せっかくの休日。
少し、足を伸ばして、
新しいカフェに行ってみました。
お天気がよくて、
風が心地よくて、
絶好のお出かけ日和でした。
『たまには、こういう時間もいいよね。』
なんて思いながら、
ウキウキして出かけたのです。
問題は、ここからです。
たしかに、
美味しいコーヒーを飲んで、
ケーキを食べました。
それだけなのに、
帰ってきたときの疲労感が、
ただことではないのです。
これは、
一体どういうことなのでしょうか。
昔は、
こんなことありませんでした。
朝から出かけて、
あちこち歩き回って、
夕方に帰ってきても、
平気な顔をしていました。
むしろ、
夜にはまた出かけられるくらいの、
元気がありました。
それが、どうでしょう。
最近は、
少しおしゃれなカフェに行っただけで、
まるで、
『富士山』
に登ってきたかのような、
激しい疲労感に襲われるのです。
おかしいな、と思います。
私は、
ただ椅子に座って、
飲み物を飲んでいただけです。
運動なんて、
一ミリもしていません。
なのに、
体中のエネルギーが、
きれいさっぱり、
消え去っているのです。
ここで、
少し考えてみます。
なぜ、
ただ座っているだけなのに、
こんなに疲れてしまうのでしょうか。
それは、
きっと『気疲れ』というやつです。
いや、
それだけではありません。
おしゃれな空間に身を置くこと自体が、
ものすごい『重労働』なのだと思うのです。
たとえば、
メニューを見るだけでも、
一苦労です。
見たこともないカタカナの名前が、
ずらりと並んでいます。
『エチオピア・ナチュラル・浅煎り』
とか、
書いてあるわけです。
それを読んだ瞬間に、
脳みそが、
フル回転を始めます。
これは、
どんな味がするのだろう。
普通のブレンドと、
何が違うのだろう。
頼んでみて、
もし口に合わなかったらどうしよう。
そんな余計な心配を、
勝手に始めてしまうのです。
ただコーヒーを頼むだけで、
人生の重大な決断をしているかのような、
謎の緊張感があります。
ようするに、
心が、
常に警戒モードに入っているのです。
そう考えると、
疲れるのも、
無理はありません。
さらに、
店内の雰囲気も、
疲労の原因になります。
なんだか、
みんなお洒落な格好をしています。
本を読んでいる人は、
なんだか知的な雰囲気を漂わせています。
窓の外を眺める横顔も、
絵画のようです。
そんな空間に、
普段着のまま、
ぼーっと生きてきた私が混ざると、
どうなるでしょうか。
『私、浮いていないかな。』
『変な座り方をしていないかな。』
そんな、
誰にも頼まれていない『監視カメラ』を、
自分の頭の中に設置してしまうのです。
気づかないうちに、
全身の筋肉が、
カチコチに緊張しています。
まるで、
『兵役』
でも受けているかのような、
ピリッとした空気感を、
勝手に作り出しているのです。
そりゃあ、
疲れますよね。
体は休んでいるつもりでも、
心は、
ずっと『戦闘態勢』だったわけですから。
ここで、
思い出すことがあります。
昔の私は、
近所の昔ながらの喫茶店が、
大好きでした。
そこには、
カタカナの名前のコーヒーなんてありません。
『コーヒー』
といえば、
ただの『コーヒー』です。
椅子は、
ちょっとクッションがへたっていて、
座ると、
お尻がすっぽり沈み込みます。
店員さんは、
お母さんみたいに優しくて、
「はい、お待ち遠様」
と、
普通のカップに入れて出してくれます。
そこには、
緊張感なんて、
かけらもありませんでした。
安心感しかなかったのです。
だから、
何時間いても、
全然疲れませんでした。
むしろ、
エネルギーが充電されて、
元気になって帰ってこられたのです。
そういえば、
最近はどうでしょうか。
『非日常を味わいたい』
『おしゃれな空間でリフレッシュしたい』
