モグラ | amesekaiのブログ

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モグラとは一定の定まった住居を持たず、帝都の中、特に地下施設を中心にして相互コミュニティーを駆使し暮らしている集団のことだった。帝都の地下にはあらゆる施設が完備されている。冷暖房も完璧。緊急時に備えて建造された巨大なシェルターもあれば食料貯蔵庫もある。簡易ホテルもあるしシャワーも浴びれる。ネットもあるし地下鉄も通っている。電気、水道もある。

それに表沙汰にできない類の仕事まであるらしいのだ。もうこれは完全に社会である。いわゆる地下社会と呼ばれるものだ。

それで暮らしている人たちのことを帝都の人たちはスラングで『モグラ』と呼んでいる。

彼らのいちばんの特徴は何と言ってもナンバーを持っていない、ということだろう。つまり驚くことに帝国は彼らの存在を認めていないのだ。

いくら巨大化して腐敗した帝国でも通常なら有り得ない話だ。国際社会の目があるし、国民の暴動だって、何よりモグラたち本人が権利や保護を主張してデモを起こすだろう。しかし残念なことに今な通常の状態ではない。帝国自体が、いや世界全体が嵐に飲み込まれようとしている真っ最中なのだ。そのため、モグラたちの存在は放置されている。そんなことに構っている余裕はない、ということなのだろう。

ほぼ満杯になった電車は帝国駅に到着し俺たちのいる場所から反対側のドアがゆっくりと開いていく。するとつばさが『じゃあ、私の後をついてきてください』と言って、俺の手を握ると周囲の大人たちに混ざって、スイスイと動き始め、慣れた動きでホームの上に降り立った。

俺はつばさに手を引かれながら周囲の風景に目を向けていた。帝国駅に来るのは、今日が生まれて初めてだった。ここは塔の立っている帝国の中心地。だからこそ俺はここを意識的に避けてきたのだ。心臓がドキドキしている。しかし俺の鼓動とは裏腹に周囲の人たちは誰も俺たちを見ようとはしなかった。確かにつばさの言う通りだ。ここでは誰も人を見ていない。みんなスマートフォンやタブレットとにらめっこをしながら歩いている人たちばかりだった。

こんなにたくさんの大人たちに囲まれるのは酷く嫌な気分だった。そりゃ、帝都にはたくさんの大人が住んでいるけど、ここにいる大人たちはやっぱりどこか雰囲気が違う。完全に俺とは別の世界の人間だ。何もかもが俺と異なっている。気持ち悪い。少し吐き気がする。

「大丈夫ですか?」

つばさは俺とは真逆で何かさっきよりも元気になっていように感じる。この場所がいわゆるつばさのホームということなのだろうが、すごいな。俺だったらもう絶対にこの匂いは我慢できない。

「うん、大丈夫。心配しないで」

帝国駅を出ると、そこには黒い悪魔の像と呼ばれる彫刻のある広場があり、そこからまっすぐ進むと、そこにはあのさっき電車の窓からも見えた俺がいつも見上げているだけの塔が立っているはずだ。その周辺には帝国を動かす各省庁のビルが立ち並び、その脇には帝国議会が行われる国会議事堂、帝国法の番人である最高裁判所、さらに首相官邸も存在している。

そして一番嫌なのが警察機構のトップである帝国警察庁があることだ。今朝、駅で検問をしていたのも、もちろんこいつらだ。

つばさは慣れた動きで広く綺麗な駅の構内を歩き続ける。俺はつばさの手の温もりだけを頼りにそのあとについていく。

光に満ちた空間の中にいるのに、俺の意識は闇に包まれていた。不安になる。自分の普段暮らしている世界の外側に俺はいる。知識がない。怖い。

俺は小さな子供に戻ってしまったように怯えていた。知らない場所。知らない人。で口のない迷路のような建物の中。迷子の子供。頼れるのはお母さんの手のひらだけ。

お母さん、、?

あれ?お母さんって、なんだ?俺は何でこんな連想をしている?

つばさの手。とても暖かい手。それは、お母さんの手。

それって、どんな手だっけ?

よく、思い出せない。

「こっちです」

つばさは駅の正面、つまり出口には向かわずに奥の通路に移動する。予想通りつばさは地下に向かっているようだ。それは俺にとっても都合が良かった。こんな混乱した気持ちのまま、塔を見上げるのはできれば遠慮したかった。それに、帝国駅を出入りするとなると、どんなに気をつけていてもどこかの監視カメラに写り映像が残ってしまう危険性がある。今の俺はどこにカメラがあるかすら、認識していない状態なんだから。おそらくつばさはそれを知っているのだろうが、確認する前の行動はなるべく避けたかった。

駅の中には驚いたことにモグラが何人もいた。それも普通に暮らしている。いや、どう表現したらいいのだろう?普通というのは風景に溶け込んでいるという意味で、やっぱり普通じゃないのかもしれない。

モグラたちとスーツを着た大人たちの間には確定的な断絶がある。それはナンバーを持っているとか、持っていないとか、もうそういうレベルの話ではない。

これが現実の光景なのだろうか?

彼らにはきっと、本当にお互いの姿が見えていないのだ。違う人間としてお互いを認識し合っている。モグラたちにはスーツの大人たちの姿はただの見慣れた風景に過ぎないのだ。だから目で見えていてもその一人一人を自分たちと同じ人としてみることができない。それは大人たちも同じでモグラたちとは全てが真逆になり、同様の理由でモグラを人として見ることはない。

なんだこれは?

これが現実なのか?これが、世界の東全土を支配する巨大な帝国の首都である帝都で、それもその中心で見られる光景なのか?これは世界の縮図か?それとも、ここだけが異常なのか?

この、気持ち悪い匂いのせいかもしれない。ここでは血の匂いがしないかわりに、こんなにも気持ちの悪い匂いが充満している。

長く生き過ぎた人間の匂い。

これは腐った肉の匂いだ。