入浴物語 (New York Story)
  • 16Jan
    • グレタさんよりも学校に行っていない人たち

      最後の30秒間ほどのMCのRicky Gervaisの語る内容が痛快!!大体こんな感じ今晩、賞(ゴールデン・グローブ賞)を取っても、政治的発言の場としないように。あんたたちは、人に教える立場のひとじゃありません。現実世界を知らないし、大半の人は、グレタさんよりも学校に行ってた時間が短いでしょ…お後がよろしい良いようで。にほんブログ村

  • 13Jan
    • 季節労働者

       毎年、12月になると思い出したようにブログの記事を書いていますが、年が明けると、しばらく  沈黙の時間が続くと思います次は、イースターあたりにキリストの復活についての記事でも書き始めましょうか。 今年も、一年の初めに富士山登山と もちろん 品川神社ににある、ナンチャッテ富士山とカトリック高輪教会 もちろん部外者ですがの キリスト像にご挨拶して新しい一年を出発しました。にほんブログ村

  • 31Dec
    • イエスのルーツ

       ペテロ「ところで、主よ、今更の質問なんですが、      主の父上は一体どなたなのでしょうか?      ヨセフ様?      それとも      天から降って来られたのですか??」 イエス「それは、いつの日か        母、マリアが答えてくれるだろう」        ペテロ「 当事者ですから、一番ご存じなのですね」イエス「 母、マリアは、いつの日か、心に秘めておられることを     あなた方に向かって     語られる時がくるだろう」ペテロ 「その時は、メモの用意をしておきます」にほんブログ村

  • 28Dec
    • 師走の富士山

      28日、29日は土日ですが、私はこの2日間はまだ、お仕事が入っております。本日は早めに仕事が終わりましたので富士山に行って来ました。あれ、これもナンチャッテ富士山公園内にある富士山でした。しかし、この富士山の山頂から真の富士山も見えるとのことで帰宅方向とは、反対方向へ一駅だけ 足を延ばしてみたのですが、残念本日は見ることが出来ませんでした。この頂きで望遠レンズ付きの一眼レフカメラで写真を撮っておられる 男性のお話によると昨日はあの雲の向こうに富士山が見えたのことでした。お正月には毎年品川神社内にある富士登山をして新しい一年を出発している私にとってナンチャッテ富士山ではじまりナンチャッテ富士山で締めくくる一年となりました。にほんブログ村

  • 25Dec
    • メリークリスマス

      イブの日には、家族全員が集まりました。次男と商店街とスーパーを駆け回って食材とケーキを買い集めてきました。イブの当日にケーキを購入するのは意外と難しいですね。食品ロスの削減に向けて予約販売が増えてきたせいでしょうか。スーパーでも商店街でもないスマホアプリで探したケーキ屋さんで、とりあえず家族全員で食べることができそうな物を2つ 注文しましたが、お値段が例年の倍ぐらいかかりました。でクリスマス当日はありがたい、私の説教を持ってクリスマスの行事はおわります。家庭礼拝に強引に家族をさそうと「さっき、TVでローマ教皇の説教をちらっと聞いたばかりなのにな~」 と妻の声「たまには、父ちゃんの話も聞きたいんだよネ」と長男のフォロー結局参加者は奥さん、長男、四男と途中から冬の間だけ我が家に住み着いているセミ野良猫が 礼拝の参加者となりました。季節外れの、ハロウィンのコスプレ?を着て「クリスマスの奇跡」というテーマでお話をしました。そして我が家の慎ましいクリスマスのお飾りをお片付けしてまた、来年のクリスマスを待ちましょう。にほんブログ村

