3.恐ろしい指導者
4人は慶のあとを追って、琴羽を探しに山へ戻って行った。慶に怒られることは分かっていたが、どっちみち琴羽とはぐれてしまったことで大目玉を食らうのは免れないのだから、「もうどうにでもなれ!」という心境だった。琴羽のことが心配で、このままジッとしていられないという自分たちの気持ちを優先させた。
星たちが10分ほど登って行くと、前方から慶が琴羽をおぶって下りて来た。
「おまえら何してんだっ!昼飯の準備しとけって言ったよな?」
「でも・・・心配だったから・・・。」
星が言うと、
「おまえたちが心配なんていう言葉を口にする資格はない!」
かなりキツイ言い方だったし、怒っているオーラ全開だったので、4人はシュンと首をうなだれた。
琴羽は慶の背中から小さな声で、
「ごめんね。」
と謝った。慶はそれを聞いて、
「琴羽が謝ることじゃない!」
キッパリ言い放つと4人に向かって、
「とにかく、戻ってからだ。」
と言って、歩き出した。
慶が持っていた琴羽の荷物を、遼太郎が受け取ろうとすると、
「余計なことするなっ!」
荒々しく手を振りほどかれた。普段の慶とは別人のようで、これは相当怒っているようだ。
宿に着くと、天野も心配そうにやって来た。
「琴羽、大丈夫ですか?」
「はい。すみません。」
琴羽は緊張して答えた。
「応急処置しますから。」
と言って、琴羽を医務室へ連れて行くように指示した。
「部屋で待ってろ。」
慶は星たちに告げてから、琴羽を背負ったまま医務室へ向かった。
部屋に戻った4人は、琴羽が心配なのと、自分たちがしてしまったことへの後悔と、このあとの『おしおき』のことを考えるとただオロオロするだけで、誰も口を開かなかった。いつもなら、おちゃらけて場の空気を和ませている遼太郎でさえ、この非常事態に冗談を言っている場合ではないと頭を抱え込んだ。
10分後、琴羽が部屋に戻って来た。
美鈴「琴羽、大丈夫?」
秋歩「ごめんね。私たち、ひどいことしちゃって・・・。」
遼太郎「悪かったな。」
星「僕がどんどん下りて来ちゃったから・・・。」
琴羽「ううん。ごめんね。私がみんなに着いていけなかったのが悪いの。運動神経鈍いし、のろまだし。いつも足引っ張っちゃって、みんなに迷惑かけてしまって・・・。本当にごめんなさい。」
一生懸命みんなに謝って、今にも泣き出しそうな琴羽は、とてもいじらしく見えた。
そこへ慶が入って来た。
それに続いて天野も!
慶に怒られる覚悟はしていたが、天野が一緒に来たのはまったくの想定外だった。「天野さんはとんでもなく厳しい人だ」という噂はそこらじゅうから耳に入ってくるし、美鈴は今朝、それを身をもって体験した。だいたい『スパルタ何とか』なんていう企画を発案するぐらいだから、よっぽど過激な人に違いない。
5人が顔を引きつらせ直立不動でいるのを見て、
「私はここで見学しているだけなので、そんなにガチガチにならなくても大丈夫ですよ。すべて慶に任せてありますので。」
そう言うと部屋の隅に移動して、腕を組んでみんなの方に視線を送った。
中学生に対しても『です・ます調』の丁寧な言葉遣いをするところが、よく言えば温厚かつ紳士的であり、悪く言えば感情の起伏が分かりにくく、何を考えているのか本性が見抜けない・・・。
美鈴は天野の表情を見て、今朝とは何だか違う印象を受けた。今朝はお説教されて泣かされてしっかりと反省させられたが、そういう厳しさとはうらはらに、ニコニコとした穏やかさが漂っていた。しかし、今の天野は真剣そのもの、とても深刻そうな顔をしている。
慶も天野に監視されていると思うと、内心やりにくいと感じながらも、凛とした態度で話し始めた。
「まずは何が起こったのか、詳しく話してくれないか。」
こういうときは秋歩が頼りになる。暗黙の了解で秋歩が話し始めた。
「時間があまりなくなってしまって、帰り道は急いで下って来たので、一番うしろにいた琴羽のことを気にする余裕がありませんでした。」
琴羽「ごめんなさい。私が悪いんです。だんだんみんなと離れてしまって、頑張って少し早足で下ったら足をくじいちゃったみたいで。みんなの姿が見えなくなって、伝えることもできなくて。登るときもリュックを持ってもらったり、声をかけてもらったり、みんなには迷惑いっぱいかけてるのに、帰りもこんなことになっちゃって・・・。」
星「僕がどんどん下りて来ちゃったから・・・。」
星はさっきからそれしか言っていない。本当にそう思っていた。早く戻らないと怒られると思って、みんなの様子を確認したり、気にして声をかけたりなんて、まったく頭になかった。何しろ「一刻も早く!」という気持ちでいっぱいいっぱいだった。昨日川へ行ったときと同じように、自分の世界に入り込んでしまうと、まわりがすっかり見えなくなってしまうのは星の悪いところだった。
「どうしてそんなに時間がなかったんだ?頂上では十分な時間をとってあったよな?」
慶が不思議そうに聞いてきたが、誰も答えようとしなかった。
「遼太郎、どうなんだ?」
「えっと・・・。」
隠し通せることではないと思いつつ、「みんなで昼寝をしていました」とは言えなかった。
「頂上に着いて少ししたら、あとから登って来たおばさんが体調が悪くなって、みんなで看病したり、話し相手になってたら出発の時間がとっくに過ぎてて、それで慌てて帰って来た。」
遼太郎はペラペラと悪気もなく説明した。
「そんなことがあったのか?大変だったな。でもそれは、琴羽を放ったらかしたのとは別の問題だよな?」
みんなうつむいたままで、部屋の中がシーンと静まり返った。
慶はすぐに、遼太郎が言ったことがうそだと気づいた。当の本人は、とっさに考えた作り話の出来に満足そうだったが、他の4人の呆れたような仕草を見れば、うそだということは一目瞭然だった。
今それを指摘しなかったのは、もちろん天野がいたからだ。天野がその虚偽の言い訳を信じてくれれば、この子たちの罪が少しでも軽くなるという思いが頭をよぎったから。昨夜、美鈴をかばったことで天野からこっぴどく叱られたというのに、それでもこの子たちを守ってしまう親バカのような自分がいるのが事実だった。
美鈴“何で遼太郎、うそつくのよ!どうせバレて、そのときもっと怒られるのが分かんないのっ?”
