波乗りという遊びと出会ってから、ずいぶん世の中と気楽に付き合えるようになったと思う。世の中との付き合いというのは、つまり、自分との付き合いということなんだろう。今はとても、自分と付き合うのが、たのしい。

              
自分の中のいろんな葛藤と折り合いをつける。できもしないことや、手に入らないことを、いつまでも追いかけたり固執しない。何ごとにも潮時があり、そういう自然の摂理のような、大きな流れに逆らわない。相手を変えるのではなくて、自分を沿わせていく。


そういったことを、波乗りは教えてくれる。いろんなものが調和して、そこに自分の力が少しだけ加わる。うまくいくこともあれば、だめなこともある。一喜一憂する。だけど結局は、ただ波に乗るという遊びなんだ。波乗りにも人生にも、目的なんてない。


波乗りは難しい。ちっともうまく乗れない。だけど、めちゃくちゃ楽しいんだ。ほんとうに。だから、また海に足を運ぶ。

              

1日の終わり、思う存分遊ばせてもらったお礼を心の中でつぶやく。

10月の海は、優しい光に包まれている。

夏がすぎても、暖かい日が続いている。季節のうつろいを感じないまま、時はすぎる。何気ない毎日が、実はしあわせなんだと、僕たちは気づかず生きている。

               西の空に一番星がひかり、東の空にまるいお月様があがっても、それに気づくものはなく、みな、家路を急ぐ。

              

更けゆく秋。金木犀の香りが、風に乗って、頬をくすぐっていった。




今年の夏は、夏らしい夏だった。


             


当たり前のことだが、ヒトには心があり、それぞれの心に四季がめぐって、それぞれの心にそれぞれの四季が、記憶とともに刻まれる。


去年の夏と今年の夏。

二つの夏をへだてて、たとえばとてつもなく大きな変化が身の回りに起こったりするわけだけれど、それが自分たちの人生において、はたしてどんな意味をもつのか?そんなことはきっと誰にもわかりっこない。


              
              


ただ、ひとつだけ言えるとすれば、それぞれが、自分自身を必死に生きてる。

誰が悪いわけでも、誰が正しいわけでもなく、ありのままの自分を生きてる。

誰かのために生きてきたと思う自分も、やっぱりそうしたいと思っていた自分がいて、結局は自分の道を歩いてる。


季節とともに、歩いてきた道に、悔いがなければ、それでいい。