日本の悲劇 | 俺の命はウルトラ・アイ

日本の悲劇

『日本の悲劇』

映画 トーキー 116分 白黒

昭和二十八年(1953年)六月十七日封切

製作国 日本

製作言語 日本語

製作・配給 松竹

企画提供 新映株式会社

製作   小出孝

     桑田良太郎

 

脚本  木下惠介

音楽  木下忠司

撮影  楠田浩之

 

美術  中村公彦

録音  大野久男

照明  豊島良三

 

出演

 

望月優子(井上春子)

 

佐田啓二(達也)

高橋貞二(佐藤)

桂木洋子(井上歌子)

 

上原謙(赤沢正之)

淡路恵子(若丸)

高杉早苗(赤沢霧子)

 

日守新一(一造)

須賀不二男(藤田)

田浦正巳(井上清一)

 

多々良純(闇屋風の男)

柳永二郎(岩見)

北林谷榮(すえ)

 

小林十九二

水木涼子

草香田鶴子

竹田法一

草刈洋四郎(一造の長男)

榎並啓子(赤沢葉子)

青木富夫

手代木國男

谷よしの

 

監督 木下惠介

 

鈴木美枝子=すずきみえこ

     =望月美恵子=望月優子

 

青木富夫=突貫小僧

 

木下惠介=木下恵介

鑑賞日時場所

平成八年(1996年)四月二十一日

京都文化博物館映像ホール

 井上春子は熱海の旅館伊豆花において

女中として勤務している。

 戦争未亡人の春子は娘歌子と息子清一

を愛し守った。

 

 終戦前後の時期に、二児を抱えた春子

はかつぎ屋や曖昧屋の女性として働き子供

達を守ろうとした。

 

 ただひとつの財産であった地所は義兄夫

婦に取られてしまった。

 

 洋裁学校と英語塾に学ぶ歌子と医科大学

に学ぶ清一の二人に母春子は生きる希望を

燃やしていた。

 

 麺類のお店で食事をする歌子と清一の瞳

は冷たかった。二人は酔客と春子の関係を

見て反発心を抱いていた。

 

 美人の歌子は結婚することが何故か難し

い。母春子のせいにする歌子は、酷薄な態

度を春子に対して示す。

 英語教師赤沢は歌子に想いを寄せていた。

赤沢の妻霧子から歌子は激しい嫉妬を燃や

される。だが、歌子は霧子の怒りを鮮やか

に跳ね除ける。

 

 清一は資産家から養子にと望まれた。春

子は清一から籍を移してくれと頼まれた。春

子はこれまでの苦労を語り、反対する。

 

 歌子は赤沢と駆け落ちする。

 

 春子は板前の佐藤に呼ばれ殴られる。

 

 悲しみを抱く春子は上京し清一に相談

しようとする。

 

 清一は養子の話題にのみ執着する。

 

 春子は息子が望む養子問題を甘受する。

 

 愛する子供達に捨てられた春子の心に

大きな悲しみが迫る。

 

 ◎子供達に虐待される母の物語◎

 

 望月優子は大正六年(1917年)一月二十八

日に誕生した。本名は鈴木美枝子である。ムー

ランルージュ新宿座や劇団民藝で活動し、映画

においては母親の重厚な存在感を見せた。

 昭和四十六年(1971年)参議院選挙で鈴木

美枝子の本名で社会党から立候補し当選した。

 昭和五十二年(1977年)十二月一日、六十

歳で死去した。

 

 三十六歳で『日本の悲劇』主役井上春子を

熱演し、子供達に裏切られ苦しめられる母の

悲劇を重厚な芸で見せた。

 

 

 木下惠介は大正元年(1912年)十二月

五日に誕生した。本名は木下正吉で後に木下

惠介に改めた。平成十年(1998年)十二月

三十日、八十六歳で死去した。

 

 昭和十八年(1943年)七月二十九日封切

の『花咲く港』は惠介の第一回監督作品で

ある。

花咲く港

 軽妙な人情喜劇や情愛ドラマや感傷的で

甘美な物語や暖かい家族劇の名作を数多く

発表していた。

 

 四十歳の木下惠介はこれまでの作風を一

変させる悲劇に取り組んだ。それが本作『日

本の悲劇』である。惠介監督としても芸風

の変化を課題にして挑んだようだ。

 

 井上春子は娘歌子と息子清一を献身的に

育て守り励ます。しかし、冷酷な歌子と清

一は母春子に冷たい仕打ちを為しいじめ、

母の心を虐待する。

 

 歌子役の桂木洋子と清一役の田浦正巳の

冷酷演技は強烈な印象を与えてくれる。

 

 二枚目のスタア佐田啓二と高橋貞二が鋭い

存在感を示す。

 

 前述した高橋貞二の板前佐藤が望月優子

の春子を油断させて暴力を振るうシーンは

怖かった。

 

 高杉早苗が霧子役を存在感豊かに演じる。

嫉妬の凄まじさを鋭く表現した。

 

 上原謙は怖い妻霧子に怯える赤沢を繊細に

演じた。

 

 春子が献身的に子供達に尽くして裏切

られ見捨てられる悲劇は痛ましい。

 

 陰惨で救いの無い物語である。

 

 木下惠介の冷徹さに徹する視座がドラマ

の根にある。

 

 ウィリアム・シェイクスピアの戯曲『リア

王』を想起する。ゴネリル・リーガンの娘二人

に虐待されるリア王と息子エドマンドに嬲ら

れるグロスターの悲劇を語る戯曲である。

 『リア王』は最愛の子供に裏切られ苦しめ

られる父親達の悲劇だ。『日本の悲劇』は娘

歌子と息子清一に裏切られ嬲られる母春子の

悲劇である。

 

 春子が苦しめられる悲劇を突き詰めること

で、木下惠介は彼女の無償の母性愛を逆説的

に浮かび上がらせた。

 

 前述の通り平成八年(1996年)四月二十一

日京都文化博物館で長年「見たい」と思って

いた課題を為した。しかし、鑑賞後悲劇の重さ

に打ちのめされた。

 

 本気で観客を震わせる。

 

 それが名匠木下惠介の演出力である。

 

 重くて悲しい物語は、鑑賞した観客の心に

忘れらない印象を与えてくれている。

 

破れ太鼓

 

女の園 

 

笛吹川

 

どら平太

                  合掌