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魔法!発動!



翌朝、マールは早々と目を覚ました。

朝日が目に飛び込んできたからだ。


部屋を見渡しても、いつもの朝に、

いつもの机。いつものベットしかない。


「・・・やっぱり、夢か。」

 

さわやかな朝の目覚めの第一声がぼんやりした頭でのため息。

時計を眺め、時間を確認。

 

「7時か・・・。もう、学校に行かなくてもいいと思ったんだけどな・・・。」

 

マールは、魔法の世界へといざなわれ

しばらくそこで生活するという夢を見ていた。

本来今日は休日だということも忘れ、肩を落としている。

 

「はぁ・・・。ん?」

 

時計を

よく、見てみると針が動いていない。

 

「ヤバ!本当は何時だ!!」

 

 

トン、トン、トン、トン

 

4回、ノックする音が聞こえた。

 

「はい、は~い。父さん、起きていますよ!」

 

マールはいつものように、

朝、起こしに来てくれる父に向かって挨拶をした。

 

 

するとドアの向こうから聞こえてきたのは父の声ではない。

 

「おはよう。俺だよ、マール」

 

友人ニコスの声だった。

 

「開けてもいいかい?」

 

マールは、少し迷ったもののすぐに返事をした。

 

「あ、、、うん。いいよ。」

 

ニコスは多少寝癖頭ではあるものの

しっかりとした執事服を着ている。

 

「よく、眠れたか?」 

「あ、うん。眠れた・・・。」

 

マールはまだ夢を見ているのかと、半信半疑だ。

そういえば、昨日はそのまま部屋に招待され眠ったんだっけ。

と、昨日の事を思い起こすように自分に諭した。

 

「マール、そろそろ朝食にしよう!そこ、どいてくれるか?」

 

そうマールに言うと、

ニコスはポケットにあるダイヤのトランプを取り出し

ぶつぶつとなにやら言いはじめた。

 

クラブのカードはニコスの手元から離れ

部屋の中に大きな竜巻を引き起こす。

見る見る間に部屋の家具やカーテン、ベット、枕が飛ばされてゆき、

クラブのカードの中に吸い込まれてゆく。

 

あまりの急な事に、マールはあわてて腕を構えた。

 

「うゎ・・・」

 

風が止んだとき、部屋はがらんとしていて

部屋の隅にある大きな窓から太陽の光が差し込んでいる。

 

マールは憧れにも尊敬にも似た目でニコスを見ながら聞いた。

 

「すごいな!ニコス!それも魔法?」

 

「ん?」

 

ニコスはダイヤのカードをトランプの中にしまいながら答えた。

 

「そうさ!このトランプ、マスターが作ってくれた世界に一組しかない魔法のトランプなんだぜ?」

 

いつになく感激が混じった声でマールは問う。

 

「そのトランプで幻を見せているの?」

 

トランプの性能に興味津々だ。

 

「実はね、幻じゃないんだよ。いろんな道具が収納できるようになっているんだ。俺の場合は絵柄で収納しているものを分けてるんだ。」

 

「へ~?まめなんだね。それ、僕にも使えるのかい?」

 

すると、ニコスは頭を掻きながら目を細め、申し訳なさそうに答えた。

 

「これ、俺の変身の力を源にしているから人間には使えないんだ。ごめんな」

 

「そう・・・。」

 

マールはなんだか

遊園地でもらったばかりの風船を飛ばしてしまった

子どものような顔をしてニコスを見ている。

 

「大丈夫だって!マスターが何か教えてくれるさ!

なんてったってあの人はこの世界で13本の指に入るくらいの大魔法使いだからな!」

 

ニコスは背筋が反り、とても誇らしげだ。

 

・・・13本?

 

「13本って、指、けっこう多いね」

 

「ま、気にすんな!さぁ、朝食にしよう!大広間に行くぞ」

 

ニコスのこんな適当さが、マールには心地がいい。

マールのいた部屋の上の階には大広間があり2人は広間に向かっていった。
 

「さぁ、どうぞ、お客人!」

 

気取ったニコスが大きな扉を開けマールを招待してくれた。

大広間に入った2人。

 

部屋は数人で使うにはもったいないくらいの広さで、

中央には白いテーブルクロスのかかった長テーブル、

ろうそくたていくつも乗っている。

椅子はなぜか何十も用意されてあり、

中央にある新鮮な果物を取り囲むように

席には白く輝く真っ白なお皿が並べてある。

 

