ほんだながわり -25ページ目

ほんだながわり

「読んだり、観たり、行ったり」だけは、何だかやりっぱなしじゃいけないような気がしたもので…。

自分でもどういうわけかわからないのだけれど、勝手にオカタイ民俗学という、むしろ全く逆のイメージをもってしまっていたせいで、これまで読む機会を失っていた宮本常一を、これまたふとしたきっかけで読むことができた。それにしてもこんなに面白かったとは! あやうく大きな損失を被るところだった。

 

 

「『考える自分以外、確実なことは何一つ残らないという考え』を、どのように捉えているか」ということを、自分は知らず知らずのうちに、気が合う人とそうでない人を分ける際の指針にしていたような気がする。
それにしても、自分たちが生み出した宗教に人間はずっとずっと振り回されているんだな。
 

 

認知機能に問題を抱えた子どもたちの非行。この手の問題が難しいのは、教員養成機関ではすぐに取り入れられたとしても、肝心の教育現場に反映されるまでに結構な時間がかかることだと思う。なので、この本がなぜベストセラーになったのかは知らないけれど(それだけ生きにくさを感じている人が多いということなのかな)、こういう内容の本が一般書として売れて、世の中に、関心を持つ人たちを増やせたのはそれだけで意味があることだと思う。

 

 

母と娘の確執を描いた物語と言えなくはないし、発達障害を抱える当事者の生きづらさが描かれているというのも間違いじゃないんだろうけど、たぶん、そういうことじゃないんだろうな。あと、主人公とは違ってそれほどキャラクターを掘り下げてもらってはいない母親の方に年齢が近いので、読みながらずっと、見えているものよりも見えていないものの方が多いのかも…という感覚がずっと拭えずにいた。ただ素敵な小説であることは間違いない。