「この選挙区の投票用紙、比例代表の投票用紙5枚と交換してくれませんか?」

 

 と、言いたいくらい党派を超えて、国会へ行ってもらいたい候補者がいた今回の参議院選挙であった。

 

 これはsnsの発達があってこそであり、候補者個人は自身の選挙運動を毎日配信し、有権者は家にいながら見知ることができるのだ。

 

 今までは、メディアが取材し編集された映像だけがテレビから流される。だからどれも同じ候補者の同じような内容を聴かされる。ほとんどの有権者は広報紙の写真と箇条書きの政策で投票先を決めることになる。

 

 普段からYouTubeを見ていると、自分の政治活動を逐一報告している議員さんがいた。すごく冷静沈着でありながら、行動力が速く、問題があればすぐに国会で質問してくれる。ただ、党首が破天荒すぎてかわいそう。次回がんばれ! あんたは国会に必要だ。

 

 今回の選挙期間中、毎日、訪問地からの映像を送ってくれる女性候補者は、聴衆が少なくて……、逆に妨害者の大男が彼女に接するほどの距離に立ちふさがり、大声で恫喝する。これはもう、恋人の距離である。チュッ! ってできる距離である。そいつが、ごつい手で肩を押してくる。相変わらず怒声は止むことがない。

 

 もうこれは暴力だ!

 

 正当防衛で、持っているマイクを口にねじ込んでも構わないだろう。ただ、そのマイクをけつの穴から引っ張り出して、「あ、兄さん!」「おお、弟よ!」と兄弟の邂逅をパンツの中でさせる必要はない。

 

 その大男は警察に逮捕されたようだが、街頭演説は命がけである。

 

 一つの信念のもと無所属で頑張っている人もいる。強い精神を持った国士である。

 わっちはこの人のライブ配信を始まる前から、そうして選挙カーで立ち去るまで一時間以上を視聴していた。時間が来て、演説が終わっても聴衆は立ち去らないのだ。

つまり、現場にいなくっても、家で、同じ気持ちになれるのである。

 

 ほんと、この暑い時期に朝から晩まで、声を張り上げ、国家国民のための政策をかかげ、殺人予告を受けたり、選挙妨害を受けたり、嫌がらせをうけたり、無視されたり、と大変だったけど、候補者の皆さんにエールをおくります。当選された方おめでとうございます。落選された方お疲れさまでした。支持者は捲土重来を期待しているでしょう。

 

 最近、涙もろくなってしまって、ちょっとしたことでも感動しうるうるしてしまう。

演説聴いているだけで、っていうか、今も書きながらうるうるしてる。

 

 しかも、昨晩はひとりたこ焼き。

 

 途中で気が付いた。できたの買ってきてチンすればよかったと……。

 

 

 

 

YouTubeを見るのは長くて25分くらいまでとしているのだけれど、

ある党首の演説が40分近くあったのを、視聴したが、

これが、ちくとも長く感じなかった。政治は面白いという証明である。

 

ただ、アメブロはジャンルが多いのに『政治』はないのである。

 

昨晩、報道ステーションでキャスターの大越健介さんが参政党の党首である神谷さんに、しつこくご自身の意見をぶっつけていた。

 

その大越さんが、まるで何かに憑りつかれたように、表情もこわばり、声も、声の調子も裏返りそうな、必死さというかしつこさが、常軌を失しているようで、きっとこの人は、気が小さいんだろうなと思った。自分もそうだから、よくわかる。

 

まるで、負け犬の遠吠えだ。

 

まあ、『高齢者の女性は……』のとらえ方は別にしても、この選挙期間中、猛暑の太陽の下、一日中、長距離を移動し、飯もおにぎり一つ、うんちも我慢し、妨害する団体にも対応し、偏向報道・切り取り報道するメディアにも対応し、汗だくになって、声もからし、自分の主義主張を訴えてきた人間に対して、まあ、野球で汗を流されてるのは放送で見たけれど、ほとんど毎日、冷房の効いた部屋の中で打ち合わせをし、座っての生本番の放送で、強い調子で詰問されても、見ていて説得力がない。

 

まだ、しばき隊というのだろうか、彼らの方が、炎天下にプラカード持って演説を妨害するという努力をしているので、大越さんよりは説得力はあるだろう。

 

ちなみに、

たこ焼きは50個完食でした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 私が『地下鉄』の歌を初めて聴いたのは、もうかれこれ38年ほど前になるだろうか。たまたま点いていたラジオから流れてくる歌に「いいな……」と思ったのだ。

 

 曲紹介は最初に終わっていたので、聞き逃した私には、誰の何というタイトルの歌かはわからない。おまけに肝心の冒頭も聞き逃している。

 

 以降、耳をそばだて聴いていると、歌詞の中に、車輛とかラッシュとか改札口とかが聞き取れた。すると鉄道関係の歌か……いや、しかし、話は鉄道を舞台にした男女の悲恋物語らしい。 

 

 しかも、やるせない歌詞と暗くて、哀愁のある曲調……。

 

 『地下鉄』だな、これは!

 

 

 歌詞から受けるイメージとその曲調から、私にとってこの歌のタイトルは『地下鉄』以外考えられなかった。

 もし、聞き逃した冒頭の歌詞を聴いていたとしてもせぜい『地下鉄の駅』だったろう。

 

 この歌が、竹内まりやさんの『駅』であることが分かるのに時間はかからなかったた。わかってからも私には、この歌のタイトルは『地下鉄』である。そう、ずっとイメージは地下鉄だった。

 

 

 とここまで書いて、じゃあ、この駅ってどこだろう? 

 

 と調べてみると、東急東横線の渋谷駅で、地上2階のホームなんだって、

 そこでこのドラマが始まったということらしい。

 

 このことは、2013年3月17日放送の夫である山下達郎さんのFMラヂオに竹内さんが    

 「さびしいからかけてください」とリクエストし、『駅』が流されたということで確   

 定済みである。

 

 では、なんでさびしいノン? と詮索してみると、な、な、なんと、前日の2013年3

 月16日に東急東横線の渋谷駅は地下化され、物語の舞台のホームは地下2階になって   

 しまったらしいのだ。

 

 

 で、この話はここでしばらくの間止まってしまうことになる。

 

 というのも、タイトルからわかるように、

 『駅』は竹内まりやさんが中森明菜さんへ提供した楽曲であるが、

 その歌詞の解釈の違いにより、山下さんが介入し、ひと悶着の末セルフカバーし   

 た曲で見あり、じゃあ、いっかい歌詞の一つ一つを解釈し、ドラマ化してみようか 

 なぁ、やっぱり、竹内さんも、 駅での出会いはスローモーションで始まり、別れる 

 ときは飾りじゃないのよ涙は ラララ だろうな……。

 よっしゃ、じゃ、それでこの不倫の物語を……と考えていたのだが。

 

 これって、すごいんじゃない!

