カタセテロジュマン -92ページ目

私の死んだ日

 引っ越したばかりの部屋。ねえさんと電話してた。暗い夜。私はなんだか外のかすかな音が気になって、幾つか穴が開いたまま張り替えていない障子を僅かにずらして外を見た。
この建物とL字をなすように隣のアパートがある。月明かりで見えるのは玄関扉が並ぶ2階の廊下。数メートル先の扉から一人の男が出てきて、玄関口を掃除している。箒を用いて、自分の部屋の出入り口の前をわき目も振らずに、けれど、忙しそうというわけでもなく、散らばった何かを集め、集めしている。掃除か・・・・・・こんな夜中に。
がらんとしたこの部屋には机と椅子だけが置いてある。その椅子に座り直してずらした障子を元に戻した。ねえさんととりとめもないおしゃべりをつづけていた。新しい部屋はどうか?、寒くないか?、ねえさんはいつものとおりやさしかった。
どれくらい時間が経っただろうか、何かの話に夢中になっていた時、外が賑やかなことに気づいた。賑やか、というより、騒がしい。外国語の男女の、訴えるような叫ぶような、何人かの声が交錯していた。
「ねえさん、なんだか外で騒ぎがあったみたい。怖いけどみてみる・・・・」
部屋にいることを外の連中に知られたくなかったので、明かりを消し、先ほどの障子をまた僅かにずらし、そして外を見た。
隣とのL字に囲われた中庭のようになった場所にワンボックスの車、そこへ声の主と思われる男女が十数名、押し込められていくところ。入れられる者、逃げ出そうとする者、押さえつけようとする者、それらの人々が一緒くたになって、もみ合いとなり騒ぎが起きているらしい。L字に沿った建物沿いには、警備員か警察官か見分けが付きにくいなりをした男が数名配置されている。そこに一般の住人と思われる人々も野次馬としてだろうか、腕を組んだり、寒そうにしたりしながら事の成り行きを見守っている。
私はなんだかそのうちの誰かが、この障子の開いていることに気づき、わざわざ部屋を暗くして見物とは、と見咎めるのではないかという後ろめたいような気持ちになって、音がしないように、動きに気づかれにくいように、ゆっくりと、そっと閉めた。けれど、相変わらず、騒ぎは収まらず、なんとなく気になる気持ちも収まらず、障子紙に開いた穴から見つづけていた。ねえさんとの電話も、声をひそめながら続けた。
やがて、どうやら収拾がついたのか静まってきたので、もう一度障子を顔の幅くらいまでずらして外を見た。声は静まっていたが、人は大勢いて、何やら悪意と憎悪の混じったような雰囲気があたり一帯にそこはかとなく漂っている。これだけの騒ぎだが、ライトの類はなく、月明かりが無くては真っ暗だっただろう、うすらぼんやりとした闇の中で人がうごめいている。その時ふと、人々の内の誰かが、こちらをみたような気がした。いや、そんなはずない。音がしないようにゆっくりと障子を閉める。
「ねえさん、お布団敷くから、一回電話切るね。1分か2分でまたかけるから」
豪邸でもあるまいし、切らなくても、と思われるだろうが、コードレスの受話器を肩にはさんで布団を敷くのはなかなか気遣いをする。うっかりほっぺの肉で外線ボタンを押してしまわないとも限らない。急に切れてあわてるよりは、転ばぬ先の杖。と振り返ると、布団は既に延べてあった。そうだ、さっき、お風呂から出てすぐ敷いといたんだっけ。1分か2分って言っちゃったし、その間別なとこに連絡してたりするかもしれないから、もうちょっとしてからかけよ。
約束どおり電話し、また、ねえさんと話し始める。今度はお布団の中で。ねえさんの声を聴きながら眠れる・・・・・・。
小さな物音。足元の部屋の出入り口、その向こうの玄関の方から、聞こえてきた。音を立てないように気をつけたが、かすかに響いてしまったという感じの音だ。
「ねえさん、切らないでいてね。今ね、へんな音、玄関の方からしたの」
玄関の方からって、共同の入り口とかじゃないんでしょ?ちゃんと鍵かけてあるんでしょ?とねえさんは問う。うん、入り口は鍵かかるよ。といいながら、え?でも、あ、ほら、あのホテルみたいな感じ、と言おうとして言えなかった。足元の部屋の出入り口、そのふすまが静かに動くのが見えたのだ。
「・・・誰かが入ってくる」
布団で受話器を覆い、息の声でねえさんにつぶやく。もしもし、なあに、どうしたの?とねえさんにはよく聞こえなかったか、状況に納得できないかどちらからしい。
細く開いたふすまの後ろから僅かに入る明かりで、侵入者の顔は逆光となり、見えない。薄い色の体にぴったりしたタイプのTシャツに細身の濃い色のジーンズ姿、髪は短い。男、だろう。男は静かに確実に近づき、私は電話を切らないように、みつからないように、布団の中に入れた。叫び声がねえさんに届くように、ねえさんが警察を呼んでくれる様に、誰かが助けにきてくれるように、祈りつつ、布団を静かに少しずつ引っ張りあげ、口を鼻を、最後に目を覆い隠れた。
もし、男の手が私に触れたら叫ぼう。近寄る気配。高まる恐怖。ついに男の手が私に触れたか触れないかの瞬間、叫ぼうとした私が声を発することは無かった。声は出なかった。声を出せなかった。声帯は震えなかった。激しかった動悸が弱まるにつれ薄れる意識の中で、ただ思っていた。
ねえさん、ねえさん。
こうして私は死んだ。

