカンパニー
線路沿いにあるお洒落カフェ

テラス席は汽車好きにはたまらない


息子が好きなので毎回テラス席だ。

思い出に繋がるカフェラテでほっこり

この所、ザワザワを見つめ考えすぎて気持ちに余裕なくしてたなぁ。
いかんいかん


汽車好きの息子は汽車が通る度にガン見
踏み切りの音がなり始めると手が止まり、汽車が来る方向を見つめている。
息子、ご機嫌なり

今日は来てよかった
何かが吹っ切れ肩の力が抜けた(笑)
素敵なクリスマスイブ
ありがとう
今日はkin260最後のスピンでドキドキ告知してみた(笑)
明日からkin1の新しいサイクルが始まりますね~

新しいサイクルが始まる前に色んな事を手放して気持ちの整理がついて新しいサイクルを向かえる。
改めて振り返ると今まで人との出合いに恵まれた人生で出合った全ての人に感謝なり
今日のkin260は黄色い太陽/黄色い星音13。
詳しい事はこちらを見てね→こよみ屋blog
赤い龍のkinを持つ私は黄色い太陽が神秘kinにあたる。
黄色い太陽のエネルギーが流れる今日はどんな日になるかしら

実は私。
現代レイキヒーラーのマスター(レイキ伝授できるよレベル)なんです~
新しいサイクル向かえるから。
ちと公言してみた(笑)
レイキとの出合いは東京にいる頃。
池尻大橋でサロンを開くレイキヒーラーさんと出合い。
それまでレイキに偏見を持ってたので近寄らなかった。
でも実際にヒーリングを受けたら良くてね。
レイキ伝授を考えた。
調べたら何やら沢山の流派があったので、出来れば創始者の流れである臼井式が良いと思ったけど見つからず。 きっかけとなった彼女の取得した所と同じ所でと調べたら時間と金額で断念

その後直ぐに徳島に来ることとなり、バタバタしているうちレイキ伝授の事は忘れて…(笑)
産後4ヶ月位のころ友人から『このヒーラーさん、良かったですよ
』と一人のヒーラーさんを紹介された。
それが高岡 典子(高天原典子)さん。
彼女はヒーリングセラピスト&自然療法薬剤師。
そしてレイキマスターだった。
彼女のブログを見たら確か3日後にレイキ交流会を行うと告知あり、募集残り1名とかだったかな。
直ぐに子連れで参加可能か連絡とり交流会に滑り込んだ(笑)
初めての交流会。
典さんと初対面。
もちろん、参加してる人全員初めて会う人達。
でもそのときの印象が良くてレイキ伝授を行っていると知り子連れ参加も可能と聞いて(子供がまだ赤ちゃんで動けないうちに❗)と一気にマスターまで取得したのだ(笑)
申し込む前に一応他も調べたら、子連れで受け入れてくれる所はなかった。
『典さんがどの流派か知らないけどこのまま臼井式にこだわっても仕方ない。レイキなら流派はどこでも良いわ』とこだわりは捨てた。
そうしたら。
典さんは現代レイキで創始者の土居さんから伝授を受けていたのだ。
現代レイキ創始者の土居さんの経歴を転記しました。
土居/裕
1935年、岡山県生まれ。大手企業勤務を経て、現在「現代霊気ヒーリング協会」代表。精神世界、宇宙エネルギーに関心を持ち、30余種のヒーリングを学ぶうち、レイキ法と出会う。西洋式レイキを学んだ後、伝統の臼井霊気療法を学び、創始者臼井甕男師の原点を求めて、霊気法の実践と研究を深める。その結果、西洋式レイキの効果的なヒーリング体系と、伝統霊気に伝わる霊性向上の理念を融合させ、シンプルな「現代霊気法」を構築。現代霊気ヒーリング協会を設立し、兵庫県芦屋市を中心に交流会、セミナー等を行なっている。その理論と効果が認められ、海外でも約30ヶ国200人以上のマスターが直接学んでいる。「NPO法人日本ホリスティックレイキ協会」名誉顧問。「NPO法人現代レイキの会」名誉顧問(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)
伝授を受けた時、現代レイキで伝授の相手が典さんで良かった。
東京で無理矢理、伝授受けなくて本当に良かったと思った。
それまでの自分は思い立ったら直ぐに実行だったから(笑)