 

 と気づいてしまったことがある。

 

 つまり、  

 

 私は『駅』を初めて聞いた時から、地下鉄の駅であると予言していたのだ。

 

 あるいは、

 

 私の念が、地上駅を地下駅にしたのだ

 

 そう考えると、

 

 私は『天才的な予言者』か、または、『そうです、あたしゃ神様です!』ということ

 

 になる。

 

 

 こうなると私自身の予知夢についての話をしたくなってきて(つまり二機の飛行機が墜落した夢を見た翌日のお昼のテレビニュースで自衛隊機の墜落の報道があり夕刊に外国で貨物機か旅客機かが墜落したと同機種の写真が載っていたのだけれど、今回調べてみると事実確認はできなかった。つまり思い込みかもしれない。あるいはテレビと夕刊の記事を読んだとこまでが夢だったかもしれない)、ブルーインパルスが無事終わるまで様子見をしていたのだけれど(18日間)、やぁ~めた。と……。(ちゅうか、書いとるやないかい!)と一応自分で突っ込みを入れておきます。

 

 ところで、この『駅』の話の続きは、

 

 『眠れる中森の美女』と『竹内取物語』のかぐや姫で続きますので。

 

 

 

 

 

 

ショ、ショショショ、ショ~~~

 

今朝、クマゼミが鳴いた。

 

初鳴きである。

 

しかも、ワンフレーズ。

 

で、今日はもう鳴かない。なぜなら……

 

もう、お昼を過ぎているから。

 

彼らは、午前と午後の区別ができる。

 

朝の涼しい時間に鳴き騒ぎ、酷暑の午後は休養する。

 

哀しいかな命を懸けて、蒸し暑い午後に働くのは人間だけである。

 

「早く半ドンになりたい!」

 

とは妖怪人間だけではないだろう。

 

 

半ドンとは午後お休みということ。昔、お昼に空砲を打って知らせたことによる】

       出典は民名書房刊『お昼にドンと鳴りゃ天丼食べよう』

 

 

 

 

案外セミについては書いているので、お時間があれば……。

 
 

チン〇ゼミの由来について

              ちなみに〇にはコが入ります。

 

 

現在、瀬名河太郎くんの生存確認はできません。

 

 

懐かしい~きんさんぎんさんです。

 

 

なんかの記念日だったっけ。

 

 

 

我が家のテレビは雨が降り出すとNHKの画面が解けていく。

 

 

そうして最後は真っ暗になって、

アンテナがどうたら受信がこうたらとメッセージが表示される。

 

復旧するまでには半日くらいかかる。

 

つまりアンテナが乾くまで……。

 

 

 

 

しかし今日7月7日の大阪は晴天である。

予想気温は37度。

雨はニ、三日降ってない。

 

昨晩は『べらぼう』もオンタイムで観た。

 

だのに、お昼のニュースつけるとメルトダウンしている。

 

 

チャンネルを変えて観ていると地震情報!

 

 

 

 

雨で影響を受けるというのは経験でわかっている。

が、

地震にも反応しているのだろうか?

 

最近は晴れているのに画面が崩れていく。

トカラからのサインだろうか……。

 

 

私がブログを始めたのは、

地震の発生は予知できることを書き留めておくことだったように思う。

 

 

 

地震の予知については『さらばアナログ地震予知』としていくつか掲載しましたが、そのうちの一つを省略して載せておきます。

 

 

それでは動物以外での地震予知というものにはどのようなものがあるかといえば、これが実に色々とあって、雲の形や月の色などの自然現象、家電製品の故障、ノイズ、電波障害、嫁はんの機嫌、自身の体調、未確認飛行物体の出現等々……。

 

ところが地震雲や赤い月などの前兆現象は局地的な観測が必要であり気象条件に左右されるし、家電製品の故障については製品自体が古かったり乱暴な取り扱いの結果だったりするし、ノイズ、電波障害の類は表通りを珍走団が走り回ったり雷の場合も発生するし、嫁はんの機嫌が悪いのは亭主のテクニックの所為であったりするし、自身の体調が悪いのは働きすぎや職場の人間関係が原因であったりする。

 

また未確認飛行物体については、まずアメリカ政府が「実はの、1947年のロズウェル事件、おのれら知っとろう? 円盤が墜落したちゅー事件。あれ、本当じゃったんじゃ。すまんのう。今まで嘘ついてて……。だからのう、あれからアメリカ政府は異星人とも付きおうとったんじゃ。うそじゃないて。違う違う、遊びじゃのうて真剣にじゃ……」とかいうふうに、地球人よりも高度な文明を持った異星人が円盤でこの地球に来ていることを公の場で明らかにしてくれなければ話は始まらないのである。

 

このように前兆現象が地震以外にも発生するものや始まらない話は書いてもあまり意味がないので、前兆が地震だけであり地震予知学として成り立つであろうと思われるものを紹介する。

 

それが、我が愛しのアナログテレビたちであり、付属して重要なのがアンテナとそのコードである。

 

それは1997年1月16日、夕飯も終ってテレビ(NECの29インチ)を観ていたところ、いつの間にか画面の上部(幅7センチ程度)と下部(幅10センチ程度)が砂嵐状になっていたのである。

そうそう、貞ちゃんが出てくる時、画面がザーってなるでしょう。あれと同じ帯が上と下に出ている。

 

何かの電波障害だろうと思ったけれど、心当たりもなく、エアコン(暖房)を切ってみたりしたが効果はなかった。

それから、その二本の砂嵐の帯がどうなったか記憶がないのは、おそらく消えたものと思われる。

 

連休も終わり、「明日からまた会社が始まるじゃん」とげっそりして寝た翌朝、枕元で起こしてくれたのは、デズニーの目覚まし時計でも、顔がオコゼと瓜二つの彼女でもなく、阪神淡路大震災の揺れであった。(大阪震度4)

 

その震災以降、NECの29インチのテレビの画面には明らかに変化があったのである。

 

急に、画面にチラチラが出現する。このチラチラとは点(ドット)のことであり、画面がでかいのでドットも大きい。

そのチラチラがサッと消える。と、しばらくしてそのテレビに地震速報が流れるのである。

たしかに、チラチラがサッと消えた頃に地震が発生していた。

(これは十数年にわたり何百回も経験したことであり、チラチラが出て消えたからといって必ず地震速報がでるというのでなかったのは、震度1に達しない揺れは速報されないからと考える)

 

