翌朝、マールは早々と目を覚ました。
朝日が目に飛び込んできたからだ。
部屋を見渡しても、いつもの朝に、
いつもの机。いつものベットしかない。
「・・・やっぱり、夢か。」
さわやかな朝の目覚めの第一声がぼんやりした頭でのため息。
時計を眺め、時間を確認。
「7時か・・・。もう、学校に行かなくてもいいと思ったんだけどな・・・。」
マールは、魔法の世界へといざなわれ
しばらくそこで生活するという夢を見ていた。
本来今日は休日だということも忘れ、肩を落としている。
「はぁ・・・。ん?」
時計を
よく、見てみると針が動いていない。
「ヤバ!本当は何時だ!!」
トン、トン、トン、トン
4回、ノックする音が聞こえた。
「はい、は~い。父さん、起きていますよ!」
マールはいつものように、
朝、起こしに来てくれる父に向かって挨拶をした。
するとドアの向こうから聞こえてきたのは父の声ではない。
「おはよう。俺だよ、マール」
友人ニコスの声だった。
「開けてもいいかい?」
マールは、少し迷ったもののすぐに返事をした。
「あ、、、うん。いいよ。」
ニコスは多少寝癖頭ではあるものの
しっかりとした執事服を着ている。
「よく、眠れたか?」
「あ、うん。眠れた・・・。」
マールはまだ夢を見ているのかと、半信半疑だ。
そういえば、昨日はそのまま部屋に招待され眠ったんだっけ。
と、昨日の事を思い起こすように自分に諭した。
「マール、そろそろ朝食にしよう!そこ、どいてくれるか?」
そうマールに言うと、
ニコスはポケットにあるダイヤのトランプを取り出し
ぶつぶつとなにやら言いはじめた。
クラブのカードはニコスの手元から離れ
部屋の中に大きな竜巻を引き起こす。
見る見る間に部屋の家具やカーテン、ベット、枕が飛ばされてゆき、
クラブのカードの中に吸い込まれてゆく。
あまりの急な事に、マールはあわてて腕を構えた。
「うゎ・・・」
風が止んだとき、部屋はがらんとしていて
部屋の隅にある大きな窓から太陽の光が差し込んでいる。
マールは憧れにも尊敬にも似た目でニコスを見ながら聞いた。
「すごいな!ニコス!それも魔法?」
「ん?」
ニコスはダイヤのカードをトランプの中にしまいながら答えた。
「そうさ!このトランプ、マスターが作ってくれた世界に一組しかない魔法のトランプなんだぜ?」
いつになく感激が混じった声でマールは問う。
「そのトランプで幻を見せているの?」
トランプの性能に興味津々だ。
「実はね、幻じゃないんだよ。いろんな道具が収納できるようになっているんだ。俺の場合は絵柄で収納しているものを分けてるんだ。」
「へ~?まめなんだね。それ、僕にも使えるのかい?」
すると、ニコスは頭を掻きながら目を細め、申し訳なさそうに答えた。
「これ、俺の変身の力を源にしているから人間には使えないんだ。ごめんな」
「そう・・・。」
マールはなんだか
遊園地でもらったばかりの風船を飛ばしてしまった
子どものような顔をしてニコスを見ている。
「大丈夫だって!マスターが何か教えてくれるさ!
なんてったってあの人はこの世界で13本の指に入るくらいの大魔法使いだからな!」
ニコスは背筋が反り、とても誇らしげだ。
・・・13本?