  • 23Dec
    • だが、イエスだけが、生まれ方が他の誰とも違うのだよ

      読書欲を妨げる、マタイの系図はイサクはヤコブの父といった、男性を中心とした系図となっております。父親(男性)がいるということは、当然、相手となるの女性もいるわけですマタイは、サルモンはラハブによるボアズの父のように4人の女性を登場させていますが、父親と母親がいて子供が産まれるといった生物学的にみて当たり前のことを書き綴っています。そして系図の最後ではヤコブはマリヤの夫ヨセフの父であった。このマリヤからキリストといわれるイエスがお生れになった。 となっており、 14世代×3回の男性中心の系図が マリヤによって終わり男性の血筋の流れが、マリヤによって、イエスとの間を 分断しているこことに気が付きます。マタイが長々とリストアップしてきた、男性達の系図はイエスがダビデの血統を持って産まれたことを全く証明していないことになります。イエスの誕生からヨセフは排除されています。マタイの続きイエス・キリストの誕生の次第はこうであった。母マリヤはヨセフと婚約していたが、まだ一緒にならない前に、聖霊によって身重になった。夫ヨセフは正しい人であったので、彼女のことが公けになることを好まず、ひそかに離縁しようと決心した。ダビデの末裔に義人がいて、 その義人と信仰深き女性から決してイエスが誕生したことにはなりません。聖霊によって宿り処女マリヤより生まれた人類がこれまで、そしてこれからも誰もが生まれてこなかった、そして生まれないであろうその仕方でイエスは生まれた事になります。そのようなお方の誕生を祝い、思い出すのがクリスマスのひと時です。にほんブログ村

  • 20Dec
    • 「イエスの系図」読みだすと、読書意欲を失くしませんか?

      マタイの福音書の書き始めは、あの系図から始まります。マタイの福音書を初めて読むときは、この系図から読まなければなりません。~アブラハムの子であるダビデの子、イエス・キリストの系図~●アブラハムはイサクの父であり、イサクはヤコブの父、ヤコブはユダとその兄弟たちとの父、アブラハムもダビデも聞いたことのある名前なので、何事もなく読み飛ばします。●ユダはタマルによるパレスとザラとの父、パレスはエスロンの父、エスロンはアラムの父あまり、馴染みの無い名前も出てきますが、もうすぐ、終わるだろうと読み続けます●アラムはアミナダブの父、アミナダブはナアソンの父、ナアソンはサルモンの父、単調な繰り返しが続いて来ていることに、そろそろ気が付いてきますが、もう少し辛抱しようと思います●サルモンはラハブによるボアズの父、ボアズはルツによるオベデの父、オベデはエッサイの父、ここまで来ると、さすがに苦笑いしながら、聖書を閉じたりしませんか....で気を取り直して、次の日にでも読み直してみてなんとか➡ヤコブはマリヤの夫ヨセフの父であった。このマリヤからキリストといわれるイエスがお生れになった。と読み切りやっとキリスト誕生までたどり着く次第であったそして  マタイはさらに付け加えます~だから、アブラハムからダビデまでの代は合わせて十四代、ダビデからバビロンへ移されるまでは十四代、そして、バビロンへ移されてからキリストまでは十四代である。~マタイが意図したことは、福音書を手にした人の、読書欲を妨げることではなく14世代が3度繰り返されていることです。これを強調したいがために、家系図に一人一人の名前をリストアップしたことになります。ダビデのヘブライ文字での表記では14数を示すことになっており、この14数が三回繰り返されるという「時が満ちるにおよんで」イエスの誕生を迎えたことになります。ダビデ王の名前をマタイだ系図となっております。にほんブログ村

  • 18Dec
  • 16Dec
    • 世界のクリスマスツリーは皇帝の一言から始まった。

      かって、アメリカ合衆国にも一人の「皇帝」が存在した。そして、世界のクリスマスツリーはその、皇帝・ノートン1世の一言から始まった。ノートン1世「崩御」の時ニューヨーク・タイムスは以下のような追悼記事を掲載しています。 ノートン一世は誰も殺さず、 誰からも奪わず、 誰も追放しなかった。 皇帝の称号を持つ人物で、彼に勝る者は1人もいない。                          (wikiさんより)にほんブログ村