ぴんと来ないなら焦らず待つ事も大事とつくづく思った。
その後、典さんの主催するレイキ交流会で『マスター』として参加する位で自分でたまに使う位だったけど。
11月辺りからチャクラチューナーとカッサーラを使ったオリジナルヒーリングを始め友達にモニター協力してもらうなかでレイキのテクニックが役にたった。
レイキヒーリングもちゃんと使おう。
そんな事を考えていたら典さんの主催するレイキ伝授で再受講が出来るようになったのだ(笑)
さくさくと流れるねぇ

そして。
12月11日の新月の直後に久し振りの風邪で身体の毒出し。
スッキリ治って『あっ退会手続きしなきゃ』と前職場で取得した資格に関係する団体から退会する手続きをとった。
退会することはその資格を失うことになる。
子供が産まれた時に『もうこの資格を活かして仕事するのは極めて難しいな』とわかっていた。
しかし。
長い間、その資格と共に働いた未練と思い入れがあるのでそれを失う事に長い間迷いがあった。
今年に入り踏ん切りがつき、退会する事を旦那さんに理由を伝え了解を得てから半年以上…放置してた退会手続き。
もう戻れないのだ。
資格を失った現実味が増す。
思うだけと実際にアクション起こすとは違うねと改めて感じた。
本当に手放した事で清々しい気持ちになっている中で以前から抱いていたある思いに覚悟がついた。
その。
直後に。
典さんに3ヶ月前にお願いしてた再鑑定のブレスの引き渡しのメールが届いた。
『急だけど今日はいかが?』
他に候補の日にちがあったけど丁度良かったので待ち合わせの場所に向かいブレスを受け取った
パワフルなブレスかな
今回はギベオン隕石が入ってる。
ギベちゃんは以前、典さんのブレスでキベちゃんを知った時、『必要だったら入れて欲しい~
』とリクエストしていたので憧れの人が来てくれた気分(笑)
キベちゃん以外の新しく入った石達が
全て気に入って、特にメキシカンターコイズは見た瞬間から『だよね
』
多分今回の一番のキーマンよこの子達

典さんもこれは絶対だったと教えてくれてやっぱりね~
人だったらソウルメイト位の勢い(笑)
前回のブログで前職場の事をちらりと書いた。
その前職場で感じてたある思い。
それを実現出来たら。
今まで自分では出来ないと思っていたけれど。
でも。
どこまで出来るか分からないけど。
やっぱり実現するように向かっていきたいと思う自分がいた。
だからマタニティ整体をこのまま続けるのはモヤモヤしていたのだ。
でもマタニティ整体で学んだ事は必要で私のやりたい事に深く関わっている。
今、出来る事から始める。
気負いなくすんなり思えた。
ブレスは新月生まれ。
そのタイミングで風邪を引いた私。
きっと身体の毒出しして手放すものを手放してスッキリしてからブレスを迎え入れよとしてたみたいで我が身に起こる展開が面白い

その流れでレイキマスターだと公言することも大事と感じたので書いてみた
そして告知です


来年、1月23日の典さん主催のレイキ交流会ではマスターとして参加します~


子連れ可能な、ほんわかムードのレイキ交流会。
1月23日レイキ交流会in徳島
交流会の会場はまるこゲストハウス

ゲストハウスから見える佐那河内の絶景が美しい素敵な場所
興味のある方は気軽に参加してくださいね


新しいサイクルが始まる前に色んな事を手放して気持ちの整理がついて新しいサイクルを向かえる。
改めて振り返ると今まで人との出合いに恵まれた人生で出合った全ての人に感謝なり

今日のkin260は黄色い太陽/黄色い星音13。
詳しい事はこちらを見てね→こよみ屋blog
赤い龍のkinを持つ私は黄色い太陽が神秘kinにあたる。
黄色い太陽のエネルギーが流れる今日はどんな日になるかしら


