【起稿2026年5月27日記事】
「邪馬臺国の謎解き」の
[1/3]は👇
さて、「日本神話像」と「倭人伝」との「すり合わせ」ですが、まず私は時代(世代)をすり合わせる事に取り組みました。
まず中国側の史書「後漢書」、「三国志」、「晋書」、「宋書」、「梁書」等を比較検討すると...
①男王の時代~倭国大乱が149年~188年
(奴国後漢入朝57年、帥升[後漢入朝]107年)
②卑弥呼の生没年
170年(建寧3年)生まれ~247年(正始8年)死去
③卑弥呼の女王在位
188年(中平5年)~247年(正始8年)
④宗女臺與生没年(在位)
234年生まれ(在位247年~)~266年以降死去
⑤「空白の4世紀」
267年~412年
⑥倭の五王
413年~479年
...と解釈出来ます。
一方、記紀記述を参考に私が比定した古代日本史は...
①歴史時代(27安閑帝)
記紀安閑即位531年~
(私の比定545年)~
※継体天皇在位途中から、歴史時代と見ています。
②伝承時代(1神武~26継体)
(私の比定269年~535年)
~記紀継体即位507年
③神代
261年以前
※東征期間262年-268年
...と比定しています。
○計算方法
(「歴史的解釈(神武東征[激闘編])」の記事内容再掲)
記紀の紀年記述(干支)等から、現在即位年が確定的な第36代皇極天皇の即位年は642年、第46代孝謙天皇は749年で、10代で年差が107年(1代平均10.7)
※計算後比定の際に、10年程度の誤差は許容しています。
すると中国側文献で、邪馬臺國は2~3世紀に存在したと比定されますが、私の「日本神話像」を重ねると、卑弥呼は日本神話なら神代日向三代期(恐らく瓊瓊杵尊~彦火火出見尊[山幸彦]時期)に活躍したと比定出来るのです💡
ここで、卑弥呼の人物比定について、研究史を紐解き、その主な人物(神)比定を「女王」イメージ、「巫女」イメージ、時代という3要素を基に独断で評価しました😜...
○名前の後の数字は評価点、合致1点、不整合0点、接続可能0.5点で計算しました😅
①天照大神 1
長所:「女王」イメージ合致
短所:「巫女」イメージ・時代不整合、
②瀬織津姫 1.5
長所:「女王」イメージ・「巫女」イメージ・時代接続可能
短所:人物(神)像中世以降成立(創作性が高い)
③市杵島姫命 2.5
長所:「巫女」イメージ・時代合致、「女王」イメージ接続可能
短所:該当無し
④豊鋤入姫命 2
長所:「巫女」イメージ・時代合致
短所:「女王」イメージ不整合
⑤倭迹迹日百襲姫命 2
長所:「巫女」イメージ・時代合致
短所:「女王」イメージ不整合
⑥倭姫命 1
長所:「巫女」イメージ合致
短所:「女王」イメージ・時代不整合
⑦神夏磯媛 1.5
長所:「女王」イメージ合致、「巫女」イメージ接続可能
短所:時代不整合
⑧神功皇后 2
長所:「女王」イメージ・「巫女」イメージ合致
短所:時代不整合
⑨田油津媛 1.5
長所:「女王」イメージ合致
、「巫女」イメージ接続可能
短所:時代不整合
...という事で私は、市杵島姫命を推します👸🎊
勿論、我田引水ですが、なるべく他候補と公平に比較評価しようと、評価要素から外しましたが、他にも市杵島姫命を卑弥呼に比定すると比定説明の利点があります。例えば...
①市杵島姫命は姉神達と共に、最高神天照大神から「道中へ降りて、天孫を助けると共に、天孫から篤い祭りを受けよ」(日本書紀一書)と神勅を受け、海北道中※8に降臨して祀られている神で、「天照大神の威光の下で海北道中を霊的に守護、支配していると捉えられ、卑弥呼のイメージ(特に北九州説)と親和性がある。
※8海北道中とは、九州から半島、大陸へつながる海の道(航路・沿岸)の事とする考えが一般的(例:國學院大學「古典文化学事業」、宗像大社公式サイト)です。
②市杵島姫命に下命した母神天照大神は、太陽神で、「卑弥呼(ヒミコ)」を固有名詞では無く、「日+巫女(ひみこ)」と言う神職名の普通名詞とする考え方に親和性がある。
...等があります。
さて、卑弥呼を市杵島姫命に比定すると、宗女臺與
は...という事になりますが
、私は豊玉姫命を推します。
理由は...
