あまのじゃく医者の殴り書き -2ページ目

心身医療科

毎週金曜日は心身医療科外来である。


ほとんどが他の整形外科医からの紹介で、

手術などの治療をしても

長期間痛みが取れない患者ばかり。


今日も4人の紹介があった。

始めたころは紹介は1部の先生方からのみであったが

最近は多くの先生が紹介してくれるようになった。

心身医療科が認知されるようになったと喜んでいる。


今日の4人の方は

筋痛性脳症・慢性疲労症候群と診断される人たちであった。

2003年にカナダの臨床医などが提唱したこの疾患概念は画期的である。

難治性疼痛の機能的病態を把握でき、治療につなげることができる。


難治性疼痛の医療モデルを模索し続け、よい結果が出るようになった。

線維筋痛症の半分は治せると密かにに思っている。


後は難治性の痛みで苦しんでいる多くの患者さんの症状が良くなるように

引き続き一人一人を丁寧に診ていくこと、

より結果のでる医療モデルの体系や治療法を模索し続けること、

そして、できるだけ多くの医療者に伝えることだ。















Congratulation, スネイルズ.

東京学芸大学アメリカンフットボール部スネイルズが

念願の関東アメリカンフットボールリーグの1部リーグに昇格した。

入れ替え戦で武蔵工業大学を下してのことだった。


25年前、このチームの一員だった。

この時、授業を全く出ない日々が2年過ぎようとしていた。


その年、3部リーグのこのチームは春から快進撃、

春のオープン戦で1部と2部のチームを総なめにした。

特に主力を欠いていたとはいえ

前年度関東リーグ2位の日本体育大学に勝利したことは

フットボール関係者の驚きであり、

雑誌にも取り上げられた。


秋のリーグ戦は順調に勝ち進んだ。

最終戦は亜細亜大学、勝つと2部リーグへの入れ替え戦となる。


でも、たかが3部リーグの最終戦…と油断していた。

舞い上がっていた。


負けた。


相手は必死だった。

終始押し気味に進めながら、

相手のロングパス2本がタッチダウンパスとなった。


みんな泣いた。泣き崩れた。


私にとっては

スチューデントアパシーの支えが崩れた瞬間だった。


次の年度の春、大学を辞めた。

同じ学年の5人は誰が欠けてもチームは困る状態だった。

その年の秋のリーグはチームの存続も危ない状態だったらしい。


25年後、夢のまた夢の1部リーグに昇格した。

後援会のブログには懐かしいチームメートたちがコメントして

チームの栄誉を称え、喜びを伝えている。


参加する勇気は今のところない。


でも… Congratulation, スネイルズ…心から。





仕事人のカーニバル

目を開けた…、同時に回復した聴覚にも

今日何度も聞いた曲が飛び込んできた。

EXILEのChoo ChooTRAIN


マイクを持ち、激しくステージで歌ってるおぼろげな影が

目が覚めた私に気づきVサインを送っている。

確か歳は2つ上のはず…元気だ…。


7,8人が激しく踊っている。

余興で大喝采だったダンスだ。


前の覚醒もこれだった。

プロダンサーの指導で仕事の合間に練習していた。


まだ、この場にいるんだ…。

寝入ってしまってから3回目の覚醒。

向かいのソファにも寝ている奴が2人。


題名は忘れたが

昔見た映画でこんな感じがあった。

ベトナム戦争の最中、ひと時の休息…

大勢のアメリカ兵がこれ以上ないはしゃぎようで

歌い踊り狂っていた。


彼らの迷いを見せない実力勝負の仕事ぶりを

いつも尊敬している。


この狂気乱舞は

倦怠の意識に入り込む生きている実感…。