コウくんが旅立った
お昼すぎ、
『こんにちわ~』と声がして、
玄関を見ると大きなリュックを背負った骨太で真っ直ぐな瞳の青年が小さく微笑み立っていた。
コウくんは昨年、
我が家の屋根工事をしてくれた大工さんの愛弟子だ。
昨年は雪が降る頃まで毎日のように会っていた。
凛々しくほんとうに優しい青年だ。
わたしに元気がなかったとき、
山で自然薯を掘って持ってきてくれたっけ…。
黙っているけどちゃんと見ていて、
すっと手助けをしてくれていた。
彼はほとんど学校へ行っていないらしい。
お父さんが、
自然と共に暮らしている人で、
コウくんにとっては暮らしそのものが教材だったかもしれない。
動物のこと、
虫のこと、
稲作、
野菜作り、
工作、
雲の流れ、
植物、
料理、
なんでもよく知っていて、
わからないことを質問して答えられないことがほとんどないくらいだった。
余談だが、
コウくんは裸足で育ったので、
一般に流通されている靴は大概履けない、というか入らない。
足を見さてもらったことがあるが、
土踏まずが深く甲高で、
指一本一本がしっかりしていてはなれている。
ぐっと地面を噛める感じだ。
我が家まで歩いて来る道中、
山菜を採りながら来てくれた。
テーブルいっぱいにアカコゴミ、
ワラビ、姫タケノコ、アケビのツルを並べて、
さて、出発だ。
とりあえずは幼少の頃暮らしていた伊豆まで歩いてゆくとのこと。
いつ戻って来るかもわからないし、
旅先でついの棲みかに出会うかもしれない。
夫婦並んで背中を見送る
『いい旅になるといいな。』
「どんな旅になってもいい旅だよ。」
『そうだな。』
大きなカーブ手前で振り返り手を振って、
とうとう見えなくなった。
いってらっしゃい、コウくん!