あの男は誰だったんだろう。
暗がりの野次馬を見咎めた誰か?
薄暗がりの中で目があったかもしれない誰か?
それとも、ぜんぜん何の関係も無い、何処かの誰か?
もう、知る由も必要もない。 

シークレットウィンドウ

久しぶりに「ランゴリアーズ」のビデオを観た。
何度観ても飽きない、nonstop3時間!

原作を読みたくて探した文庫本は文芸春秋が出していた。
そこに一緒にあった『秘密の窓、秘密の庭』という地味なタイトルの小説。
これは、「ランゴリアーズ」とは別に単独タイトルで出せばいいのに、と思える面白いものだった。
きっと映像でみてみたい、と思った。
あれから何年経っただろう。
今年、映画が封切られた。
映画化決定が一般に報じられたとき、やはりきたか!という感が否めなかった。
まあ、私だけが感じているわけではないことなど先刻承知だけれど、件の文庫は探し当てるまでにそれなりの時間を費やし、ようやく手に入れた(今は既に人に遣ってしまったが)。そこについでのようにあったその小説。当時、それを読んだ人が相当数いるとは考えにくい。
もちろん、キングのファンは原文やら、その他の書物や媒体でその作品を知って映画化を期待していたに違いない。
私はキングの特別なファンではないし、英語も読めない。
ただ、NHKが好きだっただけ。
ただ、そこで「ランゴリアーズ」を放映しただけ。
ただ、それを観ただけ。
そして原作本を探し、出会った。『秘密の窓、秘密の庭』。
そして映像として読んだ。
そして、映画が封切られた。
意外なことは何もない。
やはりやってきた。いつも感じるように、また、この感じ。
次に来るもの、感じている。
きっと、また、「やはり」と思うに違いない。
けれどそのとき、私は遠く他人事として眺めていたい。
いつもそうであったように、これからも静かに一人の楽しみとして、待っていたい。


n゜62

野分のまたの日

電話がなったような気がした。
熱っぽい身体は思うままにならずにすぐには手を伸ばせずにいるうちにその音は消えた。
気のせい?とぼんやりと感じながら、またうとうとと眠りに落ちていった。
電話のライトが瞬いた気がした。
さっきからなんだろうと少し面倒くさい気分のまま、枕もとに置いた電話の受話器を取ろうとしたら別のものが手に触れた。文庫本のような冊子だった。
こんなとこにこんなもの置いた覚えないのにと不思議な気持ちでそれをつかんだ。
白い表紙、白い内紙、装丁見本の中身に使うような、手帳のような、ただ白い厚さ1センチに満たない綴じ紙だった。新しくもなく、古びてもいず、けれど、表紙は捲れあがって、誰かが先に開いたことが一度ならずあるらしいことだけは確かだった。

