どーも、加藤"AKI"章利です。
もう何度目でしょうか…
福島の応急仮設住宅へ行き、
フェルデンの会の一員として
ボランティアでレッスンをして来ました。
レッスンはとても好評で、
たくさんの方々の笑顔を見ることができました。私はこの活動を出来る限り続けたいと思います。
ところで皆さんは、
2011年3月11日何が起きたか覚えてますか?辛くて思い出したくもないという方もいるでしょうけど…
では、いま日常生活の中にあの時の傷あとはどのくらい残っていますか?
いま都内では特にその名残というものを見ることはほとんど無くなり、いまでは”防災の日”のニュースや、”あれから○○年…”という形でしか見聞きしていないようにさえ感じています。
応急仮設住宅は今もなお健在で、懸念されていたその使用期限は28年3月まで伸びたそうです。
確かに新しく家を建てて仮設住宅を後にする方も出始めてはいます。
それも自力で出る方が多く、頼みの行政の行う復興住宅整備などは遅々として進まず、結果この伸びた使用期限の分、仮設住宅での暮らしがそのままそれに従ってしまう方も多数おられるのが現状のようです。
なぜかこんなに遅れてしまうのか?
一番の要因は行政の対策の遅れだと言っておられました。
いま、仮設の皆さんの生活は、
東電の賠償金や義援金、各種補助金などでかなり支えられています。
でも、これも決して無限ではなくある意味 ”期限付きの保証” でしかないのです。ですから遠く未来への希望をつなぐというものとはほど遠いものなのです。
未来のあるお子さんをお持ちのご家族は気持ちを切り替え、少し無理をしてでも、やはり外へと向かっているようです。
しかしご高齢の皆さんの想いはそう簡単にはいかないようです。
震災から少しして出来た応急仮設住宅。開設当初は皆さん知らない者同士でしたが、今では立派なコミュニティーを形成しています。そうなると、あえて他へ移るより、ここで皆さんと楽しく居たいとまで感じるようになっているそうです。
それと…
避難開始当初は毎週末や平日でも全国、果ては遠く世界各地からも様々なボランティア団体が被災者の方々を励まそうとひっきりなしに来ていました。
( もしかしたら行ったことのある何がしかのパフォーマーの方もコレを読まれているかもしれませんね。)
で、その活動は今も行っていますか?
それとも、もうブームは去ったので、ボランティアごっこはおしまいですか?
「最近はハァ、だーれも来ねぐなったよゥ…」
というつぶやきも耳にしました。
福島の応急仮設住宅で暮らしている方々にとって、あの日から三年余り、ほぼ全てが停止したようなままです。
彼等の生活が平穏な日々に戻れるのはいつになるんだろう。
長文失礼しました。
でも、まだまだ書ききれないので、
追ってまたアップしようと思います。


