2.洗礼を受ける
こうやって誰かに指摘されなければ、今回のこともただ「遅刻しちゃった…」というだけで、何のおとがめもなく通り過ぎてしまったのだろう。言っていることとやっていることが、まったくかみ合っていない。
星の前では先生面して、お説教やおしおきまでしておきながら、自分には甘すぎる。それは月美自身よく分かっているのだが、今まで見て見ぬふりをしてきてしまった。表の顔と裏の顔なんて言ってられない。人間性の問題だ。
「月美さん、反省できたのであれば、おひざに。そうでなければ、もう少しお話しなければなりませんが。」
「おしおき受けなければいけませんか?お説教だけで充分反省できました。」
「本当ですか?」
「はい。」
「反省したというのは、もう二度と同じことを繰り返さないということですが、大丈夫ですか?」
「はい・・・たぶん。」
「たぶん?ですか?それは聞き捨てなりませんね。自信をもって「はい。」と言えないのであれば、やはりお尻にきちんと言い聞かせる必要がありますが、どうですか?」
「・・・・・。」
月美は二度と遅刻をしない自信なんてなかったし、それを「大丈夫です!」と言い切ってしまう度胸も持ち合わせていなかった。これ以上時間をかけて眞木野と話をしたところで、自分が悪かったことに変わりはなく、かえってどんどんボロが出てしまいそうだったので、仕方なくひざに乗ることに決めた。
実は昨夜、休みの前日ということで、朝方まで動画配信を見てしまった。もう少し早く起きるつもりだったのに、布団から出られないどころか目覚ましの音にまったく気づかなかった。明らかに自己管理不足だ。だいたいのところ想像はついているのだろうが、眞木野にはこの寝坊した理由は伏せておきたかった。
「すみませんでした。おしおき受けます。」
消え入りそうな声で告げると、
「分かりました。自分の行いを反省し、叱られたことを納得したうえでおしおきを受ける、と考えていいんですよね?」
「はい。」
眞木野はしょんぼりとうつむいている月美の腕を引き寄せ、サッとひざの上に横たわせた。
今日は慌てていたので、クローゼットの中からパッと選んだひざ丈のスカートを履いてきてしまった。これでは、おしおき中にスカートがずれ上がって、太ももや下手すればパンツまで見えてしまうかもしれない。眞木野のひざに乗ったとき初めてそのことに気がつき、スカートのすそを手で押さえながら後悔した。
“何も考えてなかった・・・。前回みたいにジーパン履いてくればよかった・・・。”
おしおきされることは、いくらか頭の片隅にあったものの、その状況を思い描くことができなかった。
「さっき言いましたが、この間よりも少し強めに30発叩きます。」
スカートの上からお尻に手を当てられた。恥ずかしすぎて、胸のドキドキが高まるのを感じた。
「いきますよ。」
声をかけられ、バチン!と平手が打ち下ろされた。声をあげるほどではなかったが、確かに前回のパンパンパンという軽い感じではなかった。
バチンッ、バチンッ、バチンッ・・・・・
10発叩き終わったところで手が止まり、
「月美さん、お尻は痛いですか?このくらいの痛みでは、しっかりと反省できないですよね?もう少し強く叩きますね。」
月美は何も答えていないのに、眞木野は自問自答すると、今度は右手を高い位置から振り下ろした。
バッチーンッ!
「痛っ!」
思わず声が出てしまうほど、さっきよりも強さが増していた。
バッチーンッ!
「うっ・・・」
バッチーンッ!
「うぅっ・・・」
バッチーンッ!