いろんなこと、嘘ばっかりだ。だから私は嘘つきになった。
偉そうなこと、もっともそうな口ぶりで話す先生。
さも自分の方が長けていると自慢気に教えようとする先輩。
苦労してるから優しくなれるとでも言いたそうに微笑む母さん。
黙ってやるべき事をやればいいだけと無言の言い訳に背中をみせる父さん。
甘えていれば許してもらえると知っているずるい妹。
まっすぐな眼差しで尻尾を振る従順そうな飼い犬。
一週間のそれぞれの務めを終えた週末には家族そろって礼拝へ行く。友達や近所の人と挨拶を交わし、今週も無事に過ごせてお疲れ様と静かな平和に感謝する。
汝の隣人を愛せよ
神父さんのありがたいお言葉に神妙な面持ちの信徒あるいはにわか信者の人々。
思い出すそれらのせいで、私は日曜日が嫌いになった。
あなたのために
と、いろいろと助言やらこごとやらくれた人たち。
嘘だよ。みんなあんたたちが私に向かってそう言うことで満足したかったんだよね。
おまえは劣ってる。おまえは愚かだ。おまえは当てにならない。おまえは頼りない。おまえはなってない。おまえは・・・・・・。
と、私を批判や非難することで自分の位置と優位を確認して安心したかったんだよね。
でも、もう、やりつくしたよね。だから、私のこといらなくなったんだよね。
私を傷め付けることの満足ができなくなった。
意地悪といじめに飽きた。
ぼろぼろで壊れたおもちゃには興味を惹かれず使い道もなくなった。
いらないものは使えないものは思い切りよく捨てて新調しなくちゃね。
私は行くわ、ごきげんよう
「かもめ」のニーナより

いったいこれはなに?
誰がこんなことをここに書いてそしてここへ置いたの?
誰?だれがニーナだっていうの?
また、電話が鳴ったような気がした。
受話器をとろうとしたら、その帳面を落としてしまった。
必要もないけど、反射的に拾う動作に入ってしまったついでにベッドから半身を起こしたら、眼が覚めた。
電話はなっていなかった。
落ちたはずの帳面があるはずもなかった。


n゜55

まじっくかーぺっと?

急に眼球に油でも入ったみたいに視界がかすむ。ドライアイかなあかと思った数分の後に始まる平坦化。

遠近法を無視して様々な物がそれぞれの形と色を同じ権利で主張してくる。
線路脇の木々の葉っぱも遠い建物の看板の文字も冴えてくっきり輪郭が見えてくる。遠くの人も近くの人も同じ濃さで見える。空の雲も青も奥行きがない。刺激が多すぎる。強すぎる。眩しくてうるさくて目を閉じたいのに恐いものみたさ、ついみてしまう。ききたくもないのに聴こえてくるからつい聴き入ってしまう。

騒音の中大きな一枚の絵を目近で微に入り細を穿って見ている様な印象。
とても目をそらせず耳をふさげないので、そのまま景色を眺めていると、さすがに摂取過多、細かな画像と切れ目なく聴こえる音に酔ったような気分になってめまいに似た感覚。

空を見上げた。雲の合間の青空が水面で、ここは小さな池か湖の水の底みたい。そこから、だれかの右手がもし差し出されても、つかんではいけないような気がした。だって、もしかしてその手を引っ張って、この水底へ引きづり込んでしまわないとも限らない。

そういえば、いつだったか、月夜の晩もこうだった。月のそば、7時の方向にある小さい星があまりにくっきり見えて、遠い家並みの窓の明かりがくっきり見えて、坂道をよろよろ歩いたっけ。
そういえば、子供の頃にもあったっけ。
だれかに手を引っ張られて、でも、そこには誰もいなくて。
あ、さっき、誰かが私の手を引いたね。そういえば。

ときどきこうして視力がよくなり、聴力が増し、感触が広がると、見えるもの、思うもの、聴こえるもの、全部の差異がなくなって、一枚の平らな魔法の絨毯。アラビアの夜まで飛んで行く?

n゜119

というわけで

参りました。


n゜44

11年前の手紙(地下鉄都営三田線内幸町~日比谷)

