昨日のこの記事。
反響につぐ反響に驚く事しかなく
ただただ放心して夜の何時間が過ぎたのですが
この記事じたいまだ未完成なので、
この記事を大変褒めてくれた同じくお茶会メンバーのこずりんからの
リクエストもあり
ここから少し続きのような事を書いてみます。
すなわち リブログ先の1番最後に書いた
売れないモノを売ることこそが営業のホンモノの仕事だ
という意味合いの一節。
だって元々売れるモノを売る事なんて誰でもできるじゃん?
だから、売るのが難しいものを売る人こそ
真の営業だと思ってる人なの私。
昨日の例で言えば、仲間うちでも失笑される程
トンデモネー ハンドメイド 作品が
出来てしまったとしても
真の営業の手にかかれば、きっと売れる、
という事。
そう、お気づきのとおりここには、パン子の元営業部員としてのプライドが隠しきれませんね。
というのも私は去年の1月まで
一部上場の建築会社に営業として勤め
それだけじゃなく、まぁぶっちゃけ
そこで営業トップに君臨し続け
最後一年は要職として年間200億近い
売り上げを誇る関東エリアの切り盛りを
任されるまでになってしまった
という、そういうレベルの営業部員としての
プライドですw
や、これね
これ、実は隠してる肩書きの1つなんです。
だってさ、建築だの不動産業界 てだけで
クリーンなイメージがなかったり
好不況の影響をモロに受けたり
特定の会社に限っては
キナ臭さすらする そんな業界に
オンナの私が幹部社員として君臨してたとか
ドンだけゴツくて腹黒いんじゃろか
と邪推されるのもごもっともなわけです。
(実際ゴツくて腹黒くても
邪推されるのだけは嫌う性質ww)
そして、さらに言えば
私はこの仕事は自ら選んで進んだ進路だし
自分のライフワークバランスを危険に
さらしてまで要職に就く事を厭わなかった
その背景もまた非常に辻褄が合う筋書きなのですよ。
そう、ウチの実家の家業は不動産業でして、
私はこの転職を通じて
不動産について一定以上の見識を身につける
事を目標にしていました。
それってすなわち
相続の度に起こる 骨肉の争いに辟易していた
若かりし私にとって
いつか必ずやってくる
親の死(不動産の相続発生)を
穏便に過ごせる事象として捉えていなかったし
逆にいつ何時そんな事態になっても
後悔や迷いのない自分でいたい
相続に対して毅然した自分でいたい
そう感じてきた期間が長いからこそ
その自分になるために
自ら不動産業界研究を重ね
コンプライアンス上も1番クリーンな
前職の会社を志望し見事に正社員としての
生活が始まりました。
蓋を開けてみれば
入社数ヶ月で1億近いマンション一棟まるまる
を販売し
ショートしかける直前の地主さんを
無事崖の淵から安全な場所にご案内する事が
できたわけです。
でもさ、普通に考えてみて
1億の買い物を個人で ヒョイ とする人なんて
世界中どこを探しても居ないはずなんです。
しかも、対象物は不動産です。
仮に木造の建物だとしても
約30年近くはこの世に存在し続け
使命を果たす そういうお買い物を
ひょいと出来る人が居ないのなんて
火を見るよりも明らかです。
だから、たった数ヶ月の期間とは言え
この契約が決まるは
それはそれは、地を這うような
苦しい日々があった事は
言うまでもありませんでした。
(営業ノルマの恐怖よ)
でも、先ほど書いたように
私には、入社した目的がありました。
人の人生を狂わせる可能性すら持つ 不動産て
なんなんだよう
どうしたら、悲しい相続を防げるのかな
なんで、ウチは骨肉の争いになったんだろう
相続に関わる人たちの真の幸せ てなるのかな
あるのだとしたら、それを実現できる
ツールとして
本当に私が販売するマンションは
機能するのかな。
ホンマ 不動産 てなんやねん。
ずっと
ずっと
ずーーーーーっと
そんな事の答えを私自身が探しながら
そして同じく沢山の不安を抱えながらも
渾身の決断を迎えつつある地主さんに
寄り添う
そんな詰めの何週間の出来事は
もう何年も経ってる今でも