私はこのチラチラを地震波と呼んだ。実際、地震波ではないのだけれどそのほうが、らしかったから。

おそらく地底の岩盤がこすれあって出る電磁波の一種なのだろうが、私には、それは押しつぶされる岩盤の断末魔の叫びというか、生きている地球の咆哮のように感じられた。

岩盤がお互いこすれあいだすとチラチラが出現し、岩盤同士が滑った時チラチラが消える(地震発生)。

 

このテレビのチラチラが、すべて地震の前兆であるかといえば必ずしもそうではなく、雷雲の接近や珍走団の暴走エンジンを原因にしても起こることがある。

しかし、これらは地震波とは別物であると区別できる明白な違いがあった。

雷やエンジンが原因のチラチラは、画面上においてチラチラの点滅があるだけであり、それに比して地震波には一定の規則的な動きが見受けられるのである。

 

つまり、こすれあう岩盤から発生した電磁波をとらえたテレビは、一瞬にして画面上に複数の点々をチラチラと発生させるが、その点々は画面を下から上へとスクロールするのである。

しかも点々は、次第に横一列の線を構成しようと集まりながら下から上へとスクロールする。

線となった点々はますます点を集めて太くなり、画面の上と下に帯状に収束する。

それが阪神淡路大震災の前兆であったのである。

 

震災以降チラチラが頻繁に現れた。、

テレビを観ていると、一瞬でチラチラと現れる。それが下から上へスクロールして……消える。と地震速報が出るのである。

チラチラがいつまでも消えず収束しだすと、もうドキドキものであった。

 

いつ、どこで、どれくらいの規模の地震が起こるのか、はっきりとはわからないが、

チラチラが出ることにより数秒から数分後くらいに地震が起こるということがわかることと、地震が起こった時間もわかるのである。

しかし、それがどうした? といわれれば、どうしようもおまへん。と応えるしかない。

 

けれどもチラチラが二本の帯に収束しなければ、発生する地震は、自分の居所では軽微なものであると推測できるのである。

そうして、テレビの画面上に現れたチラチラが二本の砂嵐状の帯となった時は、数時間後にはかなり大きな地震が発生し、少なからず影響があるかもしれないと推測できる。

 

いつもテレビを観ているわけではないことを前提にして、私は震災後、収束した地震波を三度見たことがある。

一度目は、阪神淡路大震災の余震の一つとして。(余震は頻繁にあったし、本震でしばらくオロオロしていたので、どれだったかは特定不能……)

二度目は、……当時私は、土日には住宅展示場と成り果てた大阪球場の裏にある場外馬券売り場に入り浸っていたので、その日(たぶん4月はじめの土曜日だったと思う)も週間競馬ブックは家に置いていくとして、前日に買った専門誌の競馬ブックと大スポの薄紫色の予想誌を小脇に挟みそろそろ出かけようかとテレビを見ていると、チラチラが現れ……そして二本に収束したのである。

怖くなった私は出かけるのをやめて家にいたのだが、お昼ごろだったか北陸(新潟)地方で地震があった。その日の産経新聞夕刊にはお寺の屋根が崩れ落ちた写真とともに地震が報じられていた。

三度目は、台湾大地震の余震であった。あの、高層ビルからクレーン車が落ちたっていう、翌日だったか、そのニュースを見てあの収束は台湾の地震の前兆だったのかと、そう思ったのである。

 

少なくとも上記により、テレビ画面に点々がチラチラと出現し、それが二本の帯に収束した場合は、数時間後には、かなり大きな地震が発生するということは断言してもよいと思う。

 

 

「地球を爆破するだって? しかも3分後に……うそつけ!」
 カウンターに坐る客の男は、私の顔を斜《しゃ》に見上げてにが笑った。

「いえ、本当です。ただ、爆破するのじゃなく、消滅させるのです」
 私は、真面目な顔でこたえる。

 そう、爆破などすれば地球の破片がゴミとなって宇宙を汚してしまう。宇宙をきれいにするのが目的なのだからゴミを撒き散らしては意味がない。

「じゃあ、どうやって消滅させるのよ。地球って、けっこうでっかいぜ」
 男はちくわを齧《かじ》ると、急いでコップの酒を飲み干した。

「でも、お客さん。宇宙のなかじゃ地球なんて塵《ちり》や埃《ほこり》のような小さな存在です。人智をはるかに超えた力にとっては、それは容易に達成されるんです」

「まあ、おやじさんがそういうのならそうなんだろう」
 男は立ち上がって、財布を拡げる。「──で、いくら?」

「地球が消滅するってのに、いまさら御代を頂いても意味がありません。サービスします。きょうは、どうもありがとうございました」
 私は慇懃《いんぎん》に頭を下げて礼を言った。

「え、無料なの!?」
 男は一瞬驚いたが、「だったら、まあ、ごちになるとするか」と言って逃げるように立ち去った。

 私の話に恐れをなしたのか、それとも私自身に恐れをなしたのか──。
 どちらかといえば、私自身のほうに恐れをなしたのだろう。
 
 私は男に早く帰ってもらいたいがために、屋台の内側で、10パーセントほどだが体を膨張させたり縮小させたり、あるいは第三の手をカウンターにのぞかせたりして、少しばかり男を驚かせたのだ。

 というのも地球調査員である私が、上司から、地球を消滅させる最終決断を迫られたのはほんの1時間ほどまえのことだった。

「おい、ジョーンズ。あとはお前だけだ。ビビンチョもカンチョも決断したんだ」
と、上司は私を促した。

 ビビンチョ、カンチョ、というのはチュウレンポウと同属の宇宙人で、どちらかといえば地球存続には穏健派であり、私と同じように数十年を費やして地球を調査していたのだ。強硬派のグレイとグンジョは74年前に人類が初めて核実験をしたときから地球消滅を主張していた。

「あのう、チュウレンポウも決断したのですか?」
 私は上司に訊ねた。
「ああ、ビビンチョ、カンチョに続いて地球を離れた。もう、残っているのはお前だけだ」

 つまり、上司は私に地球消滅に同意し、さっさと引き上げろといっているのだ。
 

 これは、大国の核軍縮条約からの離脱や、テロ国家による核開発の継続などで、地球での核紛争のリスクが確実に増大していることが原因である。
 宇宙に放射能を撒き散らされてはかなわない。もう、われわれは地球人を見限ったということなのだろう。

 この決断を地球人が聞けば、宇宙人は何て野蛮な奴だと憤慨するかもしれない。

 しかし、本当は宇宙人は争わない。絶対的な平和主義者である。もし宇宙人が地球人と同じように領土意識があれば、数億年前には地球はグレイが支配し、火星はグンジョ、水星はビビンチョ、木星はカンチョ、土星はチュウレンボウの支配星になっていたはずだ。

