小説『黒牢城』を読み終えてから 映画化されたものを観るまで かなり待たされたことで期待が大きくなり過ぎてしまったからか、映画鑑賞後の私の心には、物足りなさであったり、「ここは残念やったなぁ…」と思ったりする部分が残りました。
で、ここは「ブログ記事を2つ分書けるから ま いいか」と自分を誤魔化す事にいたしました
。
『黒牢城』という作品の基本構図を記しますと、
舞台は、織田信長に反旗を翻した荒木村重の有岡城(現在 城址跡を残す伊丹城)。城の外は織田勢の大軍に囲まれていて、城内では裏切り者の影が疑われるような殺人や怪事件が起きます。
村重は敵方の軍師でありながら地下牢に幽閉している黒田(小寺)官兵衛に謎解きを頼む…という構図になっていて、公式サイトのあらすじでも「城という密室」「城外は敵軍、城内には裏切り者」「危険な天才軍師・黒田官兵衛と謎に挑む」と説明されています。

ドラマの面白さの中心は、
「城主の村重は官兵衛を利用しているのか?」
「官兵衛は村重を助けているのか、追い詰めているのか?」
「事件の真相は、誰かある一人の犯人探しなのか? それとも城全体の破綻の表れなのか?」
と読者・観客に感じさせる運びにあるようです。
ここが鑑賞ポイントだ!その 1
本木雅弘さんが演じた荒木村重を「悪人」ではなく「追い詰められた統治者」として見るべし!
荒木摂津守村重は、歴史上では「信長を裏切り、最後は城ごと家来たちをも捨てた人物」として語られがちであり、私 雨爺さんの村重観もそのままです。 しかしながら『黒牢城』と言う作品中においては、単なる裏切り者というよりは、守るべき城、人質、家臣、妻、宗教的信念、政治的判断のすべてに挟まれて、それらの圧力によって壊れていく人物として描かれます。
本木雅弘さんの村重は、おそらく、「威厳ある領主・武将」というよりは、「自分の選択が正しかったのか?」と問い続ける男として見ると面白いのでしょう。
村重が事件を解くたびに城内の真実へ近づく一方で、自分の謀反の正当性がその真実によって削られていく…というのが村重にとって苦い部分です。
ここが鑑賞ポイントだ!その 2
菅田将暉さんが演じた黒田(小寺)官兵衛は、村重にとっての「名探偵」の役回りに立つのだが、救い主ではなかった!
黒田官兵衛は地下牢に閉じ込められた“自らは動けぬ探偵”のような役回りになっていて、原作では、「村重が事件の状況を官兵衛に語ることで、官兵衛がその情報から推理する」というスタイルが大きな魅力になっています。

ただし、官兵衛は現代ミステリーの探偵のように「事件を解いて秩序を回復する人」ではありません。官兵衛はむしろ、事件を解くことで「村重に城の中の矛盾、人間の弱さ、政治判断の限界を突きつけていく」存在になっています。