実は私。
現代レイキヒーラーのマスター(レイキ伝授できるよレベル)なんです~

新しいサイクル向かえるから。
ちと公言してみた(笑)
レイキとの出合いは東京にいる頃。
池尻大橋でサロンを開くレイキヒーラーさんと出合い。
それまでレイキに偏見を持ってたので近寄らなかった。
でも実際にヒーリングを受けたら良くてね。
レイキ伝授を考えた。
調べたら何やら沢山の流派があったので、出来れば創始者の流れである臼井式が良いと思ったけど見つからず。 きっかけとなった彼女の取得した所と同じ所でと調べたら時間と金額で断念


その後直ぐに徳島に来ることとなり、バタバタしているうちレイキ伝授の事は忘れて…(笑)
産後4ヶ月位のころ友人から『このヒーラーさん、良かったですよ
』と一人のヒーラーさんを紹介された。それが高岡 典子(高天原典子)さん。
彼女はヒーリングセラピスト&自然療法薬剤師。
そしてレイキマスターだった。
彼女のブログを見たら確か3日後にレイキ交流会を行うと告知あり、募集残り1名とかだったかな。
直ぐに子連れで参加可能か連絡とり交流会に滑り込んだ(笑)
初めての交流会。
典さんと初対面。
もちろん、参加してる人全員初めて会う人達。
でもそのときの印象が良くてレイキ伝授を行っていると知り子連れ参加も可能と聞いて(子供がまだ赤ちゃんで動けないうちに❗)と一気にマスターまで取得したのだ(笑)
申し込む前に一応他も調べたら、子連れで受け入れてくれる所はなかった。
『典さんがどの流派か知らないけどこのまま臼井式にこだわっても仕方ない。レイキなら流派はどこでも良いわ』とこだわりは捨てた。
そうしたら。
典さんは現代レイキで創始者の土居さんから伝授を受けていたのだ。
現代レイキ創始者の土居さんの経歴を転記しました。
土居/裕
1935年、岡山県生まれ。大手企業勤務を経て、現在「現代霊気ヒーリング協会」代表。精神世界、宇宙エネルギーに関心を持ち、30余種のヒーリングを学ぶうち、レイキ法と出会う。西洋式レイキを学んだ後、伝統の臼井霊気療法を学び、創始者臼井甕男師の原点を求めて、霊気法の実践と研究を深める。その結果、西洋式レイキの効果的なヒーリング体系と、伝統霊気に伝わる霊性向上の理念を融合させ、シンプルな「現代霊気法」を構築。現代霊気ヒーリング協会を設立し、兵庫県芦屋市を中心に交流会、セミナー等を行なっている。その理論と効果が認められ、海外でも約30ヶ国200人以上のマスターが直接学んでいる。「NPO法人日本ホリスティックレイキ協会」名誉顧問。「NPO法人現代レイキの会」名誉顧問(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)
伝授を受けた時、現代レイキで伝授の相手が典さんで良かった。
東京で無理矢理、伝授受けなくて本当に良かったと思った。
それまでの自分は思い立ったら直ぐに実行だったから(笑)

ぴんと来ないなら焦らず待つ事も大事とつくづく思った。
その後、典さんの主催するレイキ交流会で『マスター』として参加する位で自分でたまに使う位だったけど。
11月辺りからチャクラチューナーとカッサーラを使ったオリジナルヒーリングを始め友達にモニター協力してもらうなかでレイキのテクニックが役にたった。
レイキヒーリングもちゃんと使おう。
そんな事を考えていたら典さんの主催するレイキ伝授で再受講が出来るようになったのだ(笑)
さくさくと流れるねぇ


そして。
12月11日の新月の直後に久し振りの風邪で身体の毒出し。
スッキリ治って『あっ退会手続きしなきゃ』と前職場で取得した資格に関係する団体から退会する手続きをとった。
退会することはその資格を失うことになる。
子供が産まれた時に『もうこの資格を活かして仕事するのは極めて難しいな』とわかっていた。
しかし。
長い間、その資格と共に働いた未練と思い入れがあるのでそれを失う事に長い間迷いがあった。
今年に入り踏ん切りがつき、退会する事を旦那さんに理由を伝え了解を得てから半年以上…放置してた退会手続き。
もう戻れないのだ。
資格を失った現実味が増す。
思うだけと実際にアクション起こすとは違うねと改めて感じた。
本当に手放した事で清々しい気持ちになっている中で以前から抱いていたある思いに覚悟がついた。
その。
直後に。
典さんに3ヶ月前にお願いしてた再鑑定のブレスの引き渡しのメールが届いた。
『急だけど今日はいかが?』
他に候補の日にちがあったけど丁度良かったので待ち合わせの場所に向かいブレスを受け取った