忘れようとすればするほど気になる。誤解だと思おうとすればするほど、正解のような気がしてくる。
人なんて嫌い。
特に紳士淑女面したやさしそうなおとなしそうな人ほど、胡散臭さを感じる。
それはつまり私が下賤たる所以か・・・・・・。
直接言うことがはばかられることなら一生涯私の耳に入れないで欲しい。必要なことなら直接言って欲しい。ある日どこかで何かの拍子に人づてに聴くのは赤面逆上不愉快千万。
信じていた人に裏切られる感触。信じた自分が愚かだったと帰結するしかないけれど、何度も何度でも同じことばかり繰り返しているけど、今までがそうだったからこれからもそうだと思えないことが馬鹿げている一方逃げ道でもあったけど、やっぱり、それも堂々巡りの独りよがり。
地上に生まれてきたのは天国にいられない罪を犯したから?
そうかも、そうかもしれない。
それならきっと長生きすることになりそうだ。
誰も愛してくれなくていいから、誰も愛さないから、やさしい素振りをして他所で批判し遠まわしにここまで届けるというやり方は勘弁してください。
ここまでの道のりにどんな尾ひれが加減乗除されていてもそれを知る方法はないから、ひとまずそれを丸ごと受け入れるしかないのだから。あなたのその批判の真意をたがわず捉えることができるほど私は賢くも冷静でもないのだから。その上あとから直接説明を加えてくれるのも余計に惨憺たる思いを増すばかり。
願わくば愚かさを自覚したつまらぬ生き物を見過ごしやり過ごしたまえ。
このように自分勝手な考えしかできない者を相手にする時間が無駄というもの。
笑顔に覆われた理性と嗜好、二度と見る気になれない。