そんなふうに思って、
わざわざハードルの高い場所ばかり、
選んでいないでしょうか。
自分のキャパシティを、
完全に超えたおしゃれを、
楽しもうとしているのかもしれません。
これは、
ちょっとした『大事件』です。
リフレッシュのつもりが、
逆に、
自分を追い詰めているのです。
本末転倒とは、
まさにこのことだなと思います。
こういうのって、
やっぱり、
自分に合ったペースがあるということなのでしょうか。
背伸びをして、
おしゃれな自分を演じようとすると、
心も体も、
あっという間に悲鳴を上げてしまうのです。
若い頃は、
そういう背伸びも、
スパイスになって楽しかったりしました。
少し無理をしてでも、
流行りの場所に行くのが、
ステータスだったりしたのです。
でも、
大人になると、
そうはいきません。
体は正直です。
無理をした分だけ、
あとでしっかりと、
その代償を請求してきます。
今回のカフェでの疲労感は、
まさに、
体からの警告だったのかもしれません。
『ねえ、無理しないでよ。』
『本当は、畳の上で緑茶を飲みたいんでしょ。』
そんなふうに、
体が語りかけてきている気がします。
そう考えると、
自分の扱い方も、
少しずつ変えていかないといけないなと思います。
無理に背伸びをせず、
自分が心からリラックスできる場所を、
選ぶこと。
それが、
本当の意味での『休息』なのかもしれません。
とはいえ、
たまには、
あんなおしゃれな空間に身を置きたくなるのも、
事実です。
緊張するのは分かっているけれど、
あの非日常の雰囲気を、
少しだけ味わいたい。
そんな、
わがままな気持ちもあります。
人間って、
本当に複雑ですね。
楽な方がいいと思いつつ、
ちょっと刺激が欲しくなる。
刺激をもらうと、
すぐに疲れて、
家が恋しくなる。
まったく、
忙しい生き物だなと思います。
みなさんは、
どうでしょうか。
お出かけしたあとに、
「思った以上に疲れたな」
と思うことは、
ありませんでしょうか。
こういう時間って、
意外と、
自分の現在地を教えてくれる、
いい機会なのかもしれません。
次は、
もう少し肩の力を抜いて、
近所の静かなお店に行ってみようかな。
そう思いながら、
今日も、
買ってきたお菓子を食べて、
のんびり過ごしています。
たまには、
こういう休日もいいよねと思いながら、
次は、
もう少し疲れない方法を、
考えてみようと思います。
そういえば、
少し、
話しは変わりますが、
みなさんは、
お出かけのときのバッグの中身って、
どんな感じでしょうか。
私はですね、
昔はけっこう荷物が多かったんです。
あれも持っていこう。
これも必要かもしれない。
そうやって、
どんどんバッグが重くなっていくタイプでした。
でも最近は、
なるべく軽くするようにしています。
なぜなら、
肩が凝るからなんですけれど。
それだけではなくて、
荷物が少ないほうが、
なんだか身軽に動ける気がするからなのです。
では、いったい、
何を入れているのか。
財布と、
スマートフォンと、
ハンカチと、
小さなポーチ。
それと、
お出かけ先で読みたくなって買った本を、
一冊だけ。
これだけです。
お出かけのときは、
これくらいが、
ちょうどいいのかなと思います。
問題は、
『必要かもしれないもの』
ですね。
「もしかしたら、雨が降るかもしれないから、折りたたみ傘を二本持っていこう。」
とか。
「急に肌寒くなるかもしれないから、ストールをもう一枚。」
とか。
そういう心配性なところ、
ありませんでしょうか。
私は昔、
まさにそれでした。
でも、
よくよく考えてみると、
使わないことのほうが、
圧倒的に多いんですよね。
使わないものをずっと持ち歩いて、
自分で自分を疲れてさせている。
こういうのって、
お出かけに限らず、
