お休みの日に、
近くのスーパーへ行ってきました。
夕ご飯の献立を考えながら、
のんびり歩く時間って、
けっこう好きなんですよね。
店内は、
いつも通りの穏やかな空気が流れていて、
なんとなく心が落ち着きます。
では、
いったい、
どこで足が止まったのか。
それは、
野菜売り場でした。
正確に言うと、
『大根』
のコーナーです。
並んでいる大根を、
一本ずつ手に取って、
じっくりと見比べていたんです。
まわりの他のお客さんから見たら、
私はきっと、
ものすごく真剣な顔をしていたと思います。
ここで、
問題になるのが、
『どれを選べば正解なのか』
という疑問です。
見た目はどれも同じように白いですし、
泥がついているものや、
きれいに洗われているものがあります。
私の場合は、
なんとなく、
ずっしりと重みのあるものを選びがちです。
でも、
重ければいいというわけでもないのかなと、
ふと思ったりもします。
ここで、
ちょっとした疑問が浮かびました。
では、
『美味しい大根』
とは、
いったいどんな大根なのでしょうか。
葉っぱの切り口がどうとか、
ひげ根の並びがどうとか、
いろいろな情報を思い出そうとします。
でも、
いざ目の前にすると、
どれが一番いいのか、
さっぱり分からなくなるんです。
こういうのって、
なんだか面白いですよね。
ただの野菜を選ぶだけなのに、
まるで大いなる試練に挑んでいるような、
そんな不思議な気持ちになってきます。
そう考えると、
スーパーの野菜売り場というのは、
私たちにとって、
身近な冒険の舞台なのかもしれません。
少し、話しは変わりますが、
昔の私は、
野菜なんてどれも一緒だと思っていました。
適当にカゴに入れて、
お会計を済ませていたんです。
でも、
最近は少し違います。
せっかくお料理をするなら、
少しでも美味しいものを選びたい。
そんなふうに、
日々の暮らしの中に、
小さなこだわりを持つようになりました。
これは、
大人になったということなのでしょうか。
それとも、
ただ食いしん坊になっただけなのか。
おそらく、
両方な気がします。
目の前にある大根を、
左手に持って、
右手に持って、
重さを比べてみる。
まわりの人は、
パパッとカゴに入れているのに、
私だけが、
すっかり悩んでしまっている。
こういう時間って、
無駄なようでいて、
実はとても贅沢な時間なのかなと思います。
忙しい毎日の中で、
大根の重さだけに集中する。
ほかの余計なことは、
きれいさっぱり忘れて、
ただ目の前の一本と向き合っている。
こういうのって、
やっぱりいいですよね。
結局のところ、
私が選んだのは、
一番ずっしりと重くて、
お肌がつるっとしている大根でした。
それが正解だったのかどうかは、
お鍋にしてみないと分かりません。
でも、
自分で選んだというその過程が、
今日の夕ご飯を、
少しだけ特別なものにしてくれるような気がします。
みなさんは、
スーパーで野菜を選ぶとき、
どんなところに注目しているでしょうか。
ついつい長居してしまう売り場って、
ありますか。
こういう何気ない日常のひとコマに、
私たちの小さな楽しみが、
隠れているのかもしれません。
カゴに入った大根を眺めながら、
次はどんな料理を作ろうかなと、
帰り道を歩きながら考えました。
今夜は、
じっくりコトコト煮込んで、
美味しいお大根を食べたいと思います。
また今度スーパーに行くときも、
きっと同じように、
売り場で立ち止まってしまうんだろうな。
そんなことを思いながら、
今日も平和な一日が過ぎていくのでした。
そういえば、
少し、話しは変わりますが、
みなさんは、
お気に入りの調理器具って、
ありますか。
実は、
我が家には、
もう何年も使っている、
お気に入りの小鍋があるんです。
ちょっと古くなって、
あちこちにキズもついているけれど、
なぜか、
その鍋で作る煮物が一番美味しく感じるんですよね。
そういうのって、
道具そのものの良さだけではなくて、
そこで過ごした時間の思い出も、
一緒に煮込んでいるからなのかもしれません。
そう考えると、
日々の暮らしの中にある道具や食材って、
私たちが思っている以上に、
いろんなことを語りかけてくれているような気がします。
今夜の大根も、
きっとそんな我が家の味に、
そっと寄り添ってくれるはず。
あたたかいお味噌汁の匂いが漂うキッチンを想像しながら、
足早に自宅の玄関のドアを開けました。