「13本って、指、けっこう多いね」
「ま、気にすんな!さぁ、朝食にしよう!大広間に行くぞ」
ニコスのこんな適当さが、マールには心地がいい。
マールのいた部屋の上の階には大広間があり2人は広間に向かっていった。
「さぁ、どうぞ、お客人!」
気取ったニコスが大きな扉を開けマールを招待してくれた。
大広間に入った2人。
部屋は数人で使うにはもったいないくらいの広さで、
中央には白いテーブルクロスのかかった長テーブル、
ろうそくたていくつも乗っている。
椅子はなぜか何十も用意されてあり、
中央にある新鮮な果物を取り囲むように
席には白く輝く真っ白なお皿が並べてある。
マールが天井を見上げると、
天井には美術館に置かれているような
神秘的な絵が飾られていて
2つ顔がある少年が
強大な悪魔に槍を向けている姿が描かれている。
ご馳走に隠れてよく見えなかったが
一番奥の席には、ドクが座っていた。
「おはよう。マール君、ニコス」
長いひげをいじりながらドクは、
部屋に入ってきた2人に言った。
「マール、ここに座りなよ。」
ニコスはマールに入り口近くにある席を勧めた。
ドクの席からはずいぶん遠い。
マールが座ったのを確認すると、ニコスはマールの隣の隣の自分の椅子を引いた。
マールの席にはパンに、目玉焼き、
それにたくさんの色で飾られたフルーツの盛り合わせがある。
そんな彩られた朝食を前にマール目は沈んでいた。
「魔法のこと気にしてるのか?」
ニコスは、マールの顔を覗き込み心配そうだ。
「あ、うん。ありがとう。でも違うんだ。夢じゃないんだなって思ってさ。」
ニコスは首をかたげながらマールの隣の席に座った。
2人が席に着くと、用意されていた空の皿が消え
テーブルがガタガタと動き出す。
テーブルクロスごとシュるシュると音を立て、
長テーブルはちょうど、3人が食事するには十分な大きさへと変化した。
そんな大きな変化が目の前で起こったにもかかわらずマールの顔には変化がない。
「では、いただくとしようかの。マール君遠慮せずに食べなさい。」
「・・・ありがとうございます。」
ドクの食事前のお祈りが終わり、
マールはドクに勧められるまま最初にパンを千切り小さなカケラをほおばった。
広間の大きな窓は普通の人の3倍はある大きさで
太陽の光をイヤと言うほど浴びている。
マールは誰とも目をあわすこともなく部屋中を眺め、
黙々と口を動かしていた。
「あの・・・」
しばらくして、マールはおもむろに、溜め込んできた疑問をドクに投げかけた。
「あの、僕、家に帰れますか?」
ドクは、不思議そうな顔をして
ひげをいじりながらマールの目を見て言う。
「もう、帰りたくなったのかの?」
「あ、いえ、」
少し残念そうな、ドクの様子を前にマールの視線は上がらない。
「父さんに、お父さんに何も言わずに出て来たから後で怒られるなって思って。」
その様子はひどくおびえていて、目が泳いでいる。
「お父さん怖いのかい?」
ニコスが聞いてきた。
「うん。ルールや規則を守らないとすごく怒るんだ。『~しなさい、言うことが聞けないのか』ってね」
ドクは、にっこり笑うとマールの不安を取り除く会話を始めた。
「大丈夫じゃよ。研究室の扉を見たかの?」
「はい。あの何もない扉ですね?」
「あの扉は、ちょっと変わった奴が造った扉でな、最初にくぐった時に戻るんじゃ。」
「最初の時?」
「マール君の場合じゃと、昨日の晩じゃな。じゃから安心していいんじゃよ。」
「本当?」
マールの目はさっきまでと違い輝きを取り戻した宝石のように輝いている。
「あぁ。じゃから安心していいんじゃよ。もし帰りたい時はあそこをくぐりなさい。」
そう聞くと、マールは安心し笑みがこぼれた。
続けてドクは言う。
「じゃがな、あの扉は意思に反応する扉で通りたいと思わないと通過できないのじゃ。通過できる人にはドアノブが見えるのじゃがマールにはそれが見えたかの?」
そう言えば『研究室』と書かれた扉、
マールの記憶の中にはドアノブのないイメージしかない。
「戻りたいと本気で思った時、あの扉にはドアノブが現れ開くんじゃな。」
「はぁ・・・。」
反射的にでたその返事には戻りたいなんて思える自信がない意思が顕著に現れている。