パワフルなブレスかな
今回はギベオン隕石が入ってる。
ギベちゃんは以前、典さんのブレスでキベちゃんを知った時、『必要だったら入れて欲しい~
』とリクエストしていたので憧れの人が来てくれた気分(笑)
キベちゃん以外の新しく入った石達が
全て気に入って、特にメキシカンターコイズは見た瞬間から『だよね
』多分今回の一番のキーマンよこの子達


典さんもこれは絶対だったと教えてくれてやっぱりね~

人だったらソウルメイト位の勢い(笑)
前回のブログで前職場の事をちらりと書いた。
その前職場で感じてたある思い。
それを実現出来たら。
今まで自分では出来ないと思っていたけれど。
でも。
どこまで出来るか分からないけど。
やっぱり実現するように向かっていきたいと思う自分がいた。
だからマタニティ整体をこのまま続けるのはモヤモヤしていたのだ。
でもマタニティ整体で学んだ事は必要で私のやりたい事に深く関わっている。
今、出来る事から始める。
気負いなくすんなり思えた。
ブレスは新月生まれ。
そのタイミングで風邪を引いた私。
きっと身体の毒出しして手放すものを手放してスッキリしてからブレスを迎え入れよとしてたみたいで我が身に起こる展開が面白い


その流れでレイキマスターだと公言することも大事と感じたので書いてみた

そして告知です



来年、1月23日の典さん主催のレイキ交流会ではマスターとして参加します~



子連れ可能な、ほんわかムードのレイキ交流会。
1月23日レイキ交流会in徳島
交流会の会場はまるこゲストハウス


ゲストハウスから見える佐那河内の絶景が美しい素敵な場所

興味のある方は気軽に参加してくださいね

風邪は野口整体で(*^-^*)
久し振りに風邪を引いて発熱
二日間寝たきりでした~
20代の頃、初めて行った整体院の先生から風邪の時の過ごし方を教わった。
当時の常識から外れたやり方に『まさか
!』と疑ったけどその先生のアドバイスに従ってから体調が良くなったので疑いつつも実行したら…すんなり気持ち良く治ってビックリ