「そうですか。私だけですか……」

 しかし長年、職業を転々と変え地球人を調査してきた私にとって、このろくでもない生き物が棲む、美しい地球は第二の故郷のように懐かしいものになってしまっている。その故郷を消し去るのは、耐え難い。

「ジョーンズ。もう決済は下りている。こちらとしても準備はできているのだ。ようするに、君が脱出するための時間調整をするだけだ」

「だったら、だったら午後の5時53分でお願いします」

 今日、2019年3月22日の東京の日の入りの時刻は17時53分だった。この美しい地球から沈み行く太陽を眺めることで、地球との決別をしようと考えたのだ。

「わかったジョーズ。火星基地で待ってる」

 さっそく私は屋台の片付けにはいった。そこへ飛び込んできたのがさっきの男だったのだ。この忙しい時に、一杯だけとはいえおでんを見繕って出してやったのは、この男が、私が最後に接する地球人になるだろうと考えたら急に寂しい気持ちになり、少し話したくなったからだった。

 しかし、最後の3分は私の時間として残してほしかったのだ。殺伐としたビル街とはいえ、そのビルの谷間から観ることができる夕焼けの美しさは何ものにもかえがたい。心が和む。その夕焼けを見ながら飲む缶コーヒーの旨さに、口では言い表せないほど幸福感を与えられるのだ。

 もちろん地球では、どこにだって素晴らしい夕焼け、夕暮れを観ることができる。人間など生まれなければ、地球は宇宙一美しい、保護されるべき星だったのだ。火星や金星などの夕暮れなど、ちっとも美しくない。

 

 私は屋台から急いで夕焼けの見える橋の上にやって来た。もちろん缶コーヒーは忘れない。

 青い惑星が、赤く、茜色にそまってゆく。
 5時52分。もう、あと1分で地球は消滅するのだ。
 残念だが仕方がない。原因は人間にあるのだから──。

 しかし、テレビドラマの『初めて恋をする日に読む話』の最終回が3月19日でよかった。おかげで全話観ることができたが、はじこいロスが、少々私を投げやりにしているかもしれない。まだ話が続いていたら、私は地球消滅には断固反対し、その間は、地球は安泰だったのだから──。

 しかし、昨夜イチローが引退を表明したというのは、合体しているビビンチョ星人が見限った地球を離れたからに他ならなかった。もちろん私もジョーンズから抜け出して、火星の基地へワープすることになる。

 さて、もうそろそろ時間のようだ。

 グッドバイ地球! グッドバイ地球人! そして、グッドバイ深キョン!

 私は、火星基地への瞬間移動のため地球人の姿から本来の姿である手3本、足5本の軟体動物のような容姿に戻り、真ん中の手を尻の穴に入れ、舌先を右乳首に巻きつけ、肛門の代わりにもなる第三の足の指を使って右耳の耳たぶを挟んで5度引っ張り……そして、なんだっけ、え? 3回まわるのだったか? 5回? 右回り、左回り、わ、忘れた! 

 

 ああ、時間がない。ああぁぁぁぁぁ、練習しとけばよかった──グッドバイ俺! 

                               〈了〉

 

 

 

この掌編は、2019年3月22日の東京の日没が17時53分であることを前提に、

前日のイチロー選手の引退と、19日が最終回のドラマを織り込んで、

22日の午前中に投稿したものです。

 

ブログ難民だった私が、ヤホーとイザの両ブログから『書いたもの』をアメブロへ持ってきたというのは『ブログ難民物語』に書いた通りなのですが、それ以外で投稿したショートストーリーでこちらに持ってきてないのが2つ3つあって、今こそこそ移動させています。前回の『紙とペンと怪物と』は、実はその一つであり、内容が古いキャラクターが登場するので、その前の回に『ジェネレーションギャップ』という記事で前説していたのですが……。

 

 

この『グッドバイ地球!』を2025年7月5日午前4時18分以前に投稿したのは、私は少なからず、たつきさんの『私が見た未来』を信じているからで……。

 

ただ、前日に参院選の公示があり、大阪万博はジャパンデーでMISIAさんのライブが行われたと織り込めそうな時事ネタがあるとはいえ、2025年7月5日午前4時18分を前提に書き換えるなんてことはもうまったくできません。

 

ちなみに、この宇宙人ジョーンズさんのショートストーリーは

 

 

 

 私がネットで深田恭子の写真を眺めている時だった。

 目の前へ、まるでシャボン玉のように音もなく漂い現れたのは《へのへのもへじ》。

 

彼は、
「ほ~う。最後はやっぱり、お気に入りのおねいちゃんにするのやな……」
と、空中でふわふわしながら、眉毛ではない「へ」の字、つまり口《くち》として描かれた「へ」の字を器用に動かせて、私に訊ねる。いつものように彼の背後で拗ねているのは、これは《つるさんはまるまるむし》だ。悲しいかな彼は、口がないのでしゃべることができない。

「あたり前田のクラッカーよ! 深キョンは俺に取っての『はじこい』だからな──」

「つまり、初恋の人ってわけだ」

「まあ正確に言うと、初恋の人に似ている人かな」

 そう応える私の頭上を鉄人28号がゆっくりと旋回している。リモコンで操縦する正太郎を描かなかったので、鉄人は一日じゅう天井を旋回する破目になったらしい。

 ホームこたつの中からモスラの幼虫が這い出してきた。そのあとをゴジラが叫び声をあげながらついていく。

 キーボードの上ではニャロメとべしが、
「やっぱり深キョンはかわいいニャロメ!」
「べしも好きだべし」

 天井から毛虫が糸を使って降りてきて「けむ~んぱすぱすぱすぱすぱす……」と、どうやら仲間を呼んでいるらしい。

「もう、なんだよ、お前ら! どっか行けよ!」

 頭がおかしくなりそうになった私は、最近ピンク色に染めた髪の毛をかきむしった。が、しかし、こいつらを出現させたのは私自身だったので、こいつらには責任はない。あるとすれば私の方だが、むしろ罪深いことに私は深田恭子さえ呼び出そうとしているのだ。こいつらと同じサイズの、つまり《手乗り深キョン》を──。



 ──私が、この奇妙な同居人たちと暮らすようになった原因は、去年の、ある縁日の古本市にあった。仮設の棚の高価な本には端から用がない私は、当然のごとく人気のない文庫本や雑誌などが積んであったワゴンを漁っていた。その中に混ざっていたのが、使い古され、残り少なくなっていたメモ帳と付属のペンだった。