本木雅弘さんと菅田将暉さん二人のシーンの見どころは、剣で斬るのではなくて、言葉によって、舌鋒鋭く相手の精神を斬る対決になっているところだと思いました。
ここが鑑賞ポイントだ!その 3
本作品は「戦国版の密室ミステリー」だが、密室は部屋ではなく城そのものだった!
原作の各章では、いかにも本格ミステリーらしい謎が提示される構成になっています。 たとえばそれらは、
・雪の庭に足跡がないのに少年が殺される「雪夜灯籠」、
・大将首の取り違えや首のすげ替えが起きる「花影手柄」、
・密使の僧と護衛が殺される「遠雷念仏」、
・鉄砲玉の謎が出る「落日孤影」
…などです。
しかし映画では、全部の謎を細かくパズルとして追うよりも、「閉じ込められた集団が、どうやって自分たちを疑い始めるか」として見るのがよさそうです。
城外には敵の織田軍。そして城内にも裏切り者がいるかもしれず、逃げ場がない。
そのことによって一つの事件が、軍事・宗教・忠義・手柄・身内の信頼を全部揺さぶる。ここが普通の推理ものと違うところになっています
ここが鑑賞ポイントだ!その 4
黒沢清監督の時代劇として観るべし!
黒沢清監督は『CURE』『回路』『クリーピー』『スパイの妻』といった作品群で知られる監督で、今回が ご自身初の時代劇とされています。映画.comでも「黒沢清が初の時代劇に挑んだ作品」だとして紹介しています。
これはかなり重要なことで、黒沢清監督作品だからこそ、派手な合戦や大チャンバラよりも「暗がり、沈黙、距離感、空間の不穏さ」といったあたりに注目すると楽しめることでしょう。
AP通信の記事でも、「この企画は一般的な時代劇のような剣戟や屋外の大規模アクションではなく、城内の閉塞感を軸にした不穏な語り口になる」という趣旨が紹介されていました。
つまり「戦国映画」を期待して行くよりも、黒沢清のサスペンスが、たまたま戦国時代の城内で起きているんだ…くらいの観方をする方が合いそうです。
ここが鑑賞ポイントだ!その5
147分の「会話劇」として覚悟して観るべし!
ネットで見られる海外評には、『この映画はかなり「会話が多い」、「人物関係を追うのが難しい」』などと書かれています。一方で、Varietyは「優雅で引き込まれる翻案」と評していたり、RogerEbert.comでは『147分にわたって会話が多く、人物関係を逐一追うよりも黒沢清の演出を一場面ずつ味わう方が楽しめる』という趣旨で評されていました。
ですので、映画を観る前には最低限 次の関係は押さえておくべきだと思います。それは、
荒木村重=信長を裏切って有岡城に籠城した城主。

雑賀下針=鉄砲・狙撃に関わる重要人物。

このあたりの登場人物を把握していると、他の細かな武将名が全部入らなくても大丈夫だと思われます。
とにかくこの映画の見どころは「村重はなぜ敗れるのか?」という描き方でしょうね。
原作ベースのネタバレになりますが、物語は単に「怪事件の犯人を当てる」だけでは終わりません。結局、村重は毛利の援軍を得るために有岡城を出ますが、(映画では以降の物語は割愛されますが)脱出は織田方に知られて有岡城は落城し、妻の千代保をはじめ多くの妻子や親族が信長の命令によって尼崎の七松で処刑されます。一方、長きにわたり最悪の環境下で幽囚されていた官兵衛は落城後に救い出されます。
史実は非常に残酷でしたが、 この戦国サスペンスにおいても、事件を解いても、城は救われないのです(当然ぢや!
)。 真相が明らかになっても歴史の大きな流れは止まらないのですね。
映画の終わりの方で 千代穂が自分の過去、村重に出会う前に体験した「織田信長と伊勢長島(現在の三重県桑名市)一帯の本願寺門徒との間で起こった合戦、長嶋の一向一揆」当時の事を思い出して錯乱するシーンがありました。
この作品では、「怖さのひとつ」として「謎が解けること」と「人が救われること」とは別であるという点が描かれていました。
その意味で、繰り返しになりますが、閉ざされた有岡城の中で、人間の理性・忠義・信仰といったものが少しずつ崩れていく映画として観ると味わいが深くなるかもしれません。
注目したいのは、村重が事件を解決するたびに強くなるのではなくて、むしろ追い詰められていくという描写です。
普通のミステリーならば、探偵が真相に近づくほど世界が整理されるものですが、『黒牢城』では真相に近づくほど、城主の足場が崩れていくのですね。 そこが米澤穂信作家の描きたかったであろう苦さであり、黒沢清監督の演出が求めたところなのかもしれません。
結局「心を読め」と言う事なんですね
。
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執筆者への愛のムチを
頂けましたら幸甚です![]()









