もぐもぐの木 | amesekaiのブログ

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もぐもぐの木。

もぐもぐの木はどんどん成長する。もぐもぐの木はどんなものでも栄養に変える力がある。

もぐもぐの木は絶対に枯れない。何千年も何万年も緑色の葉をその身に宿す。

もぐもぐの木は長寿の薬。その木を使って作った薬は万能の薬。どんな病気もあっという間に治してしまう。

もぐもぐの木は恥ずかしがり屋。人前に姿を見えることはほとんど無い。だから誰ももぐもぐの木がどんな形をしているのか知らない。

もぐもぐの木は音を奏でる。それはとても綺麗な音。とても遠いところから聞こえてくる音。その音も年をとると聞こえなくなるらしい。

「こんにちは」そうもぐもぐの木が挨拶したら、こちらもきちんと「こんにちは」と挨拶を返そう。

「こんばんは」そうもぐもぐの木が挨拶したら、こちらもきちんと「こんばんは」と挨拶を返そう。

そうしないともぐもぐの木は寂しくて泣いてしまう。

トン、トン。

ドアを叩く音がする。

ほら、練習の成果を見せる時だよ?さあ、勇気を出してドアを開けよう。そしてきちんと挨拶をしよう。

そしたらきっと、もぐもぐの木は笑顔になって君を祝福してくれる。

、、、、、パタン。

夜雨はそこまで読んでそっと絵本を静かに閉じた。

そして無言のまま本を元あった場所に戻す。そこは人気のコーナーと手書きの文字で書かれた紙が貼ってある場所だ。最近はこんな本が流行っているのか?子供の考えることはよくわからない。いや、子供向けの本を書いている人の気持ちがわからない。

「先輩。お待たせしました」

そう言って柏木歩は夜雨に微笑み、缶コーヒーを手渡した。

「ありがとう。でも、別に歩が買いに行かないてもいいのに」

「いえ、先輩にそんなことさせるわけにはいきませんよ」

嬉しそうな歩は夜雨の隣に腰を下ろす。二人は虹色の四角いブロックの上に座っている。その後ろの広いふかふかしたマットの上では同じ年頃の子供数人と花が楽しそうに遊びまわっていた。

ここは帝国図書館一階にあるキッズコーナー。子供用の本や遊具のような施設が、大人の空間に追いやられるように建物の隅の方に押し出されてできた子供たちの楽園だ。

ここは楽園らしくとても暖かく、夜雨はコートを脱いでいる。同じくコートを脱いだ花のものを預かって、二つ一緒にして膝の上に置いていた。

夜雨の山吹色のセーターの首元には白いワイシャツに緑色のネクタイが見えた。それは学校指定のもの。二年生の夜雨の色は緑色だ。

歩は自分の紺色のダッフルコートをブロックの上に置き、リラックスした表情で今の状況を楽しんでいる。歩の服装は夜雨とほとんど同じで違うのは来ている服の色くらいだった。それもそのはずで二人は同じ高校に通っている先輩と後輩の間柄なのだ。

歩のネクタイの色は青。着ているセーターも青色。青は一年生の色だ。

夜雨もどちらかというと小柄な方だが、歩はそんな夜雨よりもさらに小柄だ。それもかなりの童顔。身に纏っている雰囲気は中性的で独特の不思議な魅力を持っている。実際に女の子と間違われることも多いらしい。

歩本人はそのことをかなり気にしているようで、男らしい体を手に入れるため、身体を鍛えることや、格闘技などの技を身につけることを趣味としていた。朝早くに起きてランニングと筋トレをする。それが歩の日課だった。暇な日があれば道場などにも通ったりもしているらしい。

「やっぱり先輩の予想通りでしたよ」

歩が両手で黒いブラックコーヒーの缶を包むように持っているが、それを飲む気配はない。別に飲食が禁止されているわけではないので、単に夜雨が先に飲むのを待っているのだろう。歩は異常に上下関係を気に性格で年上の夜雨をこうやって常に立ててくれる。