 私はそのメモ帳とペンを手に取り、なぜここにこんなものがあるのか……と古本と雑貨の相関関係を模索しながらふと顔を上げると、たまたまそばまで来ていた店主と目が合ってしまったので、ことさら必要はなかったが、一応「これ……?」と、なにがこれなのか意味不明の「これ……?」をとりあえず使って私が訊ねると、店主は勘違いしたらしく、「おそらく雑誌の付録かなにかだろうが、そんなのはどうだっていい、要るなら持って帰れ」、と愛想もクソもなくいうので、一応「ありがとうございます」と礼を言って持ち帰ったのだった。

 しかし実際は、「これ、こんなとこにありましたけど」の「これ」であって、「これ、買います」とか「これ、売ってください」の「これ」ではないのに、このゴミ同然のメモ帳セットを、タダとはいえ礼を言ってまで持ち帰った自分がなんとも情けなく、惨めに思えたが、気の小さい自分にとってはメモ帳セットを手に取った時点で、それを持ち帰るのは必然、いや運命だったのかもしれなかった。

 持ち帰ったメモ帳はほとんどが破り捨ててあり、残りは10枚ほどだった。

 私は、その最初の一枚に《へのへのもへじ》と《つるさんはまるまるむし》と書いたのだ。つまり、顔文字である。ペンの書き味を試すために書く螺旋模様は目が回りそうだし、自分の名前は難しくって、目が悪くなった今では正確に書くことができない。

 その時はまだ、書いた顔文字が、ある日突然、破り捨てたメモの中から飛び出すとは思わなかったのだ。だから私は次に、子供の頃に流行《はや》った漫画のヒーローの中で唯一描くことができた鉄人28号を記憶の中から呼び出して、描いたのだ。

 怪獣は、キングギドラは描けなかったが、モスラの幼虫とゴジラは描けた。

 赤塚不二夫の漫画は、ギャグが満載で、生き物は描きやすかった。

 描いては破り捨てを繰り返し、部屋の中に散っていたメモの中から、彼らが飛び出したのは満月の夜だった。不思議なメモ用紙に不思議なペンを使って描かれたものが、月の吸引力によってこの世に引き出される──。う~ん、マロンやね。いや、ロマンか……。


 私が、残された最後の一枚のメモに深キョンを描こうとした時だった、ドアがノックの音とともに開かれた。

「よう。レモさん!」と同じアパートに住む青年が入ってきた。彼は私の名前である薔薇屋敷檸檬《ばらやしきれもん》の下の名を略してレモさんと呼ぶ。

「おう。青年! どうしたんだ?」

「どうしたんだって、今日はレモさんの還暦バースデーじゃないか!」

「あ、そうか。そうだったな。よくぞ覚えてくれていたな、青年!」

 青年こと、青山年男《あおやまとしお》は、ビールと菓子をレジ袋一杯にして持ってきてくれたのだ。

「最近、レモさん。……へんだって、噂ですよ」

 薄笑いを浮かべながら、私に缶ビールを差し出す。

「へんてなんだよ~。変態ってことか?」

 受け取った缶ビールのステイオンタブを引くと、見事に泡が吹き出した。

「てめ~、俺のだけ振りチンしたな……。って、つまり、こんなしょうもないことを言うからだろう?」

「じゃなくて、最近、夜中でも話し声が聞こえるって噂。俺だって何回も聞いたしさ」

「お前、これを見ろよ」

 私は天井を指差し、「なにが見える?」

「う~んと、人差し指」
「じゃなくって、その先」
「爪がある」
「その先だ!」
「垢がたまってる」

 青年は、落語のネタで対応してきた。

「お前のほうが、へんじゃないか!」

 考えてみると、描いたものが出現してからは、青年は今日始めて部屋に来たのだった。であれば、天井を旋回する鉄人28号や放射能を吐くゴジラに驚愕し、失禁して当たり前なのだが、青年は平然としている。

「お前さあ、天井の鉄人28号見えないのか?」
 
「ちょっと何言ってるかわからない」

 青年は笑ってから、「なんかメモ用紙を丸めたのがあちこちに落ちてるけど、身体だけはだいじにしてくださいよ」と言い残して帰っていった。

 鉄人28号は、私だけにしかみえないのか、それとも青年だけが見えないのかは、今のところわからない。が、しかし、親しい人間は青年以外いない私には、いますぐにそれを解明する手立てはない。

 それよりも、深田恭子のイメージを高め、より写実的な彼女をメモに描かなければ、大変なことになる。漫画なら、平面だから、線だけでもかまわない。しかし、人間は違う。写実的な点描画であれば、よいのだが、そんな技術は私にはない。

 ──ああ、なんだかイライラしてきた。

 あ~~~~~~~~~~~っ!

 い~~~~~~~~~~~っ!

 う~~~~~~~~~~~っ!


「もう我慢できない!」 

 私は、メモ帳の最後の一枚をストローのように丸めた。

 結局私は、メモには何も書かなかったのだ──。


                                (了)

 

NHKのお昼のニュースを見ていたのだけれど、いつの間にか眠っていた。

そこは《ひとりぼっち》だから誰も起こしてはくれない。

 

目を覚ますと、時間は0時35分。

ドラマでもやっているのだろうか、酔っ払いが肩を組んで騒いでいる。

その右端に、なんとピエール滝さんがいるではないか?

 

何年か前に、薬を外国の紙幣に丸めて吸引したとかで逮捕されたのに、

もう、テレビのドラマに復帰している。

 

業界では、事件を起こした当人ばかりでなく、出演しているという理由だけで作品自体がお蔵入りになる場合が多いのに、最近のNHKは ❝やりやがる!❞ 。

 

確か『あんぱん』だったかな、と新聞の番組欄で確認すると、

『とと姉ちゃん』の再放送だった。

 

しかし、再放送でも、やっぱり最近のNHKはやりやがるのである。

 

私は、ドラマは見ないようにしている。一度でも見てよかったら、その後見続けなくなるのが怖いのである。だから、

 

私が最近見たドラマは、『ルパンの娘』その前が『初めて恋をした日に読む話』『ダメな私に恋してください』くらいで、例外は、コロナ下で連日再放送された『仁』だけである。

 

ところが、である。

いま私は毎週、楽しみにあるドラマを待っている。

 

見るつもりはなかったが、私の奥底に眠っているスケベ心が、そのドラマの第1回目の再放送を見させたのだ。

 

あのNHKが、全裸の女性を放送したというのである。

見ないわけにはいかない。『べらぼう 〜蔦重栄華乃夢噺〜』である。

亡くなった女郎を土葬するため裸に剥いて重ね置いてあるのだ。

 

まあ、AV女優3人の桃尻だけを見てNHKも一皮むけたな、と済んだはずなのだけれど、ドラマの内容が、おもしろい!