秋歩“えっ?みんなこのくだらないうそに合わせるの?私だけ裏切るようなことはできないし・・・。”
琴羽“お昼寝していて寝過ごしたっていうよりはいいかもね。”
みんな思うところはいろいろあった。
「午後の作業は中止して、昼食のあとは部屋で反省会するように。」
「・・・・・。」
「返事は?」
「はい。」
星が代表するように「はい」と答えた。
慶は事実確認を済ませると、それについて説教するでも、おしおきするでもなく、5人に背を向け天野のところへ行った。
「あとで反省内容を確認しようと思います。」
「分かりました。今回の件は、すべて慶の指導不足が原因です。もっと重大なことになっていた可能性もある、というのは理解していますよね?リーダーとして、今後のことはあなた自身がしっかりと考え直してください。」
天野は突然右手を大きく振り上げ、慶の左の頬にビッシィーン!と平手を打ちつけた。慶はよろけて少し顔をゆがめたが、また真っすぐに天野の方に向き直った。
ビッシャーン!今度は右の頬に勢いよく平手が飛んできた。
ビッシャーンッ!!さらに左の頬にもう1発。
慶は動じることなく、
「すみませんでした。」
と頭を下げた。
5人は信じられない光景を目の当たりにして、ポカーンと口を開け慶の真っ赤になった痛々しいほっぺたを見つめた。
“何で?全部僕たちが悪いのに、天野さんは僕たちのことを怒らないで、何で慶くんを叩いたの?慶くんは全然悪くないのに・・・。”
星は慶がかわいそうになり、天野に詰め寄りたい気持ちでいっぱいだったが、『天野さん=恐ろしい人』というイメージが強すぎて、抗議する勇気が出なかった。そんな中、大胆不敵、いや勇敢にも美鈴が天野に食ってかかった。
「慶さん悪くないのに、どうしてぶたれなきゃいけないんですか?朝の話と関係があるんですか?」
「君たちを驚かせてしまいましたね。すみませんでした。美鈴、朝の話とはまったく関係はありませんよ。携帯の件に関しては、あなたがしっかりと反省したことを私は認めています。慶たちリーダーというのは、その班の責任をすべて担っていますので、今回慶が悪くないとしても、罰を受けるのは仕方ないことなんですよ。社会というのは、そういうことも常々起こり得るということを、君たちも覚えておくといいでしょう。まあ言ってしまえば、理不尽ということなんですけどね。
慶が私にビンタされたのを見て、君たちも感じることは多々あるでしょう。それを胸に刻んで、間接的ではありますが、しっかり反省して今後に繋げていってください。慶が君たちの目の前でおしおきを受けたことが無駄にならないように。私と1対1ならまだしも、誰かのいる前で罰を受けるというのは相当こたえると思います。ましてやそれが君たちとなると、慶のプライドはズタズタになりますし、威厳もなくなってしまいますからね。私の場合はあえてそういった試練を与えているので、挫折していく者も多いのが現状です。
あっ、それからもう1つ。悪いことをした人やうそを平気でつくような人の肩をもつという行為に関しては、私は絶対に許しません。学習能力を見につけてほしいものですね。まったく反省していないというのは、叱る側に原因があることなので、さらに厳しくせざるを得ないのは当然ことで・・・。美鈴にはこの意味が理解できると思いますが。」
美鈴は自分のせいで慶が退会させられそうになったことを思い返し、それでも納得がいかないようで、
「でも、私たちは怒られないのに、慶さんばっかり・・・。」
「誰が君たちのことを怒らないなんて言いましたか?君たちは慶からたっぷりとおしおきを受ける必要があります。私はこれで退散しますので、あとは慶の指示に従ってください。どうしても私から罰を受けたいという者がいれば、同じように強烈な往復ビンタをプレゼントしますが、どうしますか?」
5人は慶の両頬にくっきりと赤い手形がついているのを見て、それだけは避けたいと思った。
「冗談です。私は子供には手を上げない主義ですので、今の言葉を撤回します。中学生の諸君は、お尻におしおきされるのが一番ですからね。あいにく私は、お尻叩きは苦手なので。」
そう言うと慶の肩をポンポンと叩き、朝、美鈴に見せたのと同じニコニコした笑顔で部屋から出て行った。
つづく