  • 15Dec
    • The guns may fall silent at least upon the night

      The guns may fall silent at least upon the night the angels sangクリスマスキャロルの頃には、銃声は鳴りやんでいるのでしょうか?!このブログの内容は2010年の12月に書いた記事の再々投稿です。以前、NHKの「映像の世紀」を観ていたとき、第一次世界大戦に参戦する兵士達の映像がありました。多分、イギリスの兵士だったと思います、(イギリスは1914年の8月にこの戦争に参戦しています。)その頃はだれもが、この戦争は直ぐにでも終わると信じていました。ヨーロッパでは40年もの間戦争はなく、戦争に行くのことが、あたかもそれが、ロマンチックな冒険に参加するような思いもありました。早くて2週間、遅くてもクリスマスまでは終わるだろうと....そこには、ピクニックでも行くような、晴れやかな家族との別れのシーンも写っていました。しかし、私たちはその戦争があしかけ5年も続いたことを知っています。そして、それが「すべての争いを終結させるための戦争」(The war to end all wars)ではなかったことも知っています。1914年12月7日に、猛威をふるい続けたこの大戦に対して、ポープ・ベネディクト15世は交戦中の政府間に公式休戦を求めました。「The guns may fall silent at least upon the night the angels sang」このバチカンナからの提案はドイツは受け入れる姿勢を見せましたが、イギリスは反対しました。非カソリック教徒の多い英国では、これはあくまでカソリック教徒向けのメッセージと捉えたのでした。国家レベルでは、この休戦提案は拒絶されてしまいました。しかし、その月の終わりに一つの出来事が起こりました。場所はイーペル(ベルギー)、そこにはイギリスとドイツのそれぞれの部隊が対峙していました。この戦争から登場した機関銃によって、それまでの馬に乗った突撃戦から、塹壕戦へと戦争の形態も変わってきていました。両軍は、英国人が「中間地帯"No Man's Land."」と呼んだ、有刺鉄線で覆われた地域を間にはさみ、塹壕から戦いました。この苦しい戦争の真中に、それは起こりました。クリスマスイブの夜に、英国人達は、ドイツの兵士達がロウソクに火をつけ、そして彼らの塹壕の近くの木の下にロウソクを置くのを見ました。やがて、彼らには"Stille Nacht ("Silent Night")の歌が聞こえてきたのでありました。♪まず、若いホームシックにかかっていた英国の兵士が自国のクリスマス・キャ ロルを歌うことにより♪ これに応えました。やがて、歌は、クリスマスを祝う声に変わり、さっきまでお互いに撃ち合っていた両陣営の塹壕から兵士たちは這い出して、その「中間地帯」で共にクリスマスを祝いました。兵士達はウイスキー、ジャム、葉巻そしてチョコレートの小さな贈り物を交換しました。兵士のうちの数人は住所を交換しました。また、ともに1杯飲む者たちもいました。そして両陣営の戦死者の埋葬と哀悼が行われました「No Man's Land」は「No Soldier's Land」に変わり、その夜は砲撃、銃声は鳴りやみました。軍の規律を破ってまでも起きたこの非公式の休戦は、クリスマスといものが自然に引き起こした現象だったのでしょう。(上記のイラストと文章は 1915年1月9日の"London News"から引用しています)しかし、 このクリスマス休戦以後も戦争は続き、その休戦など無かったかのように、戦争はより激しく、泥沼状態にになっていくのでありました。この夜の出来事は、遠い日の 遠い国での伝説にでもなったしまったのでしょうか。それでもクリスマスキャロルの頃には、共に信じて来たものが、お互いを分裂させているものの力より強くそれが より長く続くものであることを 思い出したいものです。※このブログの内容は2010年の12月に書いた記事の再々投稿です。にほんブログ村

  • 11Dec
  • 10Dec
  • 08Dec
    • 理学部か…なんとなく懐かしい

       年に数回送られてくる、東京大学からの理学部ニュース、私も〇十年前は、理学部の学生でした。大学院では工学研究科と神学部に進んで、その道からは離れてしまいました。最近では、専門学校でネットワーク、プログラミングを学びましたけど。結局のところ今の仕事は「理学部卒」ゆえの採用それで、なんとか生活出来ております。当時、卒業まで学費を払ってくれた両親に感謝です。

  • 05Dec
    • Mary did you know that your baby boy would...

