D N Aで分かるまで。<40>
先の<37>のブログで上げた西暦248年9月5日(以下AD248.9.5)の日食図について、リブログで思いもかけない日食図の提供があったので、驚きました。
皆既日食が会津若松市上空と表示されていた天文図でしたから、驚かざるを得ません。
一瞬、先に上げておいた日本天文台の予想図や斉藤国治の図が否定されたのかと思い、ブログでも上げていたΔTの数値を読んでみたところ、<ΔT 8138>とあったので、パラメータを変えただけの図だと分かったのですが、逆に、これを「どこから」持ってきたのかと気になったので調べました。
ここで上げられていたAD248.9.5の図は、大阪市立科学館の江越学芸員の作成されていたもので、「Python ・パイソン」というプログラム言語で導き出されたものでした。
ただ、このパラメータ(pythonでは”name”)についての説明がそこにはなく困ってしまいましたが、運よく、「卑弥呼の日食の謎を追う」(なんでも保管庫2)という大変真面目で有意義な記事に出会い、「ΔTの謎」が解けました。
結論から言うとNASAが設定したパラメータでした。
図を引用してみます。
「248年9月5日の日食は、早朝に起こりました。中心線は、朝鮮半島の海上あたりに発し、能登半島・奥羽地方を横断して太平洋に抜けました。」と書かれています。
さらに北海道大学の日食計算プログラムも紹介されていて、結果は次の図です。観察<地名は奈良>に設定されています。それでも皆既日食は「ヤマト(山都)」の上空ということが分かります。ΔT = 7064.158536
(斉藤国治のΔTは6,000では?と推測してくれました。国立天文台はΔT10,000
とΔT7,300とを使っています。)
こうしてみると、AD248.9.5 、ΔT = 6,000〜8,138(※7064.158536 ※7,300)のどれをとってもここ「ヤマト(山都)」(もちろん会津)の上空で皆既日食が起きていたことになります。
「空のヤマト」、そして「地上のヤマト」、そのどちらにも「卑弥呼」が関与しているのなら、「卑弥呼の鏡」(土鏡)こそ地上の「ΔT」にはなりませんか。(ΔTは地球の自転速度の変数です)
何度でも言います、「卑弥呼の鏡」はここ飯豊山の麓、「山都」で発見されたんですよ!と。
これが「考古学」!
カメラでなければ捉えきれない(おとしこめない)天体の動きを、すでに3,000年以上も前に「土」に描いてみせていた縄文人のメッセージ(天文図)をしっかりと受け継いでいた
これが「卑弥呼」!
そして、その縄文DNA(またの名を八重山・ヤイヤマ DNA)を色濃く持っている「沖縄」、「出雲」、そして「会津」、それはもう呼応し始めているのではありませんか?
鳴らしてみましょう、「Δ(デルタ)DNA」というトライアングルを。
アフリカ大陸から出て8〜6万年、その歩みを止めなかった、我々人類の<DNA>に向けて。
ー 卑弥呼が皆さんを呼んでくれたんだと思います、感謝、感謝、感謝! ー

