そこまで読んで花はそっと本を閉じた。
森を見つける前も、森に入ったあとも定期的に本を読み返して記述を確認していた花だったが、洞窟の外に出てからは、その確認作業を怠っていたので、久しぶりに本を読み返してたくさんの記述が増えていたことにびっくりした。
どれくらい記述が増えていたかというと本全体の三分の二くらいは真っ白だったページが何かしらの文字や絵で埋まっていたくらいだ。(花はその記述のすべてをまだ読み終わっていない)森に足を踏み入れた直後は、それほどページの更新が早くないので魚に文句を言ったりしていた花だったが、これならすぐに本を埋めることができそうだ。
花の目的である小夜を見つけ、森の外に連れ出すことは今のところ前途多難だが、魚の目的である本の真っ白なページを文字や絵図で埋めるということは、これなら達成することができるだろう。それが確認できて花はとりあえずホッとする。
『まあ、そんなに簡単にはいかないんだけどね』
ホッとしている花に魚はそんな忠告をした。
「どうして?ようやく魚の言った通り、森に入ったことで本の埋まるペースが早くなったんでしょ?ちょっとは嬉しそうにしなさいよ?」
そう魚を茶化す花はとてもご機嫌だった。魚は一度ため息をついてから会話を続ける。
『君の機嫌がいいのは理解できるよ。それは別に構わない。恋愛は自由だからね。キスくらい、いくらでもすればいいよ』
「まあ魚。覗いていたなんてずるいわ。私、恥ずかしい」
花はわざとらしく両手を自分の良頬に当てながら体をくねらせて恥ずかしがる。その副作用で花の長いツインテールが空中を鞭のように舞っていた。
魚はそんな花を見て呆れている。
花自身、なぜ自分が歩にキスをしたのかよくわからない。そのよくわからないのにキスをした、というのが大切なんだと思う。歩は優しいし、顔はかっこいい。初めてのキスの相手としては間違いなく合格点だろう。
変な想像をしては思わず顔がとろけだしそうになるのを必死で抑える花。
学院でご友人たちとそんな桜色の話をして盛り上がっていた頃が懐かしい。私は今、大人の階段を登ってしまったのだ。もし花が今もいつも通り学院に登校していたとしたら、明日はきっと一日中この話で盛り上がれるだろう。
周囲の羨望の眼差しがとても気持ちいい。
『ねえ、そろそろこっちの世界に戻ってきれくれないかな?』
魚は花にそう問いかけるが、その声はどうやら花には届いていないようだった。