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un piquillo de amarillo

リーガ・エスパニョーラのサッカークラブ、ビジャレアルCFの歩みの記録

ビジャレアルのヘタフェ戦はハイライトすら観ることができてないですが、スマホでのスクリーンショットのやり方を知ったついでに。


ヘタフェ  0-1  ビジャレアル
得点者:ぺルべ(5分)


1-0という結果だけ知ってマルカのウェブサイトを見たら、ボール支配率(31%)では圧倒されていたようです。マルセリーノ監督になってからは50%を切ることも多いですが、ここまで低い試合は珍しい。

それに、特にディフェンス陣が苦しい。本来なら左サイドバックのジャウメ・コスタを右サイドバックに回して、本来なら4番手センターバックのパンティッチを起用して、控えはBチームの選手ひとり。


アルベルト・ブラスケスは1992年生の右サイドバック。元U-19スペイン代表で、今シーズンはビジャレアルBでレギュラーを務めているらしい。

手薄なセンターバックじゃなくサイドバックをベンチにいれたのは、万一の際にはブルーノをセンターバックで起用するつもりだったからか。

久々の勝利ですが、今後も厳しい戦いが続きそうです。





バスク自治州6番目のクラブ
エイバルはセグンダ・ディビシオン(2部)で昇格争いをしていますが、仮にプリメーラ・ディビシオン(1部)初昇格を果たすとすると、バスク自治州からプリメーラに参戦する6番目のクラブになるようです。

2013-14 エイバル
(ユニフォームはレバンテみたい)

これまでに参戦経験があるのは、アスレティック・ビルバオとレアル・ソシエダに加え、1990年代末から2000年代初頭に躍進したデポルティーボ・アラベス、リーガ・エスパニョーラのオリジナルメンバーであるアレナス・クルブとレアル・ウニオン。

プリメーラに参戦したバスクのクラブ


エイバルのパラドックス
セグンダ(2部)以上のクラブは株式会社であることが義務付けられているため、セグンダBからセグンダに昇格したクラブは株式会社に移行します 。しかし、その際に負債を抱えることがあるほか、株式会社移行後に破産を回避するために増資し、さらに負債を膨らますという悪循環に陥ることもあるようです。

エイバルはスポーツ法での規定額まで約170万ユーロ分の増資を行う必要があるようですが、この額は年間予算の1/4に相当するようです 。2013-14シーズンのエイバルの予算は680万ユーロ程度だと見当が付きますが、昨シーズンのプリメーラで年間予算額最下位のラージョでさえ1670万ユーロであり、エイバルはラージョの約40%でしかありません。

このため、仮に2014年6月にプリメーラ(1部)昇格を果たしても、2ヶ月後の8月にはセグンダB(3部)に降格する可能性があるとか。うーん・・・。結局、増資を行って負債を抱える選択をすると思うのですが、それでよいのかどうか・・・。

エイバル監督?


参考サイト
Goal.com(日本語版)
Marca.com(スペイン語版)

以前のエントリー記事 の補足


ラ・リオハ州出身のアスレティック在籍選手
la rioja.comは、アスレティック・ビルバオに在籍したラ・リオハ州出身選手として、ルイス・デ・ラ・フエンテ、サンティアゴ・エスケーロ、ダニエル・アランスビア、ダビド・ロペス、フェルナンド・ジョレンテの5人を挙げています

ラ・リオハ州の人口は約30万人であり、バスク地域全体の1/10程度。アスレティックのメンバーに占める割合は少ないものの、エスケーロ、アランスビア、ダビド・ロペス、ジョレンテはアスレティックの主力として活躍しました。

ダニエル・アランスビア
(ラ・リオハ人のアランスビア)

ラ・リオハ州のアスレティック在籍選手
(larioja.com記載の5人+ホセ・マリ・ガルシア)


ナバーラ州生まれ、ラ・リオハ州育ちのジョレンテ
フェルナンド・ジョレンテの家族はラ・リオハ州北部のリンコン・デ・ソトに住んでいましたが、ジョレンテのおばは最寄りの大都市であるナバーラ州パンプローナの病院で看護師をしたため、ジョレンテの母は姉妹がいるその病院で息子を出産し、その後は再びラ・リオハ州のリンコン・デ・ソトで暮らします。ジョレンテ自身はインタビューで、自身のことをバスク人ではなくラ・リオハ人だと認識しているようです

