再放送の『べらぼう』を観ていて、不安になってきた。
新之助の土饅頭の前で、憔悴し涙する蔦重の肩をやさしく抱きしめるのは……

さっそく前日にupした『いつも心にHOPE&DREAMS』を見てみると、
やっぱり間違って写楽となっていた。ほんとうは歌麿であるのに……。
さっそく訂正し、謝罪文を加筆したけれど、
この間違いは、今風に言えば❝ 恥ずい ❞というのだろうか、赤面ものである。
ただ、間違いは謝って、訂正することができるが、
果たして、自分の小細工は通用しているのだろうかという不安が募る。
自分の小細工は半世紀以上昔の流行りだったり、
落語、漫才、映画からのものが多く、ジェネレーションギャップの前には、
意味のない文字、通じないフレーズであるのかもしれないと、
気づいてしまったのである。
そこで前日にupした『いつも心にHOPE&DREAMS』を検証してみることにした。
『明日へ』
↓ 最後のロングトーンの後に倒れるんじゃないかと気がかりである。
↓ 実際、長鳴鶏にも貧血で倒れることもあるし、misiaさんも倒れた。
『地平線の向こう側へ』
↓ この倒れ込みは演出で、12分のパフォーマンス後の呼吸を整えている。
↓ 長鳴鶏には日本三鳴鶏というのがあり、東天紅・唐丸・声良。
『HOPE&DREAMS』
↓ 唐丸(とうまる)という名の長鳴鶏は唐(からまる)を連想する。
↓ 唐丸はボーイズラブで、江戸時代から日本は多様性があった。
一応、三つの歌を鶏繋がりで紹介してみましたが、これはまあ良しとしましょう。
問題なのは、いわゆる小細工である。
例えば、
「姐さん、ゆっくり休んでください! サケはお慕い申し上げます。」
というセリフの、サケはお慕い申し上げます。が小細工になります。
このセリフは、misiaさんが主題歌『逢いたくていま』を書き下ろしたテレビドラマ
『JIN-仁-』の最終回で、現代に戻った医師の南方仁に宛てて書かれた手紙であり
もう名前も忘れてしまい、顔も思い出せないほど日々薄くなっていく記憶の中で、
確かにいらっしゃった……〇〇先生へ、と気持ちを伝えるために書いた恋文であり、
橘咲は、先生をお慕い申しておりました。と締めくくられている。
それの引用である。
であれば、サチであってサケは間違えてるよ、というかサケってなんやねん!
となるのですが、これは間違いではないのです。
サケはお慕い申し上げます。というのはmisiaさんに対する私の気持ちであって、
プロフィールのところを見てもらえればわかるように、つまりパンダの下に
amesake-otoko となっておりますように、
私は、アメブロのサケ男ということでしてサケで間違ってないのですよ。
まあ、気付かれない小細工です。自己満足の小細工。
それから、
頭の先までピーコピコ!
というのは古い漫才師さんのギャグなのですが、これはなんとなくわかりますよね。
やっぱり、問題はここでしょうか?
ということは、その逆で、大奥は大奥で、やっぱり有馬温泉かい?
「ひと山越えればすぐそこに」やからね。
つまり、
当時は、男色(ボーイズラブ)も日常であったので、
では、女ばかりの大奥には、女色というのがあるのかい?
と訊ねているのに対して答えは、
あります、です。
この「ひと山超えればすぐそこに」というセリフは、関西では有名な
有馬兵衛の向陽閣のCMの中のセリフで、向陽閣はどちらにありますか、
六甲山越えればすぐそこにあります、すなわち「あります」となるのですね。
江戸時代って、
しっかし、「ありがた山の寒がらす」「かたじけ茄子」などの言葉遊び、というのか駄洒落というのか、ほんとうに流行ったのだろうか?
ただ、屁をこいただけで、「へ、へ、へ、へ、へ、へ、へ、……」って言いながら輪になって踊るって屁い和だなって思う。
実際『べらぼう』観てて、この言葉遊びの何が面白いのやろうと思ってたけど、よくよく考えてみると、自分がいちばん使っていたわ。二行上でも使っているし、やっぱり、これからもつかうやろうなぁ……。
(付録)
俺は、蛸食う関君ではなく、烏賊食う吉川に焼酎を勧めてから言った。
↓ (『兵隊さんよ、ありがとう』より抜粋)
↓
多国籍軍 (いとしこいし師匠の我が家の湾岸戦争からの引用)