その方法が『風邪の引き始めは風呂に入って体温を上げる』『まめにちびちび水分を取る』『無理して食べない』→発熱することで体内の風邪菌を殺すから熱が出たら無理に熱を下げない。
発熱し汗が出たらスッキリ治る。
今でこそ、発熱することで体内の風邪菌を殺すから直ぐに解熱剤を使わないというやり方は定着したけど。
当時はまだ『熱が出たら直ぐ解熱剤
』『風呂に入って熱を上げるなんてとんでもない
』
あまりにも常識から外れすぎていたのだ。
前職場は病院。
風邪を引く度、整体院の先生から教わった方法を行っていたので休んでも予後の経過は良くて引きずる事はほとんどなかった。
周りの人達は薬を飲みながら『なかなか風邪が抜けない~』と言って体調不良から復活するのに時間がかかっていた。
私の回復力の早さは個人的な体力だとしてこの方法を伝えても『薬を飲まないで治る』という事は信じてもらえなかった。
新人の頃、職場はパワハラ、セクハラ、モラハラが当たり前の常識だった。そういう時代だった。
特に新人の頃は『電話で休みます』はあり得なかった。
具合悪くて休むにしても先ずは職場まで行って具合悪さを視覚でアピール。早退しなと促され、はじめて休めるという。
体調不良のまま仕事するのはどうよ。
うちら、患者様を検査する立場なのに。
新人の頃から『あり得ない…』と思っていた。
その後色々体制が変わり、電話で休む事が出来るようになり、きっちり治してから出勤するようにという考え方の上司に変わっていった。
それでも『風邪で休むのは2日まで』的な暗黙のルールから抜け出せない人達は無理して出勤して長引くか、ぶり返して再び休むという事態もあった。
習慣はなかなか変えれない。
20代から教わった方法で風邪の過ごし方を行い、スッキリ治っていたのだが40代になってからは体調は戻ったけど咳が残る、少し後を引くようになっていた。その原因はわからないままだった。
整体院のベースは野口整体だと知ってから野口整体に関する本を購入した。
風邪の過ごし方はここからきてたんだぁと思いながら本にあるような過ごし方を事をせずに教わった方法でずっと行っていた(笑)
最近、野口整体をベースにした整体の先生との出合いあり、再び野口整体へ意識が向いてきた。
なので(笑)
風邪を引いたら『野口整体の風邪の時の過ごし方を真面目に(笑)やってみよう~
』と思っていたので今回は出来る限りやってみた。
野口整体では『風邪は身体の弾力性を回復させ、身体を新しく整えてくれる効用がある』としています。
風邪は、頭を使いすぎたり、眼を使いすぎたり、消化器に余分な負担をかけたとき、腎臓に疲れがたまったとき、冷えすぎてしまったとき…身体のどこかを働かせ過ぎて偏りができたときにおこるものである。
偏りとは身体が弾力を失って固くなった状態で、そこで風邪を引いて弾力を回復する。つまり風邪の経過は身体の偏りを解消して元気になるプロセスである。
短期間で神経がすっかりゆるむ、良い風邪のひきかたと緊張がゆるみづらくなってる場合は風邪は長引いてしまいます。
発熱前は身体のこわばりをあちこち感じ、ストレッチにカッサーラでマッサージ。
今回の風邪は消化器に負担をかけたのが大きな原因と感じていた。
食欲はなかったので固形物は食べず水分補給はまめに。
生姜をおろした生姜湯。
酵素が生きたままの黒砂糖を小さじ一杯を食事代わりに。
夕方からいよいよ熱が上がり38度越えた。
よし。
後は汗が出てくれたらオッケイ~
夜まで深い眠りと汗をかき37度まで下がり、身体の節々の痛みが取れた。
よし。
経過は順調~
食欲なくお腹的にはまだ食べるのは早いという感じだったけど旦那さんが作った食事が美味しそうでつい少し位なら…
食べてしまった…三口程のご飯に少しのおかず…だけど…
再び節々の痛みが現れ発熱し具合悪くなる。
嗚呼、やっぱり今回の風邪は消化器からきてたのだなぁ…妙に納得しつつも
次の日は懲りたので朝に柿を食べた以外固形物取らず過ごす。
ストレッチとカッサーラでのマッサージは特に凝りを感じる所を入念に。
夕方になると再び発熱するが38度越えせず。
昨日は全身が痛かったけど、痛みの箇所がせばまり左肩甲骨から首にかけて左側頭部が特に酷く再び深い眠りと汗をかいて夜になると。
熱は37度まで下がり痛みは大分消えた。
ここで食べたら昨日の二の舞なので食べない。
昨日と比べ明らかに身体のスッキリ感が違い空腹を感じる。野菜ジュースで空腹を満たす。
三日目の朝。
熱は平熱より下がる。
おおっ
これは確か野口整体にあったな。
野口整体では熱が下がった後の経過が大事。
熱が下がって治ったと判断して直ぐに起きて動くから治りが悪くなる。
身体に弾力のある人なら体温が平熱に戻っていて働きたい意欲がわいてきます。弾力性を失っている方は平熱以下の場合がおおく、下腹部に力が入らず動く意欲がわきません。
平熱に戻り下腹部に力が戻るまで(数日間)起きて動いたりまして仕事をしたりするのは避けてください。平熱以下、つまり身体が整う前に動くとせっかく戻りかけた身体の弾力性がまた失われてしまいもとの身体に戻るまで長い時間と手間がかかってしまうものです。
息子は弾力性ありありの身体。
熱が出ると動かずひたすら寝てる。
起きて水分は取るけど食欲はない。
熱が下がったとたん、元気に動きもりもり食べてた
弾力性のある身体ってこんな感じで風邪を過ごすのね
間近で見せてもらっていた。
平熱以下に下がる。
弾力性のない身体かぁ~
とはいっても。
いつまでも寝てられない立場。
今日は最低限の事だけしてなるべく寝て動かず過ごす。
胃的には大丈夫な感覚になってるけど食欲はそれほどでもないので昼は米は食べず野菜中心の軽め。
夜は軽めのご飯と野菜、高野豆腐ですます。
胃的に大丈夫だから具合悪くなる事もなく発熱もしない。
夜になり熱は平熱に戻った。
耳近くのリンパはまだ腫れていて、カッサーラでマッサージすると痛いのでやらずに手を当てて様子見しよう。
風邪を引くと咳が残りやすいのがいつものパターン。
今回は喉の痛みはあったけど咳はほとんど出なかった。
身体のこわばりがとれて軽くなった~
40台になって20台と比べて弾力性がなくなり風邪の経過がすんなりいかなくなったのは熱が下がった後の過ごし方にあったのかもしれない。
そこで動いていたから咳が残ったのかも。
色々風邪から学んだなぁ
そして寝込んでる間。
3歳の息子の気遣いに凄いと思った。
子供の世話を全て任せ頑張っていた旦那さん、ありがとう。
家族の頼もしい一面を知ることとなった。
風邪様々なり


