<焼け出されたはずのVTRちゃんが奇跡の生還!>

バイク屋全焼事件からだいぶ時間も空きましたし、店主はコンさんには新しいバイクを探して頂きます・・・とはっきり言って居たので、そろそろ新しいバイク探しにいこうかなと、最終の確認を電話でしたところ・・・なんと、あれからバイク屋の保険担当員が私のVTRを見て、これは焼けてないですね、直して充分乗っていただける状態ですとの判断をしたというのです。交換部品は前輪のフェンダー、両サイドのバックミラー、チェーン、バックシート下のフェンダーとかと、あとは全体の傷落としとか、磨きとかになったようです。私、このバイクにべたぼれでしたので、そりゃあ、多少の後遺症が残っても、(実際にはほとんどもとどおり)帰ってきて欲しかったので、安心しました。で、早速、宍道湖一周、歓喜のパレードをやってやりました。一本橋落ちずに免許が取れていたのでこれが実現しました。まずはめでたし・・・です。

 

 ところで、曹洞宗の大本山、永平寺の正門石柱には「尺底の一残水、流れを汲む千億人」とありました。これは、世の中の小さな事柄を軽んじるな、甘く見るな、細心の注意を惜しむな、との御指南と思うのですが、その細心の心使いが出来てるはずのお寺さんの行為の中に、ちょっと引っかかる出来事を見いだしてしまったのです。全く腑に落ちず、がっかりしてしまったのです。その話を次でさせていただきます。(つづく)

 ずっと前に父が亡くなった時、母が仏壇を構えた時、選んだのが曹洞宗だったのですが・・・。その理由については、我々家族、何も聞かされていません。おそらく短歌のお仲間に曹洞宗の寺の奥様がいらっしゃったので、その方の影響なのかも知れません。

 今時、一部の日蓮宗系(日蓮正宗とか)の寺でない限り、どこでも檀家になって文句は言われないと思いますが、それにしても、母は道元禅師のドの字も、勉強してませんでしたので、ここは、ただのフィーリングってやつだったでしょう。

しかし、考えてみれば、あの、日本を代表する立派なお寺の一つである、東大寺でさえ、お葬式は真言でも浄土念仏でも適当にやってしまえと言うくらいなので・・・。そうなんです、華厳宗では(東大寺では)自分とこの墓土地をもっていませんので、信者はあるんですが、信者の葬式、埋葬はしないのです。この辺は全部、真言とか、浄土とかの下請け任せなのですから。一度、私、立派な華厳宗さんが自前で葬式出来ないのはちょっと無責任にも思えますが?っと東大寺さんにお伺いを立てた事があるのですが、昔から下々の(下賤な)お世話と言うのは我々の仕事には入っておらなかったので・・・(我々はもっと哲学的な高度なお勉強をしていたので…、何しろ国立戒壇の、今でいえば、東大や京大のようなところだったので・・・と言うような説明をされました。この東大寺さんの説明を聞いて、私はある意味、目が覚めたような気がしたものです。だって、弘法大師や法然さんやの時代の元々の宗派の主張を顧みれば、皆、真っ向から食い違った異質の宗派なのに、華厳の世界じゃ、そんなことはどうでもよくなっちまうのかって事で・・・。驚きました。

 ま、日蓮さんの信じた天台の五時八教にしても、現代考古学では正確なものではないと言えるそうだから(まちがいだらけ)、そんなの、不思議でも何でも無いのかも知れないですが。

 だからこそ、私は思うのです。釈迦の原点に返って考える時が来たのだと・・・。

 この写真何だかお分かりになりますか?私の可愛いVTRちゃんが焼け出された・・・時の姿です。最終の完璧を期してエアクリーナその他を交換してもらうためにバイク屋さんに預けておいたのですが・・・まあ、はっきり言って火炎の中で窒息死しておりました。バイク屋は全焼、その中で懸命にその姿を留めていてくれたVTRちゃんでしたが、おそらく直して使える状態ではないとの判断のようです。泣けてきました。私、なんか悪い事しましたか?😭

 こいつを見つけるのにネットを漁りまくり、広島まで現車確認に出向き、その場で即決して全額支払い、我が家の車庫でデビューの日を人馬、共々、待っていたというのに・・・。また、一からですか?しかも、保険屋とのかったるい示談のやり取りが待ってるでしょう?もう、保険屋に被害感情を訴える力もありません。

 いや、しかし、命の通わぬバイクを失ってさえ、この位、人間って落ち込むのだから、原因がなんにしろ、不慮の事故で我が子を失ったりする人もあるのに、その心中や、想像もつきません。

 自分の不運にへそを曲げた私は、花が大好きだった母の仏前に新しい花を供え、曹洞宗の仏壇に向かって「南妙法蓮華経!」っと声高に念仏していたのでした。母の怒った顔を想像しながら・・・。

 長い事、車にもバイクにも乗ってきましたが、やはり、運転時の緊張感は段違いです。ええ、やはり、足が地面にちゃんと四か所接地されてれば、安心感は2乗倍になりますからね。特に今度のバイクはちっと重いんで、こけたりぶつかったりの時の衝撃も、速度の二乗倍だってのは、ある意味、恐怖でもある事だし・・・。

 必然的に運転も、00かもしれない運転ではなくて、絶対00だ運転にならざるを得ないです。道路は平坦なもんじゃないから、絶対、どこかに縦割れが出来てたり、たんこぶ状の突起があったりしています。足回り、ガシガシのこのバイクで突っこめば、前輪は簡単に軌道から外れて飛んで行くでしょう。コンピュータじゃない私はすべて障害物を検知して回避できない訳だから、あとは、絶対危ないところできちんとスピードを落とせるかどうかに全てが掛かってると言えます。そう、ここは絶対、かも知れない運転などの通用する場面じゃないです。心して走ります。

 なぜそうまでして走るのか?そりゃあ、そこにバイクがあるからです、バイクに乗ってると、いはゆる人馬一体という瞬間を体験します。この体験が、まあ、人によってなんでしょうが、バイク乗りにはたまらないんですね。

 そうなんですよ、何にしたって、ですね、車でもバイクでも、例え女の子でもですね、一直線に私のとこへ飛んでくるからには、当然、どっちもが、「よっしゃ、あんたがドストライクやッ!」てえ具合になってるわけで、そこにあんまり間違いたッ!っとか、ヘタこいたッ!っとか、無いわけですよ。女の子が人の妻だったりすりゃあ、そこは ブレーキがちゃんと掛かりますんで・・・。勿論、ベンチレーテッドの耐熱ディスクブレーキパッド付でね。

 VTR250Fで色んな人がインプレッション動画を出してますが、大男には窮屈だって以外、誰も悪くは言ってないですし、ちょっとそこの空き地で走ってみましたが、フロントのショックがちょっとごつごつしてるかなくらいで、いや、これにしたって走ってるうちにきっとなじんでくるでしょう。クルマのショックみたいにね。ここはバイク屋さんが納車前に新品交換してましたから・・・。

 早速、マニアックな仕組みのオイルエレメント&オイルも自分で交換しちゃって、ついでにエアインテークのエレメントパック&リテーナセットも発注しました。