画廊ではたらく専務のアメブロ -9ページ目

ポーズする女たち スーラ

点、点、点・・・で描かれている。
画廊ではたらく専務のアメブロ-ポーズする女たち
1886年~1888年 油彩 200×250cm バーンズコレクション収蔵


部屋には無造作に脱がれた服や帽子が置かれている。

そしてポーズをとっている。

それらのことから、この場所はスーラのアトリエ。

彼女たちはスーラがやとったプロのモデルだと思われる。



二つ以上の絵の具をパレットで混ぜて色を作るけど、それと同じことが鑑賞者の目の中でおきる。


補色同士を隣あわせにすると、色彩はもっとも鮮やかになる

という色彩理論に基づいてこの絵は描かれている。


モニターで見てわかるだろうか。この点々。
画廊ではたらく専務のアメブロ-ポーズする女たち
※作品の一部


スーラはこの作品を仕上げるのに3年を要したという。

200×250cmというサイズ、そしてこの点描の緻密さ。

スーラは魂込めて、命削ってこの大作を仕上げたんだろう。

この作品が完成した数年後にスーラは31歳の若さで亡くなっている。


この作品はスーラが提唱した分割主義(点描)の集大成だったのかもね。



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ムンクの共感覚

「共感覚」ていうのがある。

共感覚(きょうかんかく、シナスタジア、synesthesia, synæsthesia)とは、ある刺激に対して通常の感覚だけでなく異なる種類の感覚をも生じさせる一部の人にみられる特殊な知覚現象をいう。 例えば、共感覚を持つ人には文字に色を感じたり、音に色を感じたり、形に味を感じたりする。 英語名 synesthesia は、ギリシア語で共同を意味する接頭辞 syn- と感覚を意味する aesthesis から名づけられた。感性間知覚。 wikipediaより抜粋

こういう人はあまりいないので、超能力や精神障害のようにとらえられがちだが
本人達にとっては、そうでもないらしい。

ぼくからすれば絶対音感なんて超能力みたいだけど、本人からすればそうでもないような感じ。


で、ムンクの話なんだけど
画廊ではたらく専務のアメブロ-叫び ムンク
ムンクは「自然を貫く果てしない叫びを聞いた」と言う。
そして、その叫びに恐れ耳をふさいだ。

自然が叫ぶなんて。
その叫びが怖いだなんて。

ちょっとおかしいんじゃないかと普通なら思う。

だけどこれが「共感覚」だとしたらどうだろう。

・文字を見ると色に見える
・人の性格、姿に色が見える
・女性の排卵に色が見える

多様な共感覚者たちがいるようだ。自然の叫びを聞く者がいてもおかしくない。

ムンクが見ていた景色、ムンクが聞いていた音は、常人とは違うものだったのかもね。


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美術は読むものです

「美術は見るものではなく、読むものです」 木村泰司

2007年、岡山駅前の書店で「名画の言い分」という本を手にとった。
パラパラとめくり、上記のフレーズを読んで、購入を決めた。
画廊ではたらく専務のアメブロ-名画の言い分

画家が自由に自分の好きな絵を描くようになったのは18世紀以降のこと。
それ以前の作品は、明確な意図やメッセージを伝えるものだった。

だから現代日本人が感性、好き嫌い、色あいがキレイなどの尺度で
近代以前の西洋美術を見ることは不可能。

・欧米人ではない
・古代や中世の人間ではない
・ギリシア神話にくわしくない
・キリスト教や聖書にくわしくない

そんな現代の日本人が西洋の古典美術を楽しむのは無理がある。

とはいえ「西洋美術といえば印象派のみ」 というのも勿体ない。
ダヴィンチ、ボッティチェリ、フェルメール、ラファエロ、ルーベンスなどの名画も楽しみたい。

そんな人のために木村先生が美術史のエッセンスを解説してくれてるのがこの本だ。
名画の言い分 数百年の時を超えて、今、解き明かされる「秘められたメッセージ」/木村 泰司
¥2,400
Amazon.co.jp
だけど日常的に西洋美術を楽しみたいなら、これ一冊でもけっこう役立つ。


ぼくはこの本を読んだことによって、このブログをはじめたといっても過言ではない。
美術って面白いな あーそういうことだったのか へぇ~
という知的遊戯をみんなと共有できたらと思う。

2400円は高い。 高いけど、安い。
それだけの価値はある。

読んでみ。


【あわせて読みたい】
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この絵は狂人にしか描けない

こないだムンクのことを書いた。
ムンクといえば一番有名なのは「叫び」
画廊ではたらく専務のアメブロ-叫び ムンク
この絵の左上に

「この絵は狂人にしか描けない」

と鉛筆で書いてある。
そしてそれはムンクの筆跡であるらしい。


やっぱりムンクはおかしかったんかね。

おかしかったんやろうね。



それとよく誤解されてるんだけど、この真ん中の人は叫んでいない。
「叫び」というタイトルと大きく開けた口で誤解されてるだけ。
じゃあなにしてるのか?

それについてはこの記事 を読んで。

じゃまた。

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不安 ムンク

画廊ではたらく専務のアメブロ-不安 ムンク

不安 1894年製作 オスロ市立ムンク美術館収蔵


ムンクは5歳のときに肺結核で母を亡くす。

ムンク自身も13歳のときに肺病で死にかける。

14歳のときにはやはり肺結核で姉を亡くす。

26歳のときには父も亡くす。

そして27歳になったときには妹が狂う。

精神病院に入院することとなる。


そんなことを経てのムンクがある。



この作品に描かれている人々はみなきちんとした格好をしている。

しかし顔は皆一様に青白い。

死者のようだ。


蘇った死者の行進なのか。

それとも、ここはあの世とこの世の境なのか。





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