二日間寝たきりでした~

20代の頃、初めて行った整体院の先生から風邪の時の過ごし方を教わった。
当時の常識から外れたやり方に『まさか


その方法が『風邪の引き始めは風呂に入って体温を上げる』『まめにちびちび水分を取る』『無理して食べない』→発熱することで体内の風邪菌を殺すから熱が出たら無理に熱を下げない。
発熱し汗が出たらスッキリ治る。
今でこそ、発熱することで体内の風邪菌を殺すから直ぐに解熱剤を使わないというやり方は定着したけど。
当時はまだ『熱が出たら直ぐ解熱剤
あまりにも常識から外れすぎていたのだ。
前職場は病院。
風邪を引く度、整体院の先生から教わった方法を行っていたので休んでも予後の経過は良くて引きずる事はほとんどなかった。
周りの人達は薬を飲みながら『なかなか風邪が抜けない~』と言って体調不良から復活するのに時間がかかっていた。
私の回復力の早さは個人的な体力だとしてこの方法を伝えても『薬を飲まないで治る』という事は信じてもらえなかった。
新人の頃、職場はパワハラ、セクハラ、モラハラが当たり前の常識だった。そういう時代だった。
特に新人の頃は『電話で休みます』はあり得なかった。
具合悪くて休むにしても先ずは職場まで行って具合悪さを視覚でアピール。早退しなと促され、はじめて休めるという。
体調不良のまま仕事するのはどうよ。
うちら、患者様を検査する立場なのに。
新人の頃から『あり得ない…』と思っていた。
その後色々体制が変わり、電話で休む事が出来るようになり、きっちり治してから出勤するようにという考え方の上司に変わっていった。
それでも『風邪で休むのは2日まで』的な暗黙のルールから抜け出せない人達は無理して出勤して長引くか、ぶり返して再び休むという事態もあった。
習慣はなかなか変えれない。
20代から教わった方法で風邪の過ごし方を行い、スッキリ治っていたのだが40代になってからは体調は戻ったけど咳が残る、少し後を引くようになっていた。その原因はわからないままだった。
整体院のベースは野口整体だと知ってから野口整体に関する本を購入した。
風邪の過ごし方はここからきてたんだぁと思いながら本にあるような過ごし方を事をせずに教わった方法でずっと行っていた(笑)
最近、野口整体をベースにした整体の先生との出合いあり、再び野口整体へ意識が向いてきた。
なので(笑)
風邪を引いたら『野口整体の風邪の時の過ごし方を真面目に(笑)やってみよう~
野口整体では『風邪は身体の弾力性を回復させ、身体を新しく整えてくれる効用がある』としています。
風邪は、頭を使いすぎたり、眼を使いすぎたり、消化器に余分な負担をかけたとき、腎臓に疲れがたまったとき、冷えすぎてしまったとき…身体のどこかを働かせ過ぎて偏りができたときにおこるものである。
偏りとは身体が弾力を失って固くなった状態で、そこで風邪を引いて弾力を回復する。つまり風邪の経過は身体の偏りを解消して元気になるプロセスである。
短期間で神経がすっかりゆるむ、良い風邪のひきかたと緊張がゆるみづらくなってる場合は風邪は長引いてしまいます。
発熱前は身体のこわばりをあちこち感じ、ストレッチにカッサーラでマッサージ。
今回の風邪は消化器に負担をかけたのが大きな原因と感じていた。
食欲はなかったので固形物は食べず水分補給はまめに。
生姜をおろした生姜湯。
酵素が生きたままの黒砂糖を小さじ一杯を食事代わりに。
夕方からいよいよ熱が上がり38度越えた。
よし。
後は汗が出てくれたらオッケイ~

