父親の死 | 本当は何が食べたいですか?

本当は何が食べたいですか?

栄養士歴20年!
現役栄養士の私だから伝えられる事がある

食はマインドで決まります
あなたは本当は何が食べたいですか?
ちゃんと心の声を聞いていますか?

3月23日(土)深夜に私の父親が他界しました。

18年間色んな病気で入退院を繰り返しながら
何回も、何回も、奇跡の生還を繰り返してきた父です。

だから今回の母親からの電話で
「主治医に4、5日が山だと言われた」の言葉も
話半分に聞いていたんだけど
今回はもう限界だったみたいです。

私ははっきり言って
ずっと父親の事が好きではなかった。

傲慢でわがままで
自分の思い通りにならないと怒鳴る。
自営業の仕事は母親任せ
毎日雀荘に入り浸って家に帰って来ない。
子育てには全く関与しない。
ヘビースモーカーで大酒飲みだった。

子供の頃からそんな父親が大キライだった。
この人が父親じゃなければ良かったとずっと思ってた。

それがここ数年
孫を可愛がる姿や
私達姉妹にかける言葉のはしばしに愛情を感じる様になり
傲慢だった頃の父親にも
きっと何かの理由があったんだろうと思える様になってきていた。
私が大人になり、父親が老いたということなのかもしれない。

24日はお葬式の段取りやら
料理やらを決めなければいけなくてバタバタ
25日お通夜もバタバタのままセレモニー会場へ行った。

そこに私の働いている職場からの供花が飾られていた。

私が栄養士として働いているのは
週2、3回です。
ただのパートの私の父親のお葬式に
高額な供花を出してくれるなんて心にも思わなくて‥
その時に
父親の死の知らせを受けてから1回も出なかった涙が
ダムが決壊したように溢れ出た。
初めて泣く事が出来た。

上手く言葉に出来ないけど
支えられて生きていると感じたからなのかもしれない。

その後も、私の高校からの親友3人が
お通夜、告別式と参列してくれて
私を包んでくれた。
「百合を守りに来たよ」といって支えてくれた。

姉家族、夫や子供達、職場のスタッフ、親友達
私にはこんなにも沢山の
愛し、愛される人達がいる。
そんな私が育ったんだもの
父親が私の事を愛していなかったわけが無い
そうはっきりと思えた。

そして、夫が私に言った言葉
「お義父さんは、父親としてとか、夫としては問題があったと思うけど
男として好きな人だった」

この言葉に救われた。


お父さん
もう体が自由に動くでしょ?
何よりも自由を束縛されるのが嫌いだった人だから辛かったね。
もう寝てなくてもいいよ。
好きに動いていいよ。
そして
あなたが心から、不器用ながら愛してたお母さんと私達の事
ずっと見守っててね。

そしてお母さん
今までお父さんの為だけに生きてきたけど
もう自分の人生を生きていいんだよ。
お葬式でも宣言してた
「とても寂しいけど、これからは自分の人生を楽しみます!」
娘として嬉しかった。
うん、一緒に楽しんでいこう!