フェルナンド・ジョレンテ
(ラ・リオハ人のジョレンテ)

なお、BDFutbolによれば、ラ・リオハ州出身のスペイン代表選手は1980年代以降の30年間でわずか6人しかいないようです。

ラ・リオハ州のスペイン代表

参考サイト
la rioja.com
A Football Report

苦戦するビジャレアル
マッチレポートみたいなブログは結局諦めてしまいそう。

選手層の薄さ、経験値の少なさ、運動量が必要な戦術、などなど色々な理由が積み重なって、ビジャレアルの順位が落ちてきてしまっています。選手も監督も「今シーズンは残留が目標」といっていましたが、予算的にも選手補強的にも、経営陣は本当の目標を欧州カップ戦出場権に定めていたはずです。

UEFAヨーロッパリーグ出場権のコパ・デル・レイ枠はリーグ7位に回ってきそうですが、ヨーロッパリーグでスペイン勢が優勝してしまったら出場権を奪われてしまうらしい。なんとかソシエダとセビージャを逆転し、自力で出場権を獲得できるよう祈っています。

バレンシア戦のブルーノ


エル・クラシコ
エル・クラシコは見ごたえあるシーソーゲームでした。今シーズンはアンチェロッティが優秀な監督だと実感したシーズンで、バルセロナよりもレアル・マドリードに惹かれていたため、ややレアル・マドリードに肩入れしていたのですが、試合後に審判批判を行なったのが残念だった。

「足を引っ掛けたからPK」なのではなく、「足を引っ掛けたと審判が判定したからPK」なのだし、「ビデオ映像でオフサイドだったからオフサイド」なのではなく、「審判がオフサイドと判定したからオフサイド」なのだということを改めて意識してもらいたいです。

セルヒオ・ラモスとマジェンコ



ラ・リーガの模範クラブ

レバンテ年間予算
(出典によって数字にばらつきがあるため、表の数字と本文中の数字は一致していません)


レバンテはラ・リーガでもっとも年間予算額が少ないクラブのひとつです。2011-12シーズンの年間予算は2,100万ユーロ、2012-13シーズンは2,500万ユーロで、セグンダ(2部)在籍中のビジャレアル(約4,000万ユーロ)よりも遥かに少ない。リーグ最高のレアル・マドリード(5億,1700万ユーロ)やリーグ2位のバルセロナ(4億7,000万ユーロ)の約1/20に過ぎません。

Football Espanaによると負債は5年間で半減。2008年に抱えていた8,800万ユーロもの負債は、2013年末時点で4,120万ユーロにまで減少しているそうです。レバンテは2009年にコンクルサル法(破産法)の適用を受けていますが、2009年-2010年にゼネラル・マネージャー(GM)・会長に就任したキコ・カタランの尽力が大きいとか。


選手売却での錬金術
2010年夏にはフェリペ・カイセドを100万ユーロで購入し、わずか27日後に750万ユーロで売却。2012年夏にはアルナ・コネをフリーで獲得し、同夏中に350万ユーロで売却。いずれもローン移籍中の活躍を見て完全移籍で獲得し、即座に放出して売却益を得たケースです。

2013年夏には、1年後に契約が切れるビセンテ・イボーラに対して、同じく商売上手なセビージャに600万ユーロを支払わせています。生え抜き且つ中盤の柱となる存在が抜けたのは痛手かもしれませんが、経営的には大成功の取引だったはずです。この3人のエピソードだけでも、GMや会長の手腕が見て取れます。

ビセンテ・イボーラ
(レバンテ下部組織出身のイボーラ)


経済面とスポーツ面の両立
支出を削減しながらスポーツ面の競争力を保っているのも素晴らしい。2010年にプリメーラ(1部)に昇格すると、2010-11シーズンから14位、6位、11位、10位と健全な順位で推移しています。常にプリメーラ残留を目標にしながらも、2012-13シーズンにはUEFAヨーロッパリーグに出場し、スペイン勢最高位のベスト16となりました。

2013-14シーズンも安定して順位表中位に付けており、降格の心配はありません。2012年に獲得したケイラー・ナバスとは3年契約(2015年まで)を結んでおり、契約解除金は1,000万ユーロに設定されているようです。イボーラのように高値で売り抜くつもりのようですが、移籍先からどれだけの金額を引き出せるか、レバンテの動向に期待しています。