色あせる事なく蘇るほど
濃く濃く、何にも変えがたい
貴重な時間となりました。
そして、最後 入社たった数ヶ月の
新米であることを知りながら
「貴女 て とても不思議な魅力のある方ね」
「貴女だから コレ決めるわ」
と言いながら、1億円の契約書にサインを
してくれた地主さんからは
重い重い責任とと共に満たされた
達成感をもらえました。
そして
〈なんか 分かった かも〉
〈多分 なにか掴んだな 私〉
そうも思いました。
だからこそ、
その数ヶ月後には一般社員から
役職に就く打診が来た時も、たしかに驚きはしたけど
迷いもなく「私ならできる」と信じて
その場で快諾した そんな経験のある
私 パン子が
今は扱う商材を
不動産から「自分自身という無形の存在」
に変えはしたものの
思うことは
1億の商材を売るのも
700円の商材を売るのも
無形の価値を売るのも結局同じ
そう思えてならないのです。
700円でも、売り方を間違えれば売れんもんは売れん。
でも売り方さえ確立すれば、1億の商材を年に何本も売る事すら可能。
だから
昨日の記事でいえば
誰も欲しがらんような
へんてこりんなハンドメイド作品だって
あたしら売れっ子営業マンの手にかかれば
売り切れ御免を頻発させられる
そういう手腕を持つのがプロなんです。
なんか、こう書くと
営業マンはペテン師みたいな そんなイメージにも
取られかねないけれど
でも、結局世の中を動かしたりする
いわゆる
「ヒト モノ コトの流れや仕組みを作る人」
てこういう新たな価値の創造ができるヒトなんだと
思ってて
(今の日本商社の神と言っても過言ではない 三菱商事 創業者 岩崎弥太郎の考え方に傾倒しておりますw)
逆に実家に家業があるからこそ
物心ついたその瞬間から
世の中の仕組みみたいなモノを
肌で感じてきてしまったのが
パン子の成り立ちなのではないか とも思う。
だから私が思うのは
人が欲しいと思う価値を創造できる人でありたい
という事。
これは、会社員としてお勤めしていようが
パートで働いていようが
はたまた家庭内の主婦であっても
「1人の人として」です。
そして、「人(他人)が欲しいと思う」という価値基準に関して
結婚してみる前の私にとっては
相当に他人軸な捉え方をしていて
(=他人の反応を言動を選択する基準にしてしまうこと)
ようやく家庭内のパートナーシップが
整った去年、私の中で
真に確立することになった
価値基準です。
それはすなわち何かというと
人の欲しいモノを探してそれを提供する事よりも
結局のところ自分自身が本当に求めるモノを
自分自身で提供してあげられていれば
自ずと私という存在が輝き
結果的に周囲の人は私という存在を求めるし
唯一無二の存在とした大切にもしてくれる。
ずっとずっと人の目を気にしてきて
さらに言えば人の目映りの良い選択をしながら人生を歩んできて
でも大好きな彼と結婚したら向き合わされた
のが、他でもない自分自身だったというギフト。
相続云々だの
実家の骨肉の争いが云々だのは
悩んでる風だった出来事はいわゆる ダミーてやつ。
私が本当に向き合わなきゃいけなかったのは
私自身だし
私自身の事を1ミリも分かってあげる
努力も姿勢も見せないで
ただただ 人から愛が欲しいと叫んだ
あの頃のあたし(可愛いよねw←)
さて、
私が売った1億円のマンションは
今日も私に語りかけてきます。
(おウチから徒歩圏内なのw)
貴女こそが可能性の塊。
磨いて磨いて、周りまでも照らしてしまう
ほどの唯一無二の存在たれ。
地を這った後に見た あの光景は
鮮やかな青空みたいに綺麗だった事は
死んでも忘れないし
ここから何十年も存在し続けてくれるから
私は迷う事があれば
きっと私はあのマンションを見にいくんだ。
私に売れないものはない。
そう、自分という価値を求める人の手に
私という商品を提供する事ができるんだ。
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