 

しかも主人公の蔦重は『初めて恋をした日に読む話』のヒーローである横浜流星である。彼は『はじ恋』でピンク色した髪の毛の高校生を演じ、成長して、立派になって、なんと! ちょんまげを結っているのである。ピック色じゃないけど……。

 

お江戸のポップカルチャー、メディア王、お祭り男を通して江戸時代の町人の文化を見せてくれるのだが、現代から見ると、くだらなそうなじゃだれをよく使ったり、屁をこいただけで輪になって踊れる陽気さは、やっぱり時代の差だなぁと思わせる。

 

ところで、現代の小学生はタブレットを使ってお勉強するらしい。

だから、紙に鉛筆で文章を書かせると、ほとんどがひらがなであり、しかも字ひとつ一つの大きさがバラバラで、ものすごくバランスの悪い文章になる。

 

今の子供たちは、文房具屋さんでボールペンを買うこともないのだろうか。

ペン売り場には、試し書きのメモ帳が置かれていて、螺旋を描いたり、へのへのもへじつるさんはまるまるむしの絵文字をかいたり、三角形の相合傘をかいて、右にじゅんこ、左にひろし、……「ばかいってんじゃないよ!」

 

もう、今の若い子はモーレツア太郎って漫画も、ニャロメベシも知らないのだろうな。ジェネレーションギャップって、怖いね。

 

 

二度目は、3時頃だった。

大阪の、梅雨明けの空に響き渡る大音響

 

ついに、恐怖の大魔王がやってきたか!

 

そう思った私は、痛い腰をさすりながら立ち上がり、

窓から空をうかがったが、それらしいものは見つからなかった。

 

一応、旅客機の飛行ルートが近いもので、

旅客機の音は知っている。今日のはそれの数十倍はあるだろう。

 

空自のヘリコプターの音は大きいが、

あれはベリボリバリで聞きなれている。

 

今日のは、まるで宇宙(そら)が落ちてくるような大音響……。

まるで、恐怖の未曾有を知った思いだった。

 

アンコロモチ……ではなく、アンゴルモアか?

 

海底が、ボコンと裂けるという予言は、毎夜YouTubeで、

耳が裂けるほど聴いている。

きっと今夜も聴くだろう。

 

おみそんを聴き、2025.7の予言を聞き、misiaさんを聴く。

寝落ちするまで、三時間はかかるだろうな……。

 

とにかく大音響の原因を突き止めなければと、Xなどでリアルタイムで検索したが見つからなかった。ただヒントは貰った。

 

ブルーインパルス

 

7月の12日と13日に大阪万博のために飛行してくれるのだ。

おそらく、今日6月27日の午後の大音響はその予行演習のものではないのだろうか。

きっとそうだろう。

 

 

今、『ルパン三世 カリオストロの城』を見ながらこのブログを書いているが、

「きょう27日の午後、ブルーインパルスが大阪の上空を……」という見出しのネットニュースがすでに出ているかもしれない。

 

 

余談ではあるが、今日お中元を手配しに商業施設へ行った。

本当は行きたくなかった。

すでに、晩のおかずは昨日買ってある。

しかし、明日あさっては土日で混雑する。

 

で、結局行って、弁当を買ってしまった。

昨日のおかずとお弁当で、ひとり晩餐はにぎわった。

 

だから、今日麩の味噌汁は食べなかった。

 

 

 

                       ああ……ルパン終わっちゃった!

 

 

 

 

 

「まだ、起きひんのか?」

 と母親の声がして、

 

「うん……」

 と返事をしながら目がさめた。

 

 が、薄暗い部屋の中には私一人である。

 

 早速、枕もと、あるいは背中や尻の下にスマフォを探しだし

 イヤホンを耳に突っ込む。 とにかくYouTubeで気を紛らわせるのだ。

 

 最近の私は、必ず夢から目がさめる。眠りが浅いからだろうか……。

 その夢の中に母親の気配があるときがある。

 しかし、今朝のように、はっきりと本人の声を聴いたのは初めてだった。

 

 なるほど。もう五か月経つんだ……。

 

 今日26日は、母の月命日である。

 

 いつまでも泣くんじゃないということだろう。

 今日からブログを再開することにします。

 

 

      (といっても、十年で『ブログ難民物語』一回しか書いてないのにね)

Amebaさま20周年おめでとうございます。
私は10年前ブログサイトを二つ抱えたブログ難民でした。

そんな私を受け入れてくださったのが『アメブロ』でした。


にもかかわらず、私は今日にいたるまで十年以上、ただの一度もブログを更新しておりません。誠に不誠実で不義理な人間で申し訳ございません。

 

そんな私にとって、今回のキャンペーンはブログ再開のラストチャンスかもしれないと思いました。これ以上の動機付けはないのではないか、と。必ず参加し、お礼とお詫びをしなければならない。それでしか10年のブランクを埋めてブログを再開することは不可能だと考え、アメブロ創設者のサイバーエージェント社長の藤田さん……らしい人物にも登場していただいてショートストーリーを書いてみました。


『ブログ難民物語』

2013年の大晦日の夜だった。

    やぁ~まのかぁみぃ~ ♪


「じゃ、お家賃は小正月までにお願いね」
とアパートの管理人のおばはんは、箸を持ったまま振り返りもせずに言い捨てた。
 

    しろいふんどしぃ…♫

 

彼女が熱心に観ているテレビでは、今年紅白を卒業する北島三郎が巨大な龍の頭に乗って歌っている。まだまだやっていけるだろうに、この出場50回という節目が勇退するにはベストの頃合いなのだろう。この機会を逃せば自然消滅か華やぎの薄れた引退になってしまう。名のある人ほど『退き際』は難しい。

    においのしみこんだ~♬
 

ではフリーターの自分にとって引退ってあるのだろうか……。

そう考えるとたちまち居たたまれなくなって、私は泣きそうになってしまった。スタートしてない人間にゴールなどないのだ。

 

「あ、あのぅ……よい、よい」

と私が、言いかけると、

「ちょっと誰がよいよいよ。もう早く帰って!」

鬼の形相で振り返った管理人は、

「やだ、お蕎麦のびちゃったじゃないの~」とどんぶり鉢の中をかきまぜた。

 

いや、よいよいと申したのではない、拙者は、よいお年をお迎えくださいと申したかっただけじゃ、誤解じゃ老婆どの、と脳内で語りかけながらも黙って外へ出た。

 

確かに悪いのは家賃を滞納している私の方だが、こっちは朝から飯も食わずに借銭に駆け回っていたのだ。結果無駄だったけれど、その甲斐のない努力の美しさは、おばはんにはわからないのだろう。ああ、ドア越しにそばをすする音が聞こえてくる。サブちゃんの歌とともに……。

 

