携帯電話教室という発想と、取扱説明書不要という発想 | 佐藤 政則「不易流行 -日本再生に向けて-」

佐藤 政則「不易流行 -日本再生に向けて-」

変わらぬ理念の実現を目指し、しくみを修正する。
実態に合わなくなった諸制度を見直し、日本国を良くすることを目指す、政治ブログです。

 少し涼しくなり、お陰さまで、気力、体力が、だいぶ戻って参りました。

 電車を降りる。まだ、火をつけていない煙草をくわえたまま、改札口を出る。駅舎から離れる頃合いを見計らって、その煙草に火をつける。その後、何やら、使用済みのティッシュペーパーを、道路にポイ捨てする。赤信号を無視して道路を横断し、スーパーマーケットに入る直前、煙草も、当然のようにポイ捨てする。

 そういう人は、ごまんといる。もちろん、そういう人の周りには、私を含め、何人も他人が歩いている。傍若無人、傍らに人無きがごとし。
善かれ悪しかれ、人は、それぐらいぶれない。只々、それを申し上げたかったので、日常でよくある光景を、紹介させていただきました。

 「アイツなら、こういう場合、こう言うだろう、こうするだろう」、そういう推測をしづらい相手と、仲が良くなることは、あまりないと思う。

 どこの携帯電話会社だか、よく覚えていないが、初めて、「携帯電話教室」という言葉を見たときの驚きは、よく覚えている。
アップル社の製品には、分厚い取扱説明書は付いていないように思う。私が今使っているMacBook Airには、分厚い取扱説明書は付いていなかった。また、取扱説明書が必要になったことは、一度もない。

 消費者をよく研究して、消費者が欲する機能のみを盛り込むことによって、可能な限り価格を下げる。そういう製品作りをすれば、必然的に、「この製品は、こういう場合、こう操作するはずだ」となり、分厚い取扱説明書は、不要になると思う。

 日本経済が、変動相場制に翻弄されていることは事実だけれど、日本経済が停滞している原因は、それだけではないと思う。
私も、"Made in Japan"の復活を願う多くの国民の中の、一人です。


神奈川県横須賀市にて
佐藤 政則