気づけば、最後に更新してから2ヶ月がすぎていた。夏の名残りの最後のかけらも、台風とともに過ぎ去って、もうお彼岸が近い。


東北、青森に行ってきた。

世界遺産、白神山地。13万ヘクタールの手つかずのブナの原生林。



              


時のすぎゆくスピードが年々早くなっていくように感じるのは、人生の経験値が上がって、出会いによる感動が、過去の経験によって薄められ、起伏のない平坦な日々が続くから、ということらしい。


そういえば、幼い子どもにとっては、毎日がまさに出会いの感動の連続で、時がたつのが早いとか遅いとかさえ感じずに、カラダ全体で出会いにぶつかっていく。

今回の東北への旅は、体ごと白神山地の深い森に包まれるような体験だった。 



もののけ姫の映画の中で、しし神さまが登場する森の中の池。そのモデルになった美しい池は神秘的な青い水をたたえていた。木々を抜けた木漏れ日は、エメラルドに透き通って池の底まで差し込む。



              



太いブナの幹には、クマが登った爪あとが残り、ここが生きた森であるということを教えてくれる。滋養に富むブナの実は、厳しい東北の冬を越すクマの冬眠を支える。クマはブナが豊作の年にしか子を産まない。


              



ブナはまた、その1本の木に800トンもの水を蓄えるといわれる。その水は、堆積したブナの腐葉土で浄化され、養分とミネラル豊富な天然水は渓流となり、やがて海へ注ぐ。豊かなブナの森が豊富な漁場を育てる。だから漁師は森を大切にする。
              


もともと水分が多くて材木としてはあまり役に立たないブナは、高度成長期には使い捨てのコンパネに消費され、樹齢何百年という巨木が次々姿を消した。それが今では、自然保護のシンボルマークとあがめられ、ブナの森が観光スポットになる。時代に翻弄されるブナの森を想う。



里に下りると、稲穂が黄金に色づき、りんごは真っ赤に実って秋を告げてくれていた

 
       

              

昨日は祇園祭宵山。そして今日が巡行でした。昨日、関西地方も梅雨明け宣言し、いよいよ京都も夏本番です。

昨日の宵山はすごい人出だったようです。友達が、鉾の上でお囃子を鳴らす「囃子方」をしていて、祭りの様子を送ってくれました。

              

鉾の上から見る風景は、私たちが普段下から見上げる祇園祭とは、また違う世界なのでしょう。蒸し暑い中、浴衣の帯と鉾の手すりとを手ぬぐいで結んで命綱にして、一生懸命お囃子で祭りを盛り上げる人たちに、頭が下がります。

双子の兄、タイガーが急逝して、もうすぐひと月たつ。

あっけない死だった。


リリーと兄妹げんかしていたと思ったら、2階に上がって廊下の途中でパタリと倒れ、そのまま動かなくなってしまった。

気づいてすぐに心臓マッサージをしたが間に合わなかった。


タイガーは生まれつき心臓に奇形があり、猫としての知能もすこし低いようだった。いつまでたってもトイレの場所を覚えず床を汚した。

でも、タイガーの愛くるしさと、何をされても怒らない温厚さにはいつも癒された。
              

どれだけフローリングをトイレ代わりにしようと、どれだけ洗いたてのバスタオルを毛だらけにしようと、決してタイガーを怒ることはなかった。


けんかをふっかけた双子の妹リリーは、動かなくなったタイガーのそばを離れず、悲しい声で鳴いた。責任を感じたのか、兄妹を亡くした悲しみか、しばらくしょげ返っていた。

              
2日ほど、彼がお気に入りだったかごの中で、毛布にくるんで喪に服したあと、庭の土深く、タイガーを埋葬した。

              

この写真は、今年の5月、初夏の夕暮れの庭を見つめるタイガーです。

この時タイガーが、もしも自分の命があと1ヶ月と知っていたなら、その1ヶ月を悔いなく有意義に過ごしていただろうか?

いや、知っていようといまいと、タイガーはきっといつものタイガーだったに違いない。

相変わらず床に放尿し、エサを食い散らかし、モップのように床をごろごろして、何をされても怒らないタイガーだったに違いない。


そんな仏様のようなタイガーみたいに、僕も生きてみたいとおもう。