こんにちは
前の記事で
理想の自分であることを前提にして
過ごすといいらしいよ~ということを
書きました。
…が、
明確な理想の自分が
全くイメージできない私にとって
それは難しいことでした。
なぜ理想の自分が
イメージできないのかというと
多分、
エゴの声がジャマしてるんですよね。
こうだったらいいなぁと
思い描こうとすると
必ず理性が
「いやいやそんなのムリに
決まってるやんけー」
と言うんですね、自動的に。
そんなとき
たまたま見ていたInstagramで
おっしゃっていた理想の放ち方が
なるほど~と思いました。
(Instagram情報多いな)
それは
「自分が億万長者だったら何をしたい?」
ってこと。
そうそう!
私がなにか理想を放とうとすると
必ず理性がごにょごにょ言ってくるのが
お金の心配なんですよね。
「そんなことしてたら
生活ができなくなるから
そんな理想は放つべきではない!」
みたいにごにょごにょ言ってきて
理想をイメージするのをジャマするんですよ、
理性ってやつは。
でも、
お金の心配がないとしたら
私はどんな生活をしたい?
そう考えると
本当にしたいことが
たくさん浮かんできました。
(途中で何回もエゴの声にジャマされながら)
お金の心配が全くないとしたら…
・思う存分家事をして家を整えている
・ポタジェガーデンを作っている
・作った野菜や果実で料理をしている
・ブログはもちろん続けている
・散歩道にカフェがあるところに住んでいる
・都会に住んでいる
・ふらっと旅行に行っている(外国も国内も)
・楽しい仲間がいる
理想をイメージしているときって
めちゃくちゃ幸せな気分になりました。
億万長者になっても
家のことは自分でしたいんだなぁ
っていうところに
自分でもわからない何かが隠れていそう。
理想をイメージしているときに
エゴがごにょごにょ言うところが
いくつかありました。
「パート辞めたらまた
家にこもりっきりになって
誰とも接さなくなるけど
楽しい仲間ってどうやって作るわけー?」
「ポタジェガーデンは田舎でないと
ムリだと思うけど
都会にも住みたいって
めっちゃ矛盾してるよ」
エゴがごにょごにょ言うたびに
いちいちイメージが止まってしまったけど
矛盾してたってなんだって
いいんですよね、きっと。
エゴの声を無視して
理想を放っていると
いつか矛盾を飛び越えて
「こんな形で!?」という
叶い方がしそうな気がします。
無意識の力って
人の考えでは思いつかない方法で
願いを叶えたりするものだと
なんとなく感じているからね