奥寺のブレーメン時代の、古巣ケルンとの試合の模様。
映像は、懐かしのダイヤモンドサッカーから。
今では考えられないけど、前後半を分けて、2週間で1試合放送してました。
これくらいしか、海外のサッカーなんて見ることができなかった時代です。
奥寺は、ちょくちょく映ります。背番号4の選手です。
なぜダイヤモンドサッカーかというと、三菱がスポンサーだったから。
1994年にセリエAのジェノアに移籍。
アジア人初のセリエAプレーヤーとなった。
ACミランとのセリエAデビュー戦において、フランコ・バレージとセンターサークル付近でヘディングの競り合い(記憶では)で激突し、鼻骨を骨折。一ヶ月の戦線離脱を余儀なくされた。
復帰後、サンプドリアとのジェノヴァダービーで先制点となるゴールを奪った。
このゴールがカズが挙げた唯一のゴール。
94_1204「ジェノアvsサンプドリア」「三浦和良 初ゴール」
アジア人初のセリエAプレーヤーとなった。
ACミランとのセリエAデビュー戦において、フランコ・バレージとセンターサークル付近でヘディングの競り合い(記憶では)で激突し、鼻骨を骨折。一ヶ月の戦線離脱を余儀なくされた。
復帰後、サンプドリアとのジェノヴァダービーで先制点となるゴールを奪った。
このゴールがカズが挙げた唯一のゴール。
94_1204「ジェノアvsサンプドリア」「三浦和良 初ゴール」
カズよりも前に、10歳でブラジルに渡って、ユースから活躍していた
水島武蔵
漫画「キャプテン翼」は彼がモデルとなっています。
彼の少年時代のことが書かれた『ムサシ、世界へ翔ぶ』という本も出ています。(絶版)
J開幕前に日立(今のレイソル)に逆輸入(ブラジル国籍を持っていたので、外国人扱い)として戻ってきました。
Jプレシーズンにフリューゲルスに移籍しましたが、Jリーグではプレーすることはありませんでした。

この写真のスパイク、Mizunoがランバードブランドを出す前のだね。
今では世界的に使われてきているけど、当時は野球用品のメーカーってイメージがあって、サッカー用品はまだまだでした。ラインがMizunoのMってのがださい。
水島武蔵
漫画「キャプテン翼」は彼がモデルとなっています。
彼の少年時代のことが書かれた『ムサシ、世界へ翔ぶ』という本も出ています。(絶版)
J開幕前に日立(今のレイソル)に逆輸入(ブラジル国籍を持っていたので、外国人扱い)として戻ってきました。
Jプレシーズンにフリューゲルスに移籍しましたが、Jリーグではプレーすることはありませんでした。

この写真のスパイク、Mizunoがランバードブランドを出す前のだね。
今では世界的に使われてきているけど、当時は野球用品のメーカーってイメージがあって、サッカー用品はまだまだでした。ラインがMizunoのMってのがださい。