大家さんのご主人は、戦争で両脚を失っていた。
昼間は仕事部屋で時計の修理をしていて、夕方プロレスが始まると呼んでくれた。
「おーい、プロレス始まるぞ」
私ひとり隣にお邪魔して、力道山のカラテチョップを夢中になって見ていた。
妹は、隣に行くにも親がいないと泣きべそになるので、声をかけてもらうのは、いつも私だけ。
プロレスが終わると、大家さんチから我が家まで1分。奥さんが私が我が家に入るまでみていてくれたものだ。
我が家には、ラジオがあった。
良く落語を聞いて笑っていたと、母親から聞いた事がある。
貧乏が当たり前の時代だったが、ひもじい思いはした事はない。
今頃になって、両親に感謝!