ケイラー・ナバス
(今夏の移籍金額が楽しみなケイラー・ナバス)
ラ・リーガ唯一のイングランド人選手
ラ・リーガでプレー経験のあるイングランド出身選手には、デヴィッド・ベッカム、マイケル・オーウェン、スティーヴ・マクマナマン、ジョナサン・ウッドゲートなどがいますが、2013-14シーズン開幕時点でイングランド出身選手はゼロでした。しかし、2013年10月5日、突如としてイングランド出身選手がラ・リーガに現れました

その選手の名前は、チャーリー・イアンソン。エルチェCFの下部組織出身の20歳で、2013-14シーズンもエルチェCF・イリシターノ(エルチェB)に登録されている選手です。


イアンソンの経歴
イアンソンはイングランドのルートン生まれ。7歳の時、家族とともにスペインのマラガに移住。16歳の時に母国のノッティンガム・フォレストに移籍し、5部のグリンズビー・タウンでトップチームデビューしてプロ契約を結んだものの、再びスペインに戻ってエルチェの下部組織に入団したという変わり種です。

2012-13シーズンはエルチェBでキャプテンを務めていたようです。2013年10月5日のエスパニョール戦でトップチームデビューし、その後は出場機会がありませんが、名前を覚えておいて損はないかも。


イアンソン
(エスパニョール戦のイアンソン : 右)
ポルトガル : Liga Zon Sagres


リーガ・ゾン・サグレス

ポルトガルリーグとネーミングライツ
2002年以降、平均2.4年おきにリーグ名称を変更しているのがポルトガルです。ポルトガル在住サッカージャーナリストの鰐部哲也さんは以下のように記しています。

元々「スーペルリーガ」と呼ばれていたポルトガルリーグがネーミングライツを導入したのは、2005/06年シーズンから。オーストリアのブックメイカーが冠スポンサーにつき、「LIGA betandwin.com(リーガベットアンドウィンドットコム)」となったのが最初です。その翌年には「betandwin.com」が「BWIN」に社名を変更したため、「BWIN LIGA(ビーウィン・リーガ)」となりました。(引用文)

現地在住の本職ジャーナリストに向かって失礼だとは思いますが、これにはちょっと疑問です。Wikipedia英語版にも記されていますが、ネーミングライツ導入は2002年にまで遡るのではないか。


廣山望選手とリーグ名称
私は、日本メディアがいまだにスーペルリーガという名称を使っているのは、「廣山望選手がブラガに移籍した際(2002年)の名称がスーペルリーガ・ガルプエナージアだったため」という説を推します。

廣山選手はポルトガル移籍の草分け的存在であり、2002年以前の日本ではポルトガルサッカーに関する報道量はごくわずかだったと推測されます。

廣山選手のブラガ在籍時には日本メディアがこぞってポルトガル情報を伝えたものの、2003年に退団したために日本メディアが現地情報に疎くなったのではないでしょうか。

そこで、一般名称とスポンサー名称の区別がつかない日本メディアはスーペルリーガと呼び続けたのでは。

6年間の空白のあと、2009年に相馬崇人選手がマリティモに加入しました。リーグ名称はリーガ・サグレスに変わっていましたが、スーペルリーガが定着していたこともあり、もはや存在しない名称を使い続けているのだ、と考えます。
(↑まるっきり見当違いかもしれないので注意)


ポルトガルリーグ名称



いずれにしても、日本メディアは正式なスポンサー名称である「リーガ・ゾン・サグレス」で報じるか、もしくは「プリメイラ・リーガ」という一般名称で報じるべきだと思います。

もっとも、現行スポンサーとの契約は2014年で切れ、「契約更新はないだろう」という記事を読んだことがあるので、この夏にもまた名称が変更されるかもしれません。

ポルトガルは国外のサッカーファン泣かせのリーグであり、スペインではビルバオ・ビスカヤ・アルヘンタリア銀行(BBVA)が末永くスポンサーを続けてほしいです。


リーガBBVA


複数の公用語を持つ国のサッカーリーグ名称

ベルギー : Jupiler Pro League(英語)
ベルギーリーグの正式名称は英語名のジュピラー・プロ・リーグ(ジュピラーはスポンサー)。

ベルギーは複数の公用語がある国で、オランダ語話者が約60%、フランス語話者が約30%いるそうです。

18世紀のオーストリア領ネーデルラント時代は言語間の対立などなく、また1830年にベルギーが独立しても唯一の公用語がフランス語であり、フランス語が上位、オランダ語が下位なのが自然の摂理でした。

