間もなく、教育勅語が発せられてから122年になります | 佐藤 政則「不易流行 -日本再生に向けて-」

佐藤 政則「不易流行 -日本再生に向けて-」

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 「悖(もと)る」の語義は、大辞泉によると、「道理にそむく」や「反する」だそうだ。

 「駅に掲示されていた、海上自衛隊60周年を知らせるポスターを見たら、久しぶりに、悖るという語を目にし、そのポスターの前で立ち尽くし読んでしまった」ことを、過日、書かせていただいた。

 この、悖るという語は、明治天皇が簡潔に教育の方針を示された勅語である『教育ニ関スル勅語』の最後の段落で、使われている。その段落を、漢字と平仮名の文章にし、句読点を打たせていただくと、次のようになる。


『斯の道は、実に、我が皇祖皇宗の遺訓にして、子孫臣民の倶に遵守すべき所。之を古今に通じて謬(あやま)らず。之を中外に施して悖らず。朕、爾臣民と倶に、拳々服膺して、咸(みな)、其德を一にせんことを、庶幾(こいねが)う。』
(教育勅語、第3段落)


 著名な物理学者で、日本人初のノーベル賞受賞者でもある湯川秀樹さんは、幼少のころ、家庭で、いわゆる漢文の素読を、繰り返しさせられていたそうだ。たしか、氏の自伝に、そう書かれていた。
含蓄のある文章は、考えるための良質の素材でもある。子供に、含蓄のある文章を素読させることは、意味のあることだと思う。

 戦後、徳育を軽視した、もしくは、敬して遠ざけた結果だろうか、私益のためなら仁義に悖る行為をして恥じない人が、増えているように思う。3日後の10月30日は、明治天皇が教育勅語を発せられた日です。


神奈川県横須賀市にて
佐藤 政則