相手にどう思われるかではなく、相手をどう思うか | 不登校・家族のお悩み解消カウンセリング

不登校・家族のお悩み解消カウンセリング

娘の不登校からみえてきた自分のあり方や、日々の気づきを綴っています
不登校の問題は、親御さんの家族関係での行きづまり感や、生き辛さとリンクしていることがあります
自分の経験をふまえて、一つ一つ、紐解きながら、軽くなれる法則やあり方をお伝えします

こんにちは



不登校のお子さんがいらっしゃる


みなさん



もしかしたら


人からどんな風に思われているか


とお悩みの方もいらっしゃるかも


と思います



こんなことを書いている私も


娘が不登校の真っ只中にいる時は


「母親失格」と思われているのではないか


と内心、疑心暗鬼になっていました



だけど


大切なことは


人からどう思われているか、ではなくて


人をどう思うか、ということだったのです



例えば


私の娘が不登校だった時のこと



たまたま


スーパーで買い物をしていた時に


娘と同級生のママに


出会ったんですね



その時


そのママさんの表情が


サッと暗くなって


「娘ちゃん、大変やんねー」と


あわれみっぽく、言われたのです



それで、私は、なぜか


「(私の子育てが悪かったから)


娘ちゃん、大変やんねー」と


言われているように聞こえて


ひどく、落ち込みました



この(私の子育てが悪かったから)の


部分は、完全に


私の中で、私が握りしめていた


ビリーフ(固定観念)だったんですね



うーん


もっと詳しく言えば


「私」って幻想だから


「母親」という集合意識から


あらわれてくる観念とでもいいましょうか



ま、あまり詳しくすると


横道にそれるので


「私」がいるストーリーとして


今回は、お話します



それでね


同級生ママさんの言葉


「娘ちゃん、大変やんねー」は


事実として、ニュートラルなのですよ


つまり、良くも悪くもないのです



だから、それを聞いた私が


どう解釈するか?が大切なのです



当時の私には


(母親失格)という自分の固定観念を


通して耳に届いたから


まるで、責められているように


受けとって、落ち込んだんです



つまり「母親失格でしょ」と


私が自分を責める


プログラミング(観念)の中にいて


そのことに気がつかなかったために


認知の誤作動を起こして


苦しんでいたのですね



だから、相手のママには


全く悪気はなかった、ということです


むしろ、同じママとして


共感しようとしてくれていたんだなーと


今になれば、よーくわかります



じゃあ、例えば


相手の人が


思いっきり悪意をもって


ののしってきた場合はどうなのか?



実はこの場合も


真実として


起きていることはニュートラルなのです



ただ


言った方にも


言われた方にも


「満たされていない」


という欠乏の意識があると


双方ともに苦しむことになります



つまり


悪意をぶつけてくる相手というのは


その人の中にも


分離感からくる


恐れや不安や満たされなさが


いっぱいあるんです



それで、その鬱憤を晴らそうとして


正当化したり、優位に立とうとして


あれこれ言うわけなのです



ここで


悪意をぶつけられた側にも


欠乏の意識が高いと


自分を損なったように感じて


苦しんでしまいます



ただ


この欠乏感が薄くなり


満たされいる、という意識になっていると


自分が損なわれるわけではないことが


よーくわかってくるんですね



そうすると


むしろ、相手のことがよーく


見えてきます



相手の言動が


いかに「自分は満たされていないんだ!」と


叫んでいるのか、が


よーくよーく見えてくるので


むしろ、言ってきた人に


「なんか知らんけど大変だねー」


と思えてしまいます




だから


相手にどう思われるかよりも


相手をどう思うか、が大切なのです



人類の長ーい殺し合いの歴史の


集合意識というプログラミング(観念)と


分離した自我の恐れ


というプログラミング(観念)の中



相手の人も


にっちもさっちも行かず


悪意をぶつけてしまうのだなーと


理解することが


まずは、第一歩かもしれません



*一方的なパワハラ、モラハラなどは

 第三者に相談してくださいね

 悪意を受け止めて我慢して、ということ

 ではありません



読んでいただいて


ありがとうございました♡