しかし、19世紀後半にオランダ語が公的な地位を得るようになると、言語戦争といわれる状況が発生します。

言語問題は国防にも影響が出ました。ベルギーがドイツに占領された第一次世界大戦時、イゼル戦線ではオランダ語を話す兵士とフランス語を話す将校の意思疎通に困難が生じます。

オランダ語圏のフランデレン地域では、急進派ベルギー人とドイツ軍が手を結び、オランダ語圏のベルギーからの独立が宣言されてしまいました。


1895年の全国選手権創設以来、ベルギーでは約100年間もオランダ語圏・フランス語圏でリーグ名称が異なっていました。

19世紀後半から続いた言語問題は、1960年代にひときわ大きな社会問題となりましたが、1970年からの憲法改正で地域分権化が進み、1993年に完全連邦化が行われました。

そしてその1993年、ようやくリーグ名称も統一されたのです。



参考:小川秀樹「言語戦争」『ベルギー ヨーロッパが見える国』(新潮選書)新潮社、1994年
参考:ジョルジュ=アンリ・デュモン『ベルギー史』(文庫クセジュ)村上直久訳、白水社、1997年
ジュピラー・プロ・リーグ
ベルギーリーグ名称


スイス : Raiffeisen Super League(英語)
スイスリーグの正式名称は英語名のライファイゼン・スーパーリーグ(ライファイゼンはスポンサー)。

スイスも複数の公用語がある国で、ドイツ語話者が約60%、フランス語話者が約20%、イタリア語話者が約10%いるそうです。


1897年から1929年まではセリエAで統一されていました。手持ちのドイツ語・フランス語・イタリア語辞書で「serie」を引いてみると、三辞書それぞれに項目があります。

英語の「series」に相当する単語なのは同じですが、ドイツ語辞書(三修社の独和広辞典)のみ「階級」「ランク」といった意味が記されていません。

ドイツ語圏で「階級」という意味で「serie」を使って通じないことはないと思うのですが、「階級」「ランク」を指す時に優先的に使用される単語ではないのでしょうか。

1929年にリーグ名称が各言語で異なるようになった理由はわかりませんが、多数派のドイツ語圏の住民の、ドイツに対するナショナリティが理由となったのかもしれません。


スイス・スーパーリーグ
スイスリーグ名称


カナダ : Canadian Soccer League(英語)
カナディアン・サッカーリーグはカナダの全国リーグとして扱われていますが、実質的にはオンタリオ州(英語圏)リーグであり、モントリオールなどケベック州(フランス語圏)のクラブは1クラブも参戦してしません。

このリーグが名実ともにカナダの全国リーグとなった場合、どんな名称を採用するのか興味があります。1993年までのポルトガル、2003年までのスイスのように各言語圏で異なる名称を採用するのだろうと思いますが、Canada Football Division などとすれば、言語間で表記を変える必要がないです。

※国名は二言語で表記が異なる形容詞ではなく名詞とする
※英語・フランス語それぞれでサッカーはfootball
※英語・フランス語それぞれでディビジョンはdivision


フィンランド : Veikkausliiga(フィンランド語)
フィンランドの公用語はフィンランド語とスウェーデン語の二言語ですが、フィンランドではフィンランド語話者が圧倒的多数のため、リーグ名称はフィンランド語のヴェイッカウスリーガ。リーグ公式サイトトップページを見渡しても、スウェーデン語版へのリンクが見当たりませんでした。



自国・自地域の言語に対する誇り
ベルギーとスイスにおいて、英語が世界共通語になって久しい1990年代・2000年代にようやく改称が実現したことからは、自国・自地域の言語に対する誇りのようなものを感じます。

ベルギーにしてもスイスにしても、ゲルマンとラテンの言語境界線は西ヨーロッパ世界が成立してから1500年間も変化がないそうです。

私は大会名称にスポンサー名を冠するのにはやや否定的で、特にポルトガルなんか数年ごとに名称が変更されてややこしくて仕方ないのですが、ベルギーとスイスに限ってはスポンサー名称が複数の言語圏の仲を取り持つ役割を果たしているのかな、と思います。