      Mary,didyouknowthatyour baby boy Would one daywalk on water? ペテロ「水の上をお歩きになられる主よ、本当にあなたは神の子です」 イエス「ペテロよ、恐れることはない。    私はアクリル板の上に立っているだけである」にほんブログ村

    • クリスマスが近づくと、私には…

      クリスマスが近づくと皆、「心がワクワクする」言いますが、未だ、神の国が訪れていない事への焦りを感じるのは、私だけでしょうか?「待ちつつ急ぎつつ」にほんブログ村

  • 08Oct
  • 30Apr
  • 31Mar
  • 25Jan
    • 今時のブログ

      今時、ブログを書いている人はどんな人かとふと、思います。政治家とか芸能人とかの著名人。。。ところでこの入浴物語を書き始めたのが2005年今となればはるか 昔当時は「ブログ」というものを人類が? 始めたばかりの頃ほんの短い期間の間ものすごい数の「ブログ」が  乱立し始めたころでもありました。やがて、スマホやタブレットの普及SNSへのシフトとかありブログそのものを運営する会社やブログのサイトは淘汰されていきました。ブロブそのものは高機能化が進んで来ています。ほとんど使わない機能が多いのですが実のところ私も何か月かぶりにブログを開いてみましたがすっかり  パスワードとか  忘れていました。今年はまたブログを書いてみるそんな年になるかどうかは  判りませんがゆっくりひっそり時にこっそりと書いてみたいものです、

  • 11Sep
    • 9.11

      2010年09月11日の記事の再UPです。ニューヨークでまだ神学生だった時のこと、その日の朝一の授業はルーテル教会の牧師先生の授業でした。先生は通常の授業は進めずに、その場にいた学生一人一人に 「君達は、あの日、何処で何をしていたのか?」 と尋ねました。 その先生は2001年9月11日 朝一番の授業をしていたら 学生達の携帯電話が一斉に鳴り始めたというのです それも  一人、二人のベルが鳴ったのではなくて、ほぼ全員の携帯電話が同時に鳴り始めたというのです それは、学生達の家族や知人から安否を問う電話だったのです。おそらくそれは、NYで全般に起こった現象でしょう。 やがて、電話網はパンク状態になり 電話回線での連絡は不能となりましたそこで人々が使い始めたのが、インターネット網を利用しての情報のやり取りでしたそこで爆発的に広がっていったのがWeb logそう ブログなんですねあの 9.11の事件がなかったら、ブログがアメリカはもとより、日本にもこれほど普及してはいなかったもしれません。今では誰もが気軽に、手軽に書き込めるブログですけどあの頃は必死に自分の家族や知人、恋人達の消息を案じながら 必死に打ち込んでいたのでしょう 。私は、その日その時、日本ではもう夜の9時頃ではなかったのでしょうか、風呂に入ろうとパンツ一丁でテレビの前を通り過ぎようとした時、ニュース9が映し出した映像が、一機目のジェットがWTCに突っ込む所でした、まるでリアルタイムに映画のワンシーンを観ているようでした。そして、そのままお風呂に入って、髪を洗っていると、突然妻が入って来たのです。ホッホ~ 今晩はめずらしく背中でも流してくれるのかナと内心 期待していたら妻が一言「二機目が突っ込んだって・・・・」これが入浴物語の9.11との関係です。にほんブログ村