①名前親和性、豊玉姫命を一部「豊姫」と呼ぶケース有り(例:「天別豊姫神社」[広島県福山市神辺]延喜式以前創建、祭神は豊玉姫命)
②豊玉姫命の父神綿津見神
は市杵島姫命の母神天照大神の兄神で、豊玉姫命は市杵島姫命の従姉妹となり系譜が近く、日本神話上では共に天孫を支え、祀られる立場で、「宗女」という言葉に相応しい。
③日本神話上、市杵島姫命は瓊瓊杵尊と同世代又は年上と考え(天孫降臨前に海北道中へ降臨)られるが、豊玉姫命は、瓊瓊杵尊の子供彦火火出見尊(山幸彦)と同世代又は年下と考え(彦火火出見尊の子供を産む)られ、市杵島姫命と豊玉姫命は、50才~60才の年齢差があり、「卑弥呼(老女[史書に年已長大とある])の死去後国乱れ、13才の臺與を女王に共立...」という記述に合致する。
...という点です。
祭祀をする卑弥呼イメージ

チャッピー作画
なので、中国語音韻(音読み)が、「タイ」、「ダイ」、「ト」である「臺」の方が日本神話と親和性が高いという側面はあります👌
次に卑弥呼を助け治国(治政)を行った「弟」は、日向三代の事で、傍に仕えた「男子」は、海北道中に土着した高天原系氏族の若い男性(後述)と考えます。
「邪馬臺国の謎解き」の
[1/3]は👇
さて、「日本神話像」と「倭人伝」との「すり合わせ」ですが、まず私は時代(世代)をすり合わせる事に取り組みました。
まず中国側の史書「後漢書」、「三国志」、「晋書」、「宋書」、「梁書」等を比較検討すると...
①男王の時代~倭国大乱が149年~188年
(奴国後漢入朝57年、帥升[後漢入朝]107年)
②卑弥呼の生没年
170年(建寧3年)生まれ~247年(正始8年)死去
③卑弥呼の女王在位
188年(中平5年)~247年(正始8年)
④宗女臺與生没年(在位)
234年生まれ(在位247年~)~266年以降死去
⑤「空白の4世紀」
267年~412年
⑥倭の五王
413年~479年
...と解釈出来ます。
一方、記紀記述を参考に私が比定した古代日本史は...
①歴史時代(27安閑帝)
記紀安閑即位531年~
(私の比定545年)~
※継体天皇在位途中から、歴史時代と見ています。
②伝承時代(1神武~26継体)
(私の比定269年~535年)
~記紀継体即位507年
③神代
261年以前
※東征期間262年-268年
...と比定しています。
○計算方法
(「歴史的解釈(神武東征[激闘編])」の記事内容再掲)
記紀の紀年記述(干支)等から、現在即位年が確定的な第36代皇極天皇の即位年は642年、第46代孝謙天皇は749年で、10代で年差が107年(1代平均10.7)
※計算後比定の際に、10年程度の誤差は許容しています。
すると中国側文献で、邪馬臺國は2~3世紀に存在したと比定されますが、私の「日本神話像」を重ねると、卑弥呼は日本神話なら神代日向三代期(恐らく瓊瓊杵尊~彦火火出見尊[山幸彦]時期)に活躍したと比定出来るのです💡
ここで、卑弥呼の人物比定について、研究史を紐解き、その主な人物(神)比定を「女王」イメージ、「巫女」イメージ、時代という3要素を基に独断で評価しました😜...