戻れないなら戻れないでいい。学校という生活は辛い。
「この世界に来たとき、最初からノブがあったじゃろ?新しい世界に行きたいとマール君が望んだからなんじゃよ。」
マールは黙り込み、うつむいてしまった。
そんな様子を察してかドクは話題を変えた。
「せっかく魔法の世界に来たんじゃ。ニコスと共に試練の旅に出てみてはどうじゃ?」
「・・・試練・・・?」
聞こえない声でマールはつぶやく。
「そのうちに、ドアノブを見ることができるようになるかもしれんのう。」
正直、そんなことはどうでもよかった。
だけど、魔法の世界の旅行その言葉を聞いたとたん、直に触れることのできる希望。
マールは右手のフォークを強く握った。
まだ分からないけど、
今までとは違う生活を得ることができるのだと確信し、体が震えた。
マールが何気なく口に入れた目玉焼きは塩の焼ける香りがし、とてもおいしい。
食事も後半に差し掛かり、ドクが次なる口を開いた。
「実はね、マール君、ニコスは13になると、屋敷の北にある大きな街で大切な儀式を受けなければならんのじゃがニコスはその街が嫌いでの、まだ儀式に行っていないのじゃよ。わしは屋敷の管理人じゃからここを離れられん。旅の出発がてらまず、ニコスを引っ張っていってやってくれんか?」
しばらくマールはニコスの顔を見つめ、考え込んだ後ドクに言った。
「もちろん!」
「では、早速旅の準備じゃ!着替えは隣の部屋に用意してあるから好きに使ってくれればいいぞ。」
ドクに言われた時、マールは自分の姿を眺めた。
さすがに普段の姿では旅する自信がない。
食事を終えると、マールは隣の部屋へと向かおうと立ち上がった。
ニコスを待とうとしばらく扉の前にいるとニコスは大きな声で言う。
「俺、マスターに用があるから先に行っててくれ。」
なんだかピリピリしている。
広間の扉は大きな扉だが思っていたよりも重くなく片手で押すと簡単に開いた。
「マスター、どうして彼に嘘をつかれたのですか?」
ニコスはかなり、不機嫌そうにドクに問いかける。
「何のことじゃ?」
「私を出汁にして彼に旅をさせるなんて。」
彼の声は歯を食いしばり声を出しているような感じだ。
「半分は正解じゃろう?」
「からかうのは止めてください、彼に本当のことは言わないおつもりですか?」
ニコスは鼻息が荒くなり、怒っているようにしか見えない。
ドクは少し考え込むように大きく息を吐くと、ニコスに諭した。
「今の彼に真実を言うことが本当に正しいとは思えんのじゃ。」
その言葉にニコスの言葉はやわらかくなる。
「どういうことです?」
早口調だが、さっきよりは落ち着いている。
ドクはまるで赤ん坊を見つめる父のようにやさしく言う。
「運命を変えたいと願っている者に運命の押し付けはしていいものかどうかと言うことじゃ。」
「運命・・・いじめ・・・のことですか?でも・・・。」
「ニコスはマジメなんじゃな。他人には傷ついているように見えないものでも本人にはわからないもんじゃよ。今の彼には自由に道を歩くための意志の力が必要なんじゃ。どんな事にも打ち勝つ力がな。」
ニコスは黙ってドクの顔を見つめ、口元が曲がっている。
「例えそれが決められた道だったとしても、自分で決めたのならば歩いていけるもんじゃ。人とはそういうものなのじゃよ。ニコスや、彼を思うならしばらく黙っていてやってくれんか。」
「・・・はい。」
「すまんなニコス、いくらわしがここの管理人だとは言っても、お前にこの出来事を一任してしまって。」
ドクは腰を丸くしながらニコスの頭に手を伸ばし頭をなではじめる。
そんなドクに対し、ニコスは背筋を伸ばし答えた。
「いえ、初めてここへ来た頃より決めていたことですから。」
その姿は彼の実際の身長よりも大きく見せていたが、言葉はどこか遠くのほうを向いている。
ニコスの頭をなでながらドクは言った。
「縁とは不思議なものじゃのう。不思議な力が働いてうまく絡み合うようにできておる。それが例え望まなかったとしてもな。」
老人の目は今にも泣きそうなくらい潤んでいる。
「遅かれ早かれ彼も知ることになるじゃろう。わしらが彼を招待した訳を。そのときは彼を支えてやってくれよ、ニコス」
「はい、もちろんです。マスター」


