1507年の7月、ドイツ中部のチューリンゲンの田舎道を急ぐ一人の若者がいた。
天候が急変し、激しい雷雨が旅人を襲う雷
雷鳴と稲妻の中で地面に打倒された旅人は、思わず叫ぶ、

「聖アンナ様、お助け下さい。もし助かったならば、修道院に入ります」」

同伴していていた友人は彼の眼の前で雷に打たれて落命した。
助かった旅人は、2週間後、約束通り、修道院に向かった。
そう この旅人こそが、23際の若きルターなのでありました。
法学者になることを父から期待され、修士号を取得した後に博士課程への学生登録し、一時帰省していた彼が再び大学へ戻るための道中でありました。

この時代は、食事中にナイフとフォークを使う習慣はなく、食事時には短剣を使って食事を取っていました。その短剣は常に所持し、この雷の時にも携帯していました。
、また雷をよける物はなにもない状況で、その短剣に雷が落ちてもおかしくない状況でした。

彼は 雷事件の1年前にその短剣で太ももの動脈を切り瀕死の状態になった事がありました。
またペストが流行る時代に、人が突然に死んでしまうことが珍しくない時代でした。

この様な危機的状況に当時の人なら、祈りを持ってその危機を逃れようとしても無理のないことです。

ルターが祈った聖アンナは、あの聖母マリヤの母親です。
当時は鉱山業者の守護聖人とされていました。
そして ルターの父親も、農業からこの鉱山業に職を変えた人でした。

父の守護聖人に祈りながら、父の願いにそむく事になった、ルター
落雷を神の声と信じるルターに父は、それは悪魔の声だと反論しました。

父の反対、友人達の引き留めにもかかわらず ルターの決意を止めることは出来ませんでした。

しかし 修道院に進んだルターに大きな難関が待っていました。

それは、正式な修道院になるためには、両親の同意が必要とされていました。
つまり、父の反対を押し切って修道院に入ったルターにとって過酷な条件でもありました。

しかし、転機が訪れます。ペストの流行です。
この時代の最も恐るべき災いがルターの実家をおそいました。
1506年2月にルターの兄弟(9人兄弟のうち)2人が亡くなってしまいました。
父はこの時 祈りました

「息子、マルティンの命が助かるなら、修道士になることこと認めます」

雷とペストという 時に人の命を脅かし、絶望感すら与える これらのものが、ルターを正式な修道士になる道を開いたのでありました。