○名前の後の数字は評価点、合致1点、不整合0点、接続可能0.5点で計算しました😅
①天照大神 1
長所:「女王」イメージ合致
短所:「巫女」イメージ・時代不整合、
②瀬織津姫 1.5
長所:「女王」イメージ・「巫女」イメージ・時代接続可能
短所:人物(神)像中世以降成立(創作性が高い)
③市杵島姫命 2.5
長所:「巫女」イメージ・時代合致、「女王」イメージ接続可能
短所:該当無し
④豊鋤入姫命 2
長所:「巫女」イメージ・時代合致
短所:「女王」イメージ不整合
⑤倭迹迹日百襲姫命 2
長所:「巫女」イメージ・時代合致
短所:「女王」イメージ不整合
⑥倭姫命 1
長所:「巫女」イメージ合致
短所:「女王」イメージ・時代不整合
⑦神夏磯媛 1.5
長所:「女王」イメージ合致、「巫女」イメージ接続可能
短所:時代不整合
⑧神功皇后 2
長所:「女王」イメージ・「巫女」イメージ合致
短所:時代不整合
⑨田油津媛 1.5
長所:「女王」イメージ合致
、「巫女」イメージ接続可能
短所:時代不整合
...という事で私は、市杵島姫命を推します👸🎊
勿論、我田引水ですが、なるべく他候補と公平に比較評価しようと、評価要素から外しましたが、他にも市杵島姫命を卑弥呼に比定すると比定説明の利点があります。例えば...
①市杵島姫命は姉神達と共に、最高神天照大神から「道中へ降りて、天孫を助けると共に、天孫から篤い祭りを受けよ」(日本書紀一書)と神勅を受け、海北道中※8に降臨して祀られている神で、「天照大神の威光の下で海北道中を霊的に守護、支配していると捉えられ、卑弥呼のイメージ(特に北九州説)と親和性がある。
※8海北道中とは、九州から半島、大陸へつながる海の道(航路・沿岸)の事とする考えが一般的(例:國學院大學「古典文化学事業」、宗像大社公式サイト)です。
②市杵島姫命に下命した母神天照大神は、太陽神で、「卑弥呼(ヒミコ)」を固有名詞では無く、「日+巫女(ひみこ)」と言う神職名の普通名詞とする考え方に親和性がある。
...等があります。
さて、卑弥呼を市杵島姫命に比定すると、宗女臺與
は...という事になりますが
、私は豊玉姫命を推します。
理由は...
①名前親和性、豊玉姫命を一部「豊姫」と呼ぶケース有り(例:「天別豊姫神社」[広島県福山市神辺]延喜式以前創建、祭神は豊玉姫命)
②豊玉姫命の父神綿津見神
は市杵島姫命の母神天照大神の兄神で、豊玉姫命は市杵島姫命の従姉妹となり系譜が近く、日本神話上では共に天孫を支え、祀られる立場で、「宗女」という言葉に相応しい。
③日本神話上、市杵島姫命は瓊瓊杵尊と同世代又は年上と考え(天孫降臨前に海北道中へ降臨)られるが、豊玉姫命は、瓊瓊杵尊の子供彦火火出見尊(山幸彦)と同世代又は年下と考え(彦火火出見尊の子供を産む)られ、市杵島姫命と豊玉姫命は、50才~60才の年齢差があり、「卑弥呼(老女[史書に年已長大とある])の死去後国乱れ、13才の臺與を女王に共立...」という記述に合致する。
...という点です。
祭祀をする卑弥呼イメージ

※市杵島姫命は伝承では「美人」だったらしいですが、「倭人伝」の書き方によれば臺與が継いだ頃、卑弥呼は老女だったようなので...

※神宮に近い御許山の麓をイメージしました。
この記事の最初に、宗女名と国名に使われる漢字を、私は「壹」では無く「臺」を採用するとしましたが、「壹」は中国語音韻(音読み)は、「イッ」、「イツ」、「イ」となります。私には、上古の人名で「イツヨ」とか「イヨ」という人物は思い浮かびません。
まさか...
なので、中国語音韻(音読み)が、「タイ」、「ダイ」、「ト」である「臺」の方が日本神話と親和性が高いという側面はあります👌
次に卑弥呼を助け治国(治政)を行った「弟」は、日向三代の事で、傍に仕えた「男子」は、海北道中に土着した高天原系氏族の若い男性(後述)と考えます。
