「晩翠草堂」ソウドウ~公権力に挑む~終わらぬ戦い | 愛唱会ジャーナル

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仙台「晩翠草堂」の顛末』という本があることはかなり前から知っていたが、読む機会が無かった。土井晩翠の旧居を巡る遺族と地元自治体との間の紛争(訴訟)に関する本だと思っていた。


先日、古書展で見掛けて久し振りに思い出し、図書館から借りて読んでみたところ、何とも凄まじい本だった。


発行は1988年で、‘顛末’と聞くと、一件落着したものかと思うのが普通だろうが、「晩翠草堂」に関しては、まだ係争中らしい。「草堂」の騒動が起きてから既に半世紀近く経っている。


このソウドウについての簡潔な解説は、インタネット上には見当たらない。本書には勿論詳しく書かれているのだが、全体像を正しく理解するには、相当厳密に読み込まなくてはならない。


大胆に要約すれば、晩翠の旧宅敷地を仙台市が相当の期間無償使用する便宜を享受し、しかる後に譲り受けるに当たり、その間、当該宅地に係る租税公課を杓子定規に賦課・徴収しようとしたらしい。所有者たる遺族に対し、恩を仇で返すがごとき措置である。

更に、事態を複雑にする別の事情があった。宅地の奥まった一角に仙台ユネスコ協会なる団体のビルが建てられたのだ。これも遺族の善意のお蔭である。この部分の土地にも当然のように固定資産税等が賦課される。

協会の支払う借料が税額を上回れば問題ないが、経済成長に伴う地価の上昇で税額の増大著しいにも拘らず、協会は当初の約束額で永久に借地を続ける権利があると主張したらしい。

仙台市は、遺族と協会との紛争は関知しないことであるとする一方、その部分の買い取り額は、借地権の割合が8割ほどになるので、評価額の2割程度だというような主張をしたらしい。

遺族側にとっては、踏んだり蹴ったりの仕打ちを受けた気持ちだろう。実は、市と協会とは緊密に連携していたとも書かれている(担当弁護士が同一)。

更にさらに、晩翠の甥にあたる人物が旧居に居住し始め、市の意向を受けて動くようになり、また、遺族の一人の名義を騙って土地を勝手に売却するという犯罪的行為があり(刑事事件にはなっていないようだが)事態をますます複雑にしている。

このような諸々の揉め事を一身に引き受けて奮闘している(いた?)のが、本書の著者、中野好之である。ご存命ならば、80歳を超えておられるのではないか。

そのお名前から想像されるように、英文学者・中野好夫氏のご子息(母親が晩翠の妹)であり、上記名義を騙られた遺族とは、その弟さん(晩翠の養子になっていた)である。

この方が、当然、直系の遺族であり、宅地を公共目的で仙台市やユネスコ協会に提供する最終判断をした。仙台の人々に恩返しをしたいとの晩翠の遺志を汲んでのことである。

その善意を逆手に取られて大変な辛酸を嘗めることになったその方は、結局自らの命を絶ったのではないか。本書の書き振りでは、そのように読めるのだが、明確には表現されていない。早くに亡くなったことは確かである。

公権力を相手に戦うのは大変なことだ。相手は業務(公務)として対応する。つまり、必要な労力、時間、経費は公金で賄われる。極言すれば、使える資源は無尽蔵だ。


対する個人は、自分の懐で勝負しなければならない。相手が使う経費の一部を税金として負担していると思うとやり切れない。


圧倒的に不利な戦いを半世紀近くも粘り強く続けている(続けた?)著者の精神力は、並大抵ではない。その気迫が書中に充溢している。表現の激越なこと、差別用語ハンティングを務めとする人が見たら、卒倒するだろう。


戦いを挑まれている仙台市、ユネスコ協会及び関係者に対する侮辱的表現も凄い。名誉棄損で訴えられていないのだろうか。尤も、著者は、「草堂」騒動に世間の関心を惹くため、敢えて挑発しているのかもしれない。


著者の矛先は、事態の展開に伴い、国税当局、裁判所、マスコミ及び仙台の人々にまで向けられている。怨念とでも言うべきか。


紛争は、直接的には晩翠旧宅敷地であり、広義の不動産取引であるが、本書のもう一つの特徴は、著者がかつて華やかなりし革新自治体を目の敵のように記述していることである。


ウィキペディアによれば、著者は皇室に対する崇敬の念篤く、関連の著作もあるらしい。戦後の物欲追求、金銭主義の風潮にも辛い見方をしている。それなりの太い柱の通った方にして初めて気の遠くなるような戦いが続けられると、得心した。柔弱な当管理人など、7回生まれ変わっても真似できない。


なお、争い事を正確に理解するには、一方の当事者の言い分だけ聴いたのでは駄目だから、本書で論難されている仙台市などの主張も確認する必要を感ずるが、公文書しかないのかな。対抗する著作があれば便利なのだが。
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              (珍しい、ヘデラの花)