3月3日は、御存じの通り、桃の節句、お雛様です。あるいは、上巳の節句ともいいますが、これは第二十三代顕宗天皇の御在位期間中の三月三日に、日本で初めての曲水の宴が開かれ、これが後に雛祭り へと変化していったものです。日本書記に「顕宗(けんぞう)天皇元年三月三日、御苑にお出ましになって、曲水の宴を行われた。」と書かれていたことから、日本の習慣、しきたりなどの伝統が天皇・皇室由来のものが多いということがよくわかる一例ともなっています。


曲水の宴とは、「上巳の節句」という中国由来の儀式が日本で形を変えていったもので、旧暦三月の一番初めの巳の日(上巳)に人々が水辺へ出て禊を行う風習に由来する儀式です。川のほとりでは「曲水の宴」が催され、酒杯を水に流しました。

 

元々日本には季節の変わり目に水で禊をし、穢れを移した形代を川へ流す風習がありました。これが平安時代以降の女子の人形遊びと結び付いたのが雛祭りの元になったといいます。今ではお雛様がクローズアップされて女の子の日、女性の日のようになっていますが、禊祓いに男女の差はありません。端午の節句が、元々男の子の日ではないように、お雛様も本来は女の子の日ではないのです。どなたでも本日はお祓いする日です。

旧暦三月は「祓月(はらえづき)」という異名があります。季節の変わり目は今でも体調を崩しやすい時です。そこでそういう厄を祓い、祝うことで福に転じようという願いが込められているのが雛祭りなのです。だから瑞々しい旬の食べ物の命をいただき末長い健康を祈るのです。つまり、予祝です。日本では事あるごとに、お祓いをしお祝いをすることによって幸せを引き寄せるという習慣がありますがその一つなのです。


西洋での林檎のように、東洋では桃が神聖な果物です。古事記ではイザナギが黄泉の国から逃げる際に追いかけてきた黄泉の国の軍隊を撃退したのが桃でした。というわけで桃は穢れを祓う花、お祝いの花でもあるのです。旧暦ではちょうど桃の花の満開の頃、穢れを流す節句にふさわしい花ですから、桃の花にもお祓いの祈りがこめられ「桃の節句」とも言うようになったのでしょう。


季節の暦とも言われる72侯の第八侯は、「桃始笑」/「桃の花ほころびはじめる」です。「桃始笑」は、「ももはじめてさく」あるいは「ももはじめてわらう」と読みます。「咲く」を「笑う」と書くのが素敵です。この桃始笑が、新暦では3月10日からですから桃の花にはまだ早いのです。新暦は日本の季節感を考えると古来からの暦とはずれてしまいます。


なお、旧暦の桃の節句は新暦では4月11日となっています。桃の花は3月下旬から4月上旬の頃が開花時期ですから、旧暦の3月の時期が桃の花の満開の時期と重なっており、まさしく桃の節句に相応しい時期となりますから、この旧暦の日までお雛様に桃の花を飾ってお祓いするのが一番いいのではないかと思います。

 

ところで『ごりやく歳時記』にこの桃について面白いことが書かれていました。まず、この時期に桃の花がない代わりには、沈丁花をj飾るといいとのこと。桃の花ほど強くはありませんが、祓う力があるようです。それから、桃の時期になったら食べた後の種は天日で乾燥させてキープしておき、室内の邪気を払いたいときにはその種を置いておくと祓えるとのこと。桃の種は邪気を吸い込んで閉じ込めてくれるそうです。一部屋に4,5個あればいいとのことで、邪気を吸い込むと種の色が黒く変色してくるそうです。天日で乾燥させるときに割れやすいので、種の周りの実は少し残っていたほうがいいとのこと。邪気払いに使うまでは乾かしたものは布に包んでおくといいそうです。また邪気を吸い込んだ種は普通に捨てて大丈夫だとのことです。


お雛様がある家はもちろんお雛様が家になくても、お雛様で少しでも和みたい時期です。

 

本日は日本中の多くの神社で桃花神事としてお祓いがされるかと思います。今年は新年から不幸な災害・事故が続きましたから、いくらでも祓いたいものだと思います。

 

 

このお雛様はお召し物から天皇と皇后であることがわかりやすいお人形です。

 

お雛様について、由来を説明した動画

 

人形そのものについてはこちらもわかりやすい

 

 

イザナギも、顕宗天皇も、古事記や日本書紀に記載されています。

 

 

 

最後に私のお気に入りの、お雛様の不思議なお話のリンク、この時期機会がある度に毎年毎回紹介している、私のお雛様を観る目が変わったお話です↓

 

 

 

 

 

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