「じゃあ、やっぱり魚は獣のことを追っているんだ」

「ええ、そうだと思います」

夜雨は缶コーヒーの蓋を開けてそれを口にする。一呼吸おいて、歩も夜雨にならいコーヒーを飲み始めた。

「歩、魚はなんでそんな危ないことをしているのかな?」

「うーん、どうなんですかね?何か個人的な恨みが獣にあるとか?」

歩は表現をぼかしているが、帝都民が獣を恨む理由は一つしかない。

「でも、列車の事故は関係ないみたいなんだろ?」

「ええ。当時の記事を調べただけなので絶対とは言えませんけど、それらしい情報はありませんでした。ただ、、」

「ただ、何?」

「その、情報取集は本来百目の役割だから、、。実はあんまり自信ないんですよ、、」

歩は申し訳なさそうに顔を伏せた。

「百目は今忙しいからな。しょうがないよ」

夜雨は優しく歩の背中を叩く。

「先輩、、。すみません、、」

夜雨は鋭く光る魚の目を思い出す。魚の目は、全ての物事を見通しているようにも、全く何も写していないようにも思える不思議な目をしていた。

透明で柔らかい、深い紫色を宿した瞳。永遠の闇。暗い星。ブラックホールのように何もかもを吸い込んでいまいそうな引力を感じた。

もう一度、会ってみたい。会ってきちんと話をしてみたい。花の件がなくても、そう思わせる魅力が確かに魚にはあった。あれが天才というものなのだろうか?

比較対象が見つからないので、その大きさを想像することも、素直に受け止めることも難しい。

「先輩の方はどうでした?花ちゃん、魚の居場所を感じ取ることはできたんですか?」

「いや、見つからなかった。多分、定期的に居場所を変えているだと思う」

「帝都警察にも追われてますもんね。やっぱりそういうのにも慣れているんだろうな」

そんな会話をしていると、夜雨の背中をチョンチョンと誰かが突っついた。振り返るとそこには予想通り花がいる。

「そうだ、歩。この後、ボートに乗らないか?」

「ボート?ボートってあの箱庭のボートですか?」

「ああ、どうかな?結構いい気分転換になると思うんだけど?」

夜雨はチラッと花に視線を送る。それを見て歩は大体の筋書きを理解することができた。

「いいですね。じゃあ、三人で乗りましょうか?」

歩の言葉を聞いて、花はにっこりと微笑んだ。

夜雨と歩は立ち上がり、自動販売機のコーナーまで歩いて移動を開始する。そこのゴミ箱に空き缶を捨てるためだ。

花は一緒に遊んでいた子供達に手を振って、別れを告げると、いつものように夜雨の隣に並んで手をつなぐ。

途中、先ほどの子供達の保護者らしき女性数人とすれ違う。きっと仲良しグループで休日に図書館を利用しに来ているのだろう。

すれ違う瞬間、夜雨は伏せ目がちに軽く頭を下げる。しかし、お母さんグループは夜雨の態度に会釈を返したが、その表情は少しだけ曇っていた。

その理由は、彼女たちには花の姿が見えないからだ。

花の姿は子供達にしか見えない。

でも、だからと言って遊んでもらっておいて、それを無視するわけにもいかない。夜雨が頭を下げた理由はそれだった。

歩は黙ったまま、神妙な表情を崩さない。

花は一度だけ後ろを振り返る。

すると子供達は花を見送るように手を振ってくれていた。

花はそんな子供達にもう一度、大きく手を振り返す。

我が子の行動を見て、後ろを振り返った母親達には、子供が誰に手を振っているかわからない。

通路の奥にある自動販売機の横に設置されたゴミ箱に空き缶を入れると、三人はそのまま奥の通路を曲がり、子供達の視界の中から消えていく。

誰もいなくなった通路の中を冷たい冬の風が吹き抜けた。