今日は、
ちょっとしたお出かけをしました。
数日前から、
ネットで見つけた話題のお店に行こうと決めていました。
美味しいランチを食べよう。
そう思って、
意気揚々と家を出たのです。
ここで、
質問です。
みなさんは、
「目的地まで歩くだけ」なのに、
なぜか途中で心が折れそうになった経験はないでしょうか。
私は、
まさに今日、
それを体験しました。
地図アプリを開いてみると、
「駅から徒歩十分」と書いてありました。
十分なら、
お散歩がてら歩くのには、
ちょうどいい時間です。
そう思いました。
本当に、
軽い気持ちでした。
けれど、
歩き始めてすぐに、
『想定外』の事態が起きたのです。
では、いったい、
何が起きたのでしょうか。
それは、
「想像以上の遠さ」です。
地図アプリの「十分」というのは、
おそらく、
競歩の選手が走った場合のタイムだったのです。
一般人の私が歩くと、
どうなるでしょうか。
信号に引っかかり、
謎の工事現場を迂回し、
気づけば、
予定時間の倍以上の時間が経っていました。
足はパンパンになり、
汗だくになり、
私の『HP(ヒットポイント)』は、
見事にゼロになっていました。
ここで、
少し話しは変わりますが、
私たちは普段、
「目的地」ばかりを見て生きている気がします。
あの店に行こう。
あの目標を達成しよう。
そうやって、
未来のゴールだけに、
意識を集中させています。
自分は、
そこに向かってまっすぐ進んでいる。
そう信じているのです。
けれど、
現実の道のりは、
そんなに直線的ではありません。
では、いったい、
どういうことなのでしょうか。
実は、
人生の道のりも、
今日の私のお散歩と同じなのです。
目的地は目の前にあるはずなのに、
なぜか遠く感じる。
思った以上に、
体力が削られる。
そう考えると、
日々の生活そのものが、
『過酷なサバイバル』のようにも見えてきます。
少し、
大げさな話に聞こえるかもしれません。
でも、
実際に歩いてみると、
本当にそう感じたのです。
目的地に着いたとき、
私の感動は、
想像以上でした。
やっと着いた。
本当に、
やっとの思いで、
そのお店の扉を開けたのです。
そこにあったのは、
ただの美味しい料理ではありませんでした。
『苦難を乗り越えた者だけが味わえる達成感』だったのです。
料理の味は、
いつもより何倍も美味しく感じられました。
ここで、
重要なポイントがあります。
もし、
最初からタクシーに乗っていたらどうだったでしょうか。
楽に店に着き、
すぐに料理を食べられたでしょう。
でも、
あの『極限の疲労感』は味わえなかったはずです。
そう、
苦労があるからこそ、
喜びも大きくなるのです。
私たちの毎日の生活も、
それと同じことなのだと思います。
すんなり上手くいくことだけが、
素晴らしいわけではありません。
むしろ、
「目的地に行くまでに疲れ果てる」ような、
泥臭いプロセスの中にこそ、
本当の意味での『ドラマ』が隠されているのです。
そう考えると、
今日の疲労も、
無駄ではなかったと言えるかもしれません。
むしろ、
私の人生にとって、
非常に貴重な『経験値』になったのです。
だから、
もしみなさんも、
何かを目指して歩いている途中で、
「もう無理だ」と疲れてしまったときは、
思い出してください。
その疲れは、
あなたが一生懸命に生きている証拠なのです。
目的地が遠ければ遠いほど、
たどり着いたときの感動は、
何倍にも膨れ上がります。
今日の私は、
ただ美味しいご飯を食べに行っただけではありません。
『人生の真理』を、
足の裏の痛みとともに、
学んできたのです。
本当に、
スゴイ一日でした。
明日からまた、
筋肉痛と戦いながら、
自分のペースで歩いていこうと思います。
みなさんも、
疲れたときは無理をせず、
途中で美味しいものでも食べながら、
ゆっくり進んでいきましょう。