スペインにおけるベティスの立ち位置
ベティスはスペインで6番目にサポーターが多いクラブだとか。

ベティスの上にいるのはレアル・マドリード(32.8%)、バルセロナ(25.7%)、バレンシア(5.3%)、アスレティック・ビルバオ(5.1%)、アトレティコ・マドリード(4.3%)だけだそうです。

また、シーズンチケットの売り上げ枚数ではレアル・マドリード、バルセロナ、バレンシアに次ぐ4番目だとか。


緑白のユニフォームはセルティックが由来だそうですが、スペインで緑白といえば、イスラームの色やアンダルシア州旗の色でしょう。

グアダルキビール川(白)や乾燥した大地(白)と灌木(緑)の色にも見え、セルティック云々は後付けの理由なんじゃないかと疑いたくなります。

アンダルシア州旗
(アンダルシア州旗)


2011-12シーズンのささやかな栄光
2011-12シーズン序盤、ベティスは開幕4連勝で首位に立ちました。48年ぶりの好スタートだったそうです。

イギリスのThe Guardianは「1週間後のヘタフェ戦に0-17で敗れても、順位表の頂点からレアル・マドリードやバルセロナを見下しているだろう」という表現でベティスの首位を祝福(?)しています。

しかしこのシーズン、シーズン中盤から終盤にかけて健闘が称えられたのはレバンテでした。レバンテはベティスと代わるように首位に立ち、「第2の人生を謳歌するリストラ組」として日本語サイトでもコラムが書かれるほどの躍進ぶりでした。

ベティスはずるずると順位を落とし、17位にまで落ち込んだ時期もあったものの、結果的に13位でシーズンを終えました。結局勝者になれないのは彼ららしい。


2013-14シーズンのささやかな抵抗
今シーズンは序盤に一時的に盛り上がったものの、当然ながら勢いはすぐに失速し、11月を迎えた頃から最下位が定位置です。

しかし、UEFAヨーロッパリーグでベスト16まで勝ち上がってみたり、国内ではバレンシア、ビジャレアル、アスレティック・ビルバオといった上位勢に勝ってみたり、ささやかな抵抗活動を続けています。

セグンダ降格時に小規模な暴動を起こしたり(2009年5月)、FIFAのブラッター会長に人種差別行為を非難されたり(2013年11月)、アウェー観戦のボイコット騒動を起こしたり(2014年2月)。

また、クラブが主審の判定を批判するビデオを作ってYou Tubeにアップしちゃったり(2014年2月)。問題行動も慎ましい気がしてなりません。

「ベティス万歳、たとえ敗れようとも!」というフレーズは有名ですが、何かと問題を起こしながら(←これ重要)もクラブの応援は続けるという姿勢には感銘を受けます。


グアダルキビール川
(グアダルキビール川とアンダルシアの大地)
イングランドの下部リーグ勢
2013-14シーズンのFAカップでは、チャンピオンシップ(2部)のウィガン、リーグ1(3部)のシェフィールド・ユナイテッドがベスト4に残っています。久々にアーセナルの優勝が見たいですが、どうなるか。

2010-11シーズンのカーリングカップではバーミンガムが優勝し、2012-13シーズンのFAカップではウィガンが優勝し、それぞれヨーロッパリーグ出場権を獲得。両クラブはその後降格が決定し、2部のクラブとしてヨーロッパリーグに出場しています。


2013-14シーズンのヨーロッパリーグ
2013-14シーズンのUEFAヨーロッパリーグには、各国2部リーグ以下に在籍するクラブが5クラブも参戦していました。

UEFAの53協会から国内リーグ優勝クラブが1クラブずつヨーロッパリーグに出場しているとすると、比率は5/53で10%にもなります。

たまたまヨーロッパ各地で2部リーグ勢が頑張ったシーズンだったのでしょうが、こんなに多いとは。


前シーズンの国内カップで優勝し、国内リーグで1部から2部に降格したのが、イスラエルのハポエル・ラマト・ガンとマケドニアのテテクス。リヒテンシュタインのファドゥーツはスイスリーグに参戦し、国内最高位で参戦資格を得ています。

FCパッシングはもともとオーストリア3部に在籍するクラブで、今シーズンのシェフィールド・ユナイテッドのように上位リーグ勢を倒して優勝したようです。

オーストリア3部は全国リーグですらなく、UEFAリーグランキング16位とレベルの高いリーグで3部のクラブが優勝したのは驚き。



2013-14 下部リーグ勢のEL