夜まで深い眠りと汗をかき37度まで下がり、身体の節々の痛みが取れた。
よし。
経過は順調~
食欲なくお腹的にはまだ食べるのは早いという感じだったけど旦那さんが作った食事が美味しそうでつい少し位なら…
食べてしまった…三口程のご飯に少しのおかず…だけど…
再び節々の痛みが現れ発熱し具合悪くなる。
嗚呼、やっぱり今回の風邪は消化器からきてたのだなぁ…妙に納得しつつも
視覚と嗅覚から入る情報に負けた私の
バ…カ…

次の日は懲りたので朝に柿を食べた以外固形物取らず過ごす。
ストレッチとカッサーラでのマッサージは特に凝りを感じる所を入念に。
夕方になると再び発熱するが38度越えせず。
昨日は全身が痛かったけど、痛みの箇所がせばまり左肩甲骨から首にかけて左側頭部が特に酷く再び深い眠りと汗をかいて夜になると。
熱は37度まで下がり痛みは大分消えた。
ここで食べたら昨日の二の舞なので食べない。
昨日と比べ明らかに身体のスッキリ感が違い空腹を感じる。野菜ジュースで空腹を満たす。
三日目の朝。
熱は平熱より下がる。
おおっ
これは確か野口整体にあったな。
野口整体では熱が下がった後の経過が大事。
熱が下がって治ったと判断して直ぐに起きて動くから治りが悪くなる。
身体に弾力のある人なら体温が平熱に戻っていて働きたい意欲がわいてきます。弾力性を失っている方は平熱以下の場合がおおく、下腹部に力が入らず動く意欲がわきません。
平熱に戻り下腹部に力が戻るまで(数日間)起きて動いたりまして仕事をしたりするのは避けてください。平熱以下、つまり身体が整う前に動くとせっかく戻りかけた身体の弾力性がまた失われてしまいもとの身体に戻るまで長い時間と手間がかかってしまうものです。
息子は弾力性ありありの身体。
熱が出ると動かずひたすら寝てる。
起きて水分は取るけど食欲はない。
熱が下がったとたん、元気に動きもりもり食べてた

弾力性のある身体ってこんな感じで風邪を過ごすのね

間近で見せてもらっていた。
平熱以下に下がる。
弾力性のない身体かぁ~

とはいっても。
いつまでも寝てられない立場。
今日は最低限の事だけしてなるべく寝て動かず過ごす。
胃的には大丈夫な感覚になってるけど食欲はそれほどでもないので昼は米は食べず野菜中心の軽め。
夜は軽めのご飯と野菜、高野豆腐ですます。
胃的に大丈夫だから具合悪くなる事もなく発熱もしない。
夜になり熱は平熱に戻った。
耳近くのリンパはまだ腫れていて、カッサーラでマッサージすると痛いのでやらずに手を当てて様子見しよう。
風邪を引くと咳が残りやすいのがいつものパターン。
今回は喉の痛みはあったけど咳はほとんど出なかった。
身体のこわばりがとれて軽くなった~

40台になって20台と比べて弾力性がなくなり風邪の経過がすんなりいかなくなったのは熱が下がった後の過ごし方にあったのかもしれない。
そこで動いていたから咳が残ったのかも。
色々風邪から学んだなぁ
そして寝込んでる間。
3歳の息子の気遣いに凄いと思った。
子供の世話を全て任せ頑張っていた旦那さん、ありがとう。
家族の頼もしい一面を知ることとなった。
風邪様々なり

