1914年、第一次世界大戦が勃発する。アインシュタイン博士はこの頃平和行動に熱心に取り組み、『ヨーロッパ人への宣言』を記している。
1915年、ロマン・ロランと意気投合し、命がけで平和運動をしている人々を手助けする方法について話し合っている。
1916年、一般相対性理論を発表。この理論には星の重力により光が曲げられるという予言も含まれていた(これは後に実証される)。
1917年、肝臓病や黄疸といったいくつかの病がアインシュタインを襲う。病院は大戦で怪我をした兵士で一杯になっており一般人は入院できず、自宅で療養となる。この数年間、いとこのエルザ・レーベンタールが看病にあたる。
以下の写真は全て、第1次大戦が勃発した1914年のものである。
発端のサラエボ事件発生 西部戦線
(青島攻略戦)
1918年、一般相対性理論の立証のため、クリミア半島でアメリカ人ウィリアム・キャンベルに依頼し、皆既日食の観測を試みるも、曇天のめに失敗する。また、第一次世界大戦開戦でドイツのスパイと誤認され捕虜となる。
1919年、皆既日食において、太陽の重力場で光が曲げられること(いわゆる、重力レンズ効果)がケンブリッジ天文台のアーサー・エディントンの観測により確認されたが理論の立証にはまだ不充分であった。しかし、このことにより一般相対性理論は物理学理論としての一定の地位を得る。この事は世界のマスコミにも取り上げられ、敵国人アインシュタインの名がアメリカで初報道され、これによってアインシュタインの名は世界的に有名となった。
また、彼がユダヤ人であるとの理由から、自国のドイツ国内における彼と相対性理論に対する風当たりは増々強くなった。
なお、この年の2月に親友のフリッツ・ハーバーの仲裁も空しくミレーバと離婚し、6月にはエルザと再婚している。



