n゜41

いなかったはずの犬

 朝寝坊した休日、私の部屋には居心地のいい恋人と、旅行にでかけた母からあずかった一匹の老いた雌犬。こんな日は家事なんて何もせず、食事は外で。何かおいしいものを食べにいきたい。
彼はどこかからかかってくるという電話を待っている。そして私に、その電話があった時にすべき返答を繰り返し繰り返し確認する。私はそんな彼が好きだ。真面目に、そして周到な、けれど決して狡猾でない彼のその誠意に、ゆっくりとした休息の日の始まりを仕合せに感じ、さっきからもう何度も聞いている同じ台詞にもほほえんでしまう。
ふと気づく。
そうだ、この一週間は仕事に追われ、この犬に餌をやっていなかったのではないか?いや、この一週間どころではない。母から彼女を預かったのはいつだっただろう?その初めから、まともに餌をやったことなどなかったのではなかったか?
舌を出し、笑顔に見える犬特有のその見上げる顔と眼が合い、私は、なんてことをしてしまったのかと急に我に返り冷やりとした気分になる。のんびりした休日の空気が急に張り詰めた緊張に変わった。とにかくなんとか今すぐ彼女に食べ物をやらなくては!私は焦って冷蔵庫を探る。出てきたのは、スーパーで買った、焼くだけに整形されたハンバーグ。彼女の餌になりそうなものはそれくらいしかない。
何故かうさぎのドライフードはあるのに、犬用のそれはない。餌も用意せずに彼女を預かったというのか。なんてことだ。いったい私は何をしていたんだろう。
「ねえ、どうしよう。ハンバーグ用の肉ひとつしかない。あとはうさぎのドライフードしかないの」
「そうか・・・・・・とりあえず、そのドライフードもやってみたら?いやだったら残すだろうし」
電話を気にしつつも私の慌て様を気遣って彼が言ってくれたように、気休めかと思いつつもそうしてみることにする。餌を入れる容器もなかった。すなわち、今までまともに餌をやらなかったということか・・・・・・。プラスチックの洗面器に肉とドライフードを入れる。罪もなく空腹に堪えさせられている彼女は尻尾をふり、ベランダからガラス越しにその洗面器を見つめている。
あまり慣れているとは信じがたい彼女との関係に少し緊張し、おすわり、と声をかけつつ、ピンクの洗面器を彼女の前に置く。矢張り空腹だったのだ。あっというまに掌ほどの肉が消える。ドライフードは矢張り、口にあわないらしい、そのまま残している。もう、何もない。とりあえず、せめて水でもやろう。
口にしないドライフード入りの洗面器を取り上げる勇気はなかった。母が彼女の食事中に手を出し、5度も噛まれた傷跡を思い出すと、とてもじゃないけど、手を出せない。そもそも彼女は成犬になってから、元の持ち主が家の増築のために居場所をなくしそうだったところを生き物好きな父親がもらいうけたものだ。普段離れて暮らしている私などには懐く由もないのだ。
あとはバケツしかない。水を汲んで、また、ベランダに運ぶ。
やさしい恋人は自分がやると申し出でてくれたが、とても頼めない。万が一彼が手でも噛まれたらと思うと、その無邪気な申し出が余計にありがたく、制止せざるを得ない。私が感謝しつつ拒否するとそれ以上は頓着せず、またしても、電話が掛かってきたらこう言うんだよ、と確認を繰り返す。
なんだろう?一体彼は何の誰からの電話を待ってるの?彼が話すんじゃなくて、私が話しをしないといけない電話なの?何やら釈然としないけれど、今は目の前のこの老いた小さな命の存続が優先処理事項だ。そういえば、餌をやらなかったということは、散歩にも連れて行かなかったということ?どうしたらいいの!こんな大きな犬、私、散歩になんて連れて行けない!ママ、早く旅行から帰ってきて!もう、私、手に負えないよ!
今日初めてまともに世話をしているというのにもう音をあげている自分が情けない。彼とののんびりとした休日がこんなことになるなんてと少し恨みがましい苛立った気持ちにもなる。老いた犬はそんな私の気持ちを知ってか知らずか、水を飲み、私を見上げ、散歩を欲するように尻尾を振る。
と、そこへ、電話のベル。すぐに彼が受話器をとる。そして、ベランダに向いてしゃがんでいた私に声をかける。振り返った私に受話器を差し出し、彼はにっこりと微笑む。わかってるね?なんていうか。彼の微笑みがそう言っている。私はその笑顔をみてなんだか急にほっと安心して、受話器を受け取る。
「もしもし、私・・・・・・」
そして、気づく。この電話は・・・・・・。
私は何故だか急にこみ上げてくる泣きたい気持ちをやっとの思いでこらえながら、彼がさっきからくりかえしていたその言葉を発した。
「パパ、ごめんなさい。いつもありがとう。なかなか会いに行かなくてごめんなさい。でも、私、私・・・・・・、大丈夫、幸せだから。」
なんとか口にし、溢れた涙を瞼で押し出したら、部屋には私独りきり。父も老犬も恋人も既にこの世にはいない。私は浅い眠りから僅かな暑気と共に目覚めた。
彼岸の日。既にいなかったはずのその犬が笑ったように舌を出して私を見つめた。私は目覚め、遅く始まった休日を過ごす。あとで、久しぶりに母に電話しなくちゃ。ママ、私。別に、うん、別に、なんでもない。

Dies irae

Dies irae dies illa
solvet saeclumn in favilla:
teste David cum Sibylla.

Quantus tremor est futurus,
Quando judex est venturus,
Cuncta stricte discussurus!

n゜112

スーパー

毎日ぬくぬく安閑と身勝手に時間も金も費やしているようなやつに、
わかったようなこといって慰められるほど落ちちゃいないよ、おふざけなさんな。
甘ったるい声だして、さもさもやさしい人を装ってるのがますますカンに障っていらいらするってんだよ。
こちとらそん所そこいらの苦労人とは年季が違うんだよ。
ちょこっと何を聞きかじったかしらないけど、知ったような振りして、調子に乗るなってんだ。
だいだい、あんたがいままで何してくれた?
これからだってそうだよ、何してくれるつもりなんだい?
いちいち人の気持ちの中まで覗いてる暇があったら、別のことさっさとおやりよ。
言われてるうちが花さ。
それこそそのうちハナ違いで鼻もひっかけられなくなるってこった。
今日のところはこのくらいで勘弁してやるよ。
まあ、学のない奴に四の五の言っても通じないのは、能力の違いだから気の毒と思ってやるしかないさなあ。
あんた、運がいいよやっぱり。
この程度で済んだんだからさ。
はい、ごくろうさん。

頭の中に字幕のように現れては消えた声
ちぎっては投げ、ちぎっては投げ、ばら撒いてみよっか。
やかましいこと、この上なし。


n゜113

ホーン・ヘルムの大罪

この記事は移転しました。