日々の生活の中でも、
同じことが言えるのかもしれません。
色々なことを抱え込んで、
あれもこれもと心配して、
自分で自分の首を絞めている。
たまに、
そんなふうに感じることがあります。
だからこそ、
バッグの中身を軽くするように、
心の中の荷物も、
少しずつ軽くしていけたらいいですよね。
なんて、
ちょっと大げさなことを考えてしまいましたが、
ようするに、
身軽にいこう、ということです。
そういえば、
先日、
久しぶりに近所の公園を歩いてみました。
いつもは車で通り過ぎてしまう道を、
ゆっくりと、
自分の足で歩いてみたのです。
そうしたら、
今まで気づかなかった小さなお店を見つけました。
「こんなところに、パン屋さんがあったんだ。」
全く知りませんでした。
せっかくなので、
入ってみることにしました。
小さなお店の中には、
香ばしい匂いが広がっていて、
それだけで、
なんだか幸せな気持ちになりました。
こういうのって、
やっぱり嬉しいですよね。
計画を立てて、
遠くの有名なお出かけスポットに行くのも楽しいけれど、
なんでもない日の、
なんでもない散歩の中で見つける小さな発見。
こういう時間のほうが、
今の自分には合っているのかもしれません。
お店の棚には、
素朴な顔をしたパンが並んでいました。
食パンと、
あんぱんと、
それから、
名前の分からない小さなお菓子をいくつか。
お店番をしていたおばあさんが、
「今日はいいお天気ですねえ。」
と、
優しく声をかけてくれました。
「そうですね。」
と、
私も笑顔で返しました。
こういう何気ない会話が、
すっと心にしみる年齢になったということでしょうか。
昔は、
ただ通り過ぎるだけだった場所が、
少しずつ愛おしくなっていく。
そういう変化も、
悪くないなと思います。
買ったパンを抱えて、
近くのベンチに座りました。
青空の下で食べるパンは、
思った以上に美味しかったです。
高級なレストランの料理も素敵だけど、
こういう外で食べる素朴な味も、
負けていません。
むしろ、
心の底からリラックスできるのは、
こういう場所なのかもしれません。
風が、
少しだけ冷たくなってきました。
季節は、
着実に進んでいるのですね。
あんなに暑かった夏が過ぎて、
心地よい秋がやってきて、
そして、
また冬が来る。
そうやって、
繰り返していく毎日の中に、
ささやかな楽しみを見つけていく。
それが、
大人の休日の過ごし方なのかなと、
ぼんやり考えました。
家に帰ってから、
買ってきたパンの残りを、
温かい紅茶と一緒にいただきました。
お出かけのあとの、
この静かな時間が、
私は一番好きかもしれません。
外の世界から戻ってきて、
自分の安心できる空間に収まる。
この、
「外と内の往復」
があるからこそ、
日常がより愛おしく感じられる。
そう考えると、
お出かけというものは、
非日常を楽しむためだけではなくて、
自分の日常の良さを再確認するために、
あるのかもしれません。
次に休日の予定を立てるときも、
遠くに行くことばかりを考えずに、
また近所をブラブラしてみようかな。
今度は、
違う道を歩いてみよう。
もしかしたら、
また新しい発見があるかもしれない。
そんな小さなワクワクを胸に抱きながら、
今日も、
のんびりと過ごしています。
みなさんは、
次の休日は、
どんなふうに過ごす予定でしょうか。
どこか遠くへ出かけるのもいいですし、
お家でのんびりするのもいいですよね。
どんな選択であれ、
自分が「心地いい」と思える時間を、
たくさん作れたらいいなと思います。
それでは、
そろそろお茶のおかわりを入れて、
読みたいと思っていた本を開こうかな。
こういう穏やかな午後が、
ずっと続けばいいのに。
そんなことを思いながら、
今日のブログを閉じようと思います。