更年期と闘う専業主婦です。
家事や収納、オススメ商品など
日々の生活の色々をつぶやいています。
私が経験した毒親との絶縁までのお話も書いていきます。
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まるです いつも有難うございます。
前回のお話
うちの五徳がこんなになったワケ・・・の続きです
緊急入院からそのまま新しい治療、リハビリへと進むことになった私は
まだ小学生だったコマルの晩ごはんを作ってもらえないかと
病院から母に電話をしました
すると母は
「仕方ないわねぇ、アレよ、食費!食費ちゃんと置いて行ってよ」
「分かってる、夫から渡してもらうようにするから。宜しくお願いします」
1番頼りたくなかった母に、そう言ってお願いするしかありませんでした。
夫の晩ごはんは自分で作るか、帰り道で買って帰るかするとの事で
母にはまず1ヶ月分、手間をかけてしまうお礼も兼ねて
コマルの食費として3万円を夫から渡しました
すると、夫はてっきり母はコマルのご飯を作ったら
当時まだ独身で母と同居していたマル雄(私の弟)のご飯を作るためにもう帰っていると思っていたのですが
帰宅すると毎日、まだ母が居て
どうやらコマルと一緒に晩ごはんを済ませているようです
「コマルちゃんが1人でご飯食べるの可哀そうでしょ~?」と言うのを聞いて
マル雄君のご飯は?と思い
「お義母さん、マル雄君のご飯は大丈夫なんですか?」と聞くと
「あ~大丈夫よあの子は自分で作れるし、材料を適当に冷蔵庫に入れてあるから」
そう言って、毎日コマルと晩ご飯を食べる日が続きました
それだけならまだ「孫と一緒にご飯食べるお祖母ちゃん」で済むのですが
作って食べているものが
毎日毎日、牛肉・豚肉・鶏肉を、ほぼ焼いてタレやソースをかけただけ・・・
肉・肉・肉
毎日、肉の空きパックが不燃ごみに捨てられていて
ほとんど魚や野菜を食べてる気配が無く・・・
たまにお惣菜の胡麻和えや白和えなどのパックが捨ててある程度
そしてキッチンはいつも油まみれ
食べた食器はサッと流すこともなくギトギトのまま食洗機に入れられ
調理器具は洗いもせずに放置されていて
最初こそ、食後にコマルとトランプなどで遊びながら夫の帰りを待っていたようですが
次第に、コマルは1人テレビを見たり宿題をしていて
母はソファで大口開けて寝ている事が増えていきました
夫は仕事から帰ったら、まず汚れたキッチンの掃除や
調理器具を洗う所から始めないといけないし
「寝るなら帰って寝てくれ!」と正直思ったそうですが
強く言えずにいたらしいのです
つづく
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