遠い山なみの光は、カズオ・イシグロのデビュー作である。語り手の悦子は、決して露骨な嘘をつくわけではない。むしろ落ち着いた語り口で、淡々と過去を振り返る。しかし読んでいるうちに、語られていないこと、避けられている感情の輪郭が、少しずつ浮かび上がってくる。悦子の回想のなかに登場する佐知子は、自由で、どこか不安定さを抱えた人物として描かれる。二人の関係は親密ではあるものの、はっきりと定義されることはない…。文章は静かで、感情を強く揺さぶるような場面も多くはない。それでも、読み終えたあとには言葉にされなかった後悔や選ばれなかった人生の重さが余韻として残った。この物語が贖罪の物語なのか、それとも希望の物語なのか、はっきりとはわからないができれば希望の側に少し傾いているといいなと感じた。