      ズーズッ  ズー

    まつりだ まつりだ まつりだ ♬  ズルル

私は部屋に戻って、荷造りを始めた。


とにかく実家へ帰ろう。結局、金は年老いた両親に出してもらうしかないのだ。五年ぶりの里帰りは怒りよりも喜びのほうが多いはず。滞納している家賃分くらいはもたらしてくれるだろう。

当日書き上げた最後の記事である「兵隊さんよ、ありがとう vol.2」を風呂敷包に詰め込み、荷造りがひと段落したときだった。ドアがノックとともに開かれたのだ。

「あれ~、レモさん、夜逃げですか?」
隣室の二回り年下の青年こと青山年男がにやけ顔で言う。
「まぁ、ようなものだな。1月15日までに帰ってこなかったらそうなる」
管理人である大家のおばはんは、私を含めて数人からは家賃を現金で徴収するという脱税守銭奴だったのだ。
 

「青年はどうするんだ、年末年始は?」
「ゲームしてます」
「ふ~~~ん」
青年はプロのゲーマーらしいのだが、ゲームして銭が稼げるというのは古い昔人間の私からすれば何か不思議な感じがする。

「あ、それから帰ってこなかったら、ここにあるもの持ってってもいいよ」

「え、いいんですか?」

「まあゴミみたいなのばかりだけどね。で、カギなんだけど……」

「それ了解で~す! ドアノブを右斜め45度に持ち上げて引けばいいのでしょう?」

確かに、そうすればカギがかかっていてもドアが開くのだった。
「うん? お前さ、何回かやってるんじゃないのか」
「いや、ぜんぜん。だって俺んとこもそうだから」
まあ、古いアパートの隣同士、カギなんてあってないようなものだった。


「レモさんのコレクションしている写真集もらってもいいですか?」

青山は、部屋の隅に置いてある段ボール箱を指さした。
「ああ、ビニ本ね。じゃ、今もってく?」

私は部屋の隅に投げ捨ててあった段ボール箱を青山の前に置いた。
「え、いいんですか」
別にコレクションしているわけではなく、若かりし頃スケベ心で買ったのを捨てずに持っていただけのことである。
「10冊しかないけど……どうぞ」

お預けされた犬のように待っていた青山は、慌ててふたを開け、

「あ、一冊未開封のがあるワン!」と箱から取り出しながら遠吠えた。ワオ~ン!

「うん、それな。当たりかもしれないんだ」

「え! 当たりって? もう一冊もらえるんですか」

「いや、そうじゃなく、ビニ本ってのは表紙の写真が一番エロいんだけどね、ハハ……でも、それは違うような気がするんだにゃん。網パンに水鉄砲で終わるわけがないじゃん。きっと表紙以上のモノがあると思うんだニャロメ」

「じゃあ、今開封しましょうか」

「いや、いや。俺の頭の中には網パン水鉄砲以上のものがあるからもういい。そのビニ本の水揚げの権利は君にあげるから、晩飯のおかずにでもするだにゃん!」

私は香箱をつくって喉を鳴らした。ゴロゴロ……。

 

その後、青山が焼酎と唐揚げをもってきて「忘年会しましょう」「てかもう年越してるから新年会だな」「でもレモさん夜逃げするんだったらお別れ会だよ」……と二人で大いに騒いでいたのだが、気が付いたらひとり深夜の町中を歩いていた。空腹に焼酎が効きすぎたのだろうか、お別れ会ということで荷物を抱えて勢い出てきたのだろうが、年末年始で近場の交通機関は動いてるが、実家へ帰る手段は何もない。

 

初詣客を乗せた電車が、川面にもわもわとした光の帯を曳いていくのを横目に見ながら川沿いを当てもなく歩いた。とりあえず一度アパートに帰るというのが最善の策なのだろうが、それに気が付かないほど実は脳が疲弊していたのだ。 

あかんぼ橋まで来て、私は欄干に手をかけ漆黒の水の流れを眺めた。
川の中から、何かの泣き声のようなものが聞こえた気がしたのだ。まさかとは思ったが、欄干越しに顔を突き出して覗き込もうとすると、ひょいと体をもっていかれそうになる。突然、得体のしれない白い手が飛び出してきて、私の首根っこをつかんで引っ張り込むような恐怖。やっぱりその夜は相当気が滅入っていた。

 

「あかんぼ橋で泣き声か、赤ん坊の……」

言いながら、プルっと体が震えた。橋のいわれを思い出したのだ。

日本がまだ独立する前の戦後の混乱期には、進駐軍の相手をする女性の多くがこの界隈に住んでいて、雨が降り、川の水量が増した夜などには、まだへその緒が付いた赤ん坊が流れていたらしい。波に揺られるみかん箱の中から泣き声が聞こえたという人もいたという。

立ち去ろうとしたとき、何かが私の足首に触った!
驚いた私が足元を見ると、「にゃ~」猫だった。
赤ん坊の声だと思ったのは、どうやらこいつの鳴き声だったらしい。

「驚かしやがって、こんにゃろめ! バスにしちゃうぞ、それとも三味線か!」
と、猫好きである私が猫に毒づいていると、
「あ、やっぱりレモさんでしたか!?」

この寒いのにジャッケトの両袖をたくし上げた男が立って笑っている。いや、笑って立っている。ま、どっちでもいいか。


私こと薔薇屋敷檸檬を「レモ」と呼ぶのは、同じアパートの隣室に住む青年こと青山年男だけのはずだが……。


私がいぶかしげな顔をしていると、
「サイバ。才羽ですよエージェントの……」

どことなくもっこりとした声で言う。
「……あぁ、思い出しまた。あのタコ、じゃない才羽さんでしたか、確か会社が東証マザコンズの……いや、どうも」

「いまはプライムですが……」

 

私の古い記憶では、才羽はいろいろとやっていて、過去に私はイイダコの養殖に数百万円を投資したことがあるのだった。もちろん大損させられたのだが、これは自己責任だから仕方がない。

「何か悩み事でもあるのですか?」
彼は、いきなり核心を突いてくる。仕事のできる人間は時間を無駄にしないのだ。

「どうして……?」
「橋の上でたたずんでいらっしゃるし、第一見た目が夜逃げ同然で……。さ、おいでレオナール!」
才羽は猫の首輪にリードを結ぶと、両腕に抱き上げた。

夜逃げ同然って、……確かにそう見えるかもしれない。私は背中にパンパンに膨らんだリュックを背負い、右手には風呂敷包みをぶら下げ、肩幅に開いた両足の間には大きめのレジ袋を挟んでいる。その姿なりで、左手を欄干にかけ川の流れを見ていたのだった。

「まさか! 飛び込んだりしませんよ」

と応えながら、私は身体がスーと軽くなっていくような気がした。

それは、我慢していたオシッコをトイレを直前にして漏らしてしまった時の感じだろうか。後悔や羞恥よりも、気持ちよさの方がはるかに大きく広がってゆくという解き放たれた快楽だ。