「いったぁ・・・」
案の定、途中でスカートがめくり上がり一度整えられてから、残りの回数も同じぐらいの強さで叩かれた。最後の1発を強めに叩かれたあと、ひざの上に寝かされたままお説教が始まった。
「寝坊した理由はあえて聞きませんが、思い当たる節はあるはずです。そこのところを改善していかなければ、何の意味もないことは分かりますよね?今日のお尻の痛さを思い出して、今後気を引き締めていきましょうね。
とは言っても、このくらいのおしおきでは、お尻が痛いのなんてすぐに忘れてしまうでしょう。ご希望ならばいつでも追加のおしおきを引き受けますので、これで終わりだとは思わずに良い意識を継続していってください。私も陰ながら見守っていますので。」
眞木野の場合、見守るなんて生易しいものではない。少しでも怪しいと感じれば、問いただされ即刻おしおき対象になってしまうのだが・・・。
痛いのと恥ずかしいのと、それに加えて自責の念が入り混じって、ひざから下ろされたあと、月美はどんよりとした気分に包まれた。
「はい、しっかりとおしおき受けることができましたね。同じことを繰り返すと、次は今日以上に厳しくなるので気をつけましょうね。」
いつもの優しい眞木野の口調に戻っていた。
月美が何も答えられずにいると、念を押すように、
「分かりましたか?」
と顔をのぞき込んで確認され、慌てて「はい。」と返事をした。
「よかったです。」
眞木野は満足したように大きくうなずき、本日のヒーリングタイムは終了となった。
たった今、自分のお尻をあんなに力いっぱい叩いた人とは思えないくらい優しく微笑みかけられ、月美はすぐに気持ちを切り替えることができずに、困惑したまま部屋を出た。
トレーニングルームを見ると、芳崎がお客さんに指導している姿が目に入った。前回の体験のときには、ぶっきらぼうでいい加減な人のように思えたが、真剣な表情で汗を流しているのを見て、同一人物とは思えないほどだった。
遅刻してトレーニングはさせてもらえず、お説教とおしおきだけで終わる自分と、和気あいあいと体を動かし、充実した時間を過ごしている目の前の2人を比べてしまい、ますます落ち込み後悔した。
“今日はおNewのトレーニングウェアを着ようって、張りきっていたのに・・・。”
改めて自分が情けなくなった。
次回の予約を取るのに、眞木野が見ている帳面をチラッとのぞいてみると、空き時間が少しあるだけで予約がビッチリ入っていた。
“ああ、ここってこんなに流行ってるんだ。”
月美は勇気を出して眞木野に聞いてみた。
「今日の私みたいなパターンって、他の人でもありますか?」
「おしおきだけで帰る人ですか?」
「・・・はい。」
「中学生ではいますけど、大人では初めてですね。」
「そうですよね・・・。」
「月美さんは私から見れば中学生みたいなものですから、気にしなくて大丈夫ですよ。」
「そんな・・・。」
「問題はこれからですからね。今日のおしおきが効いてくれればいいんですが。」
眞木野は月美の反応を楽しむようにニコッと笑った。
「大丈夫です・・・。」
どう見ても心もとない表情で月美は答えた。
来週日曜日、am10:00に予約が取れた。眞木野は腕を組んで心配そうに、
「今日より1時間早い時間ですが大丈夫ですか?それとも夜の時間でしたら空いてますよ。」
「大丈夫です。」
今度はキッパリと答えた。・・・つもりだったが、心の中は不安でいっぱいだった。
「それでは、次回はくれぐれも遅刻しないでくださいね。今日よりもっと厳しくしなければなりませんから。女性を泣かせるのは、私の意に反するところですので。」
月美は笑って軽く受け流したかったが、そうする余裕などあるはずもなく、引きつりながら「はい。」と答えるのがやっとだった。
“眞木野さん、怖すぎる・・・。”
電車の中で座席に腰を下ろすと、お尻に違和感を覚えた。
“結構強く叩かれたから・・・。20才にもなってもう大学生なのに、あんな風にお尻を叩かれるなんて・・・。思い返すと、やっぱりものすごく恥ずかしい。今日なんてきっと、パンツまで見えちゃっただろうし・・・。”
自分が悪いことをした罰としてお尻を叩かれ、心から反省しようという気持ちになれたのは事実である。この非日常的であまり現実味のない『おしおき』に対して、痛くて恥ずかしい思いはしたけれど、それほど強い嫌悪感を抱かずに受け入れることができた。
それは、月美が単純・・・いや素直でウブだったからに違いない。
おわり