蜂の巣 | amesekaiのブログ

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つばさと俺は帝国駅の巨大な正面広場を抜けて、奥にある洞窟のような通路に足を踏み入れた。その途端、極端に人の気配が遠ざかる。その雰囲気の変化を感じ取り、俺はそれを何か世界の壁のようなもを越えたのだと認識した。俺は今、外とは全く違う世界の中にいるのだ。

そしてつばさにとってはそれが俺とは真逆になる。

つばさは今まで自分の世界とは違う世界の中で迷子になっていた。そして今、ようやく自分の世界に舞い戻ってきたばかりなのだと俺は気付いた。そう考えると、つばさの足取りが軽いのも頷ける。

つばさと手をつないだまま長く曲がりくねった丸みを帯びた形の通路を歩き続ける。雰囲気はガラリと変わったがやはりここは帝国駅の一部ではあるようで通路はとても綺麗で清潔感があった。まるで宇宙ステーションの中を歩いているような感じがする。

向こうから歩いてくる人は二、三人くらい。本当にここが帝国お膝元の帝国駅の構内なのかと疑いたくなるくらい人がいない。途中、通路の壁に背中をつけて丸まり、縮こまって座っている人がいた。その人は薄汚れたコートで体と顔を隠していている。ずっと床を見つめているようだが、その人に視線を向けたのは俺だけでつばさはそんなところに人がいることに全く違和感を感じないようで無視してその場所を足早に通り過ぎていった。

「あ、ここです、ここ」

足を止めたつばさが笑顔で俺を振り返る。つばさが立ち止まった場所の先には六角形の形をした半透明のガラスドアがあった。その表面にオレンジ色の光文字で蜂の巣という言葉が表示されている。

蜂の巣とは帝都にある駅のほとんどの構内に設置されている簡易宿泊施設の名称だ。地上駅と地下鉄をつなぐ通路の途中に設置されていることが多く、金額は安くて安全性は高い、利用客からも評判の良い施設だと、どこかの記事で読んだ覚えがある。

「ここが私がずっと暮らしている場所なんです」

つばさはそこに一刻でも早く俺を連れて行きたいのか、グイグイと俺の手を引っ張って行動を促そうとする。つばさは人が変わったように積極的だ。どちらかというとこちらの方が先ほどまでのつばさよりも本当のつばさに近いのだろう。つばさの硬さのなくなった自然な表情を見ながら俺はそう思った。まあ、地下暮らしをしてくれば、出会ったばかりの人間に深入りしないというは当然の反応だと言える。むしろなぜこれほど俺を受け入れてくれるか不思議なくらいだ。もちろん嬉しいことは嬉しいのだけれど、ちょっと無用心な気もする。

やはり、力のことを知っている、お互い力を持っているということがつばさに安心感を与えているのだろう。つまり俺たちは共犯関係のようなものだからだ。それは俺も感じていたので同意できるが、そうなると力を持つということは悪であるということになってしまう。まあ、そうなのだろう。少なくとも力を持っていなければ、俺たちはこうやって何かから逃げ回るように生きる必要はなくなる。通常の生活を送ることができるようになるのだ。

と、そこまで考えてふと疑問に思う。

通常の生活か、、。それって一体なんだろう?

一度もそれを経験したことのない俺には想像することしかできないもの。そんなもの本当にこの世界に存在するのだろうか?わからない。わからないということは、俺は普通ではないということの証拠になるんだろうな。全く、本当に嫌になる。

つばさがガラズドアに近づくと自動でドアが縦方向にスライドして開いた。このシステムなんかは俺の住んでいるアパートよりも近代的だ。普通に羨ましい。

中に入ると何もない真っ白な部屋になっていた。ただし部屋の形は四角形ではなく六角形だ。一番奥の壁には入り口と同じガラスドアがある。その横には銀色の棒のようなものが地面から伸びていた。それは斜めに切った竹のような形をしている。切り口にはボタンがある。どうやらここはエントランスの機能を持った空間のようだ。

つばさは俺に『ちょっとだけ、そこで待っててくださいね』と言って久しぶりに俺の手を離すと奥のドアに歩いて行って横にあるボタンを何回か押していく。

つばさは『あれ?』とか『えっと、こっちだったかな?』とかブツブツ言いながらドアをドアの前で苦戦している。いくつかパスワードを併用して使用するタイプなのだろう。俺はパスワードは一つに絞るタイプなのでよくわからないが、何度も入力を間違えるつばさを見ていてパスワードがわからなくなることなんてよくあることなんだろうか?とちょっと変に思った。まあ、鍵をなくして部屋に入れないことだってあるのだから、パスワードを忘れてドアが開かないことだってあるのだろう。