当時私は、ヤホーのブログと新聞社のブログの二つのサイトを持っていたのだが、突然新聞社のブログが閉鎖されることになり、であればヤホーへ移行しようと試みたがこれができず、さてどうしたものかと悩んでいるうちにヤホーまでがブログを廃止することになったのだ。2014年3月31日までに両サイト内の記事をどこかへ移行しなければ、「すべてがすべてが無~♬」(by misia)になるのだった。つまり放っておけばすべての記事が消えてしまう。

とりあえず私は、新聞社のブログに書いた記事を大きな風呂敷に包み込んだ。ヤホーの記事はリュックサックに詰め込んだのだ。新聞社のは時事・政治ネタであり、ヤホーは小説やエッセイが主だった。

 

私はおおよその事情を才羽に話した。

「それはお困りですね」

と言う彼の表情がにやにやしている。

「何か可笑しいですか?」少しムッとして訊ねると、

「レモさんが話している間に、何かわからないけれど緩んだ風呂敷包の結び目から二つ三つ飛び出しましたよ。あ、そこに一つある」

 

才羽が指さす方を見ると、橋の真ん中でスポットライトを浴びたような月明かりの中、たまごが一つ飛び跳ねている。つまりあれは、『漫画「はみだしのケ」』の記事内にある、かつては禁断の踊り子と呼ばれた紅玲子嬢の秘技“嗚呼、仰天たまご飛ばし!”のたまごだった。私がそのたまごを捕まえ風呂敷包に押し込んでいると、こっちの隅の方で青白く光ってるのがありますよと才羽が呼ぶ。

 

近づいてみると、確かにファイアフライ? ほたるだった。『最高のコンビ』という話の中で、ドロップの缶を握りしめた少年の後を小さな虫がらせんを描きながら飛んでいるのを見て、清次がMPに尋ねるセリフだった。

それも捕獲し風呂敷に詰め終わると、かすかにぽちゃんと水音がした。

 

「なにか走って飛び込みましたよ」

才羽は暗い水面を覗き込む。

「おそらくモッコリンかフジサンケイのロゴマークでしょう。それらは新たに書き加えますから……」

言いながら、突然、もうその必要はないのではなかろうかという気がしてきた。

ぽちゃん……ぽちゃん、か……。

 

「なるほど、そういうことだったのか!」私は天を仰いで叫んだ。

 

うおぁああああーーーーーっ!!!!!

 

「え、なんです、いきなり。変身でもするのですか⁉」才羽が驚く。

「わかったんですよ。どうすればいいのかが……」

 

私は、当てもなく歩いていたのではなかった。無意識に、この場所へ導かれたのだ。

 

「どうするんです?」

「風呂敷包みもリュックも川へ捨ててしまえばいいんです。いま私に必要なのはこのレジ袋、つまり当座の下着だけです!」

なぜかわからないが、私は両手を腰にあてがい胸を張って言っていた。

 

「でも、川を汚しちゃダメですよ。環境破壊になります」

才羽は、私の決心に泥を塗りこんでくる。

「いや、実際に川に捨てるのではなく、つまり移行せず消滅させるということです。そんなに苦労するなら、もうブログなんかやめちゃえってことです」

 

「でも、もったいないなぁ~。それって」

「しかし、ファイルに保存したとしてもそれは保存しているだけで、誰も見ることができないし、自分だって引っ張り出してみることもないだろうし、残すとなれば、やっぱりどこかのブログへ引っ越しする以外は方法がないんですよ」

 

「だったら、うちへ来てくださいよ。ブログやってますから」

 

えっ、え~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~! 本当ですか?」

 

あまりの驚に、私は悟空のようにびっくりしてひっくり返ってどいんってなった。

 

「はい。国内最大級のブログサービスです」

 

「それ、はやく言ってよ~」

 

どうりで才羽がにやにやしていたはずである。彼がAmebaのボスだなんて……。

しかし、よかった。もう少しでスーパーフリーターに変身するところだった。まあ、変身したところでフリーターはフリーターだけど。

 

後日、正確には2014年1月15日、親から借りたお金で家賃を払い終えると、アパートの部屋でアメブロへ記事を移行したのだった。ただヤホーからアメブロへはシステム通りできたのだが、新聞社のブログはそれができず一つ一つコピペして移行しなければならなかった。記事に時事問題が多かったので、私はタイトルの後ろに記事を書いた日時を入れた。その後、

 

「おーい、のものものもうぜ!」

私は紙パックの日本酒とアタリメを持って、隣の部屋をノックした。

「あっ、レモさん。帰ってきたんれすね」

ドアを開けた青山は私を中へ招じ入れた。

「いや、れすねって、いま飲んでたの?」

「飲んでました。ヤクルト1000れすけどね」

壁にはmisia姫のポスターが貼ってある。

「なに快眠むさぼろうとしてんだよ。ちゅーか、お前、どうしたの? 三回に二回は『で』が『れ』になってるけど。まあいい、飲もうぜ」

 

飲んでいて気づいたのだが、部屋の隅に見覚えのある段ボール箱がある。

「あれ、確か……」

「そうれす」

 

青山が持ってきた箱を覗くと、未開封だったビニ本が一冊だけ入っていた。

「あとの9冊は売っちゃいました」

「もう売っちゃったの? まだ二週間しか経ってないのに」

「なにかべとべとしてたもので……」

「なにがべとべとだよ~。んじゃ、これ開封しようぜ」

と私がビニールに手をかけようとすると、青山はそれを制して、

「後生です、お代官様! このむすめごだけはおめこぼしくださいまし」

と、田舎芝居をする。

 

「青年よ、何か辛いことがあったのか?」「ないですないれす」「じゃあ、一緒に破こうぜ」「だめれす。このビニ本はわたしのものれす」「そりゃそうだけど、じゃ、丁寧にハサミで開けよう」「だ、誰かある! 刃傷でござる!」「お前何か変な時代劇のゲームに憑りつかれてんじゃないのか!」……という感じで、のものものんでアタリメかじって、「やっぱ、開封しよう! 中が見たくなった」「だめれす。見てはだめです」「あ、誰かに高値で売りつけようとしてるんだろ!」「してないです。売らないれす」って感じでワンワンニャンニャン騒いで、また元の生活に戻ったのだった。

 

                                  (了)

 

付記

そのコピペした記事が形式的な最初の記事であるとすれば、それ以来10年経ってのこの『ブログ難民物語』が実質的な最初の記事になるのだろう。これで、何か呪縛から解き放たれたようで、これからは、なんなと書いていこう思う。

 

                                  

 

 

 

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