マールが天井を見上げると、

天井には美術館に置かれているような

神秘的な絵が飾られていて

2つ顔がある少年が

強大な悪魔に槍を向けている姿が描かれている。

 

ご馳走に隠れてよく見えなかったが

一番奥の席には、ドクが座っていた。

 

「おはよう。マール君、ニコス」

 

長いひげをいじりながらドクは、

部屋に入ってきた2人に言った。
 

 

「マール、ここに座りなよ。」
ニコスはマールに入り口近くにある席を勧めた。

ドクの席からはずいぶん遠い。

マールが座ったのを確認すると、ニコスはマールの隣の隣の自分の椅子を引いた。
 
マールの席にはパンに、目玉焼き、
それにたくさんの色で飾られたフルーツの盛り合わせがある。
そんな彩られた朝食を前にマール目は沈んでいた。
 
「魔法のこと気にしてるのか?」
ニコスは、マールの顔を覗き込み心配そうだ。

「あ、うん。ありがとう。でも違うんだ。夢じゃないんだなって思ってさ。」
 
ニコスは首をかたげながらマールの隣の席に座った。
 
2人が席に着くと、用意されていた空の皿が消え
テーブルがガタガタと動き出す。
テーブルクロスごとシュるシュると音を立て、
長テーブルはちょうど、3人が食事するには十分な大きさへと変化した。
そんな大きな変化が目の前で起こったにもかかわらずマールの顔には変化がない。
 
「では、いただくとしようかの。マール君遠慮せずに食べなさい。」
 

「・・・ありがとうございます。」

 
ドクの食事前のお祈りが終わり、
マールはドクに勧められるまま最初にパンを千切り小さなカケラをほおばった。
 
広間の大きな窓は普通の人の3倍はある大きさで
太陽の光をイヤと言うほど浴びている。
マールは誰とも目をあわすこともなく部屋中を眺め、
黙々と口を動かしていた。
 

 

「あの・・・」
しばらくして、マールはおもむろに、溜め込んできた疑問をドクに投げかけた。

「あの、僕、家に帰れますか?」

ドクは、不思議そうな顔をして

ひげをいじりながらマールの目を見て言う。

「もう、帰りたくなったのかの?」
「あ、いえ、」

少し残念そうな、ドクの様子を前にマールの視線は上がらない。
 
「父さんに、お父さんに何も言わずに出て来たから後で怒られるなって思って。」
その様子はひどくおびえていて、目が泳いでいる。

「お父さん怖いのかい?」
ニコスが聞いてきた。
「うん。ルールや規則を守らないとすごく怒るんだ。『~しなさい、言うことが聞けないのか』ってね」
 

ドクは、にっこり笑うとマールの不安を取り除く会話を始めた。
 

「大丈夫じゃよ。研究室の扉を見たかの?」
 

「はい。あの何もない扉ですね?」

 

「あの扉は、ちょっと変わった奴が造った扉でな、最初にくぐった時に戻るんじゃ。」

 

「最初の時?」

 

「マール君の場合じゃと、昨日の晩じゃな。じゃから安心していいんじゃよ。」
 

「本当?」
 

マールの目はさっきまでと違い輝きを取り戻した宝石のように輝いている。
 

「あぁ。じゃから安心していいんじゃよ。もし帰りたい時はあそこをくぐりなさい。」

 

そう聞くと、マールは安心し笑みがこぼれた。

 

続けてドクは言う。

 

「じゃがな、あの扉は意思に反応する扉で通りたいと思わないと通過できないのじゃ。通過できる人にはドアノブが見えるのじゃがマールにはそれが見えたかの?」
 

そう言えば『研究室』と書かれた扉、

マールの記憶の中にはドアノブのないイメージしかない。
 

「戻りたいと本気で思った時、あの扉にはドアノブが現れ開くんじゃな。」
 

「はぁ・・・。」
 

反射的にでたその返事には戻りたいなんて思える自信がない意思が顕著に現れている。

戻れないなら戻れないでいい。学校という生活は辛い。
 
「この世界に来たとき、最初からノブがあったじゃろ?新しい世界に行きたいとマール君が望んだからなんじゃよ。」
 
マールは黙り込み、うつむいてしまった。

そんな様子を察してかドクは話題を変えた。
 
「せっかく魔法の世界に来たんじゃ。ニコスと共に試練の旅に出てみてはどうじゃ?」

 

「・・・試練・・・?」

聞こえない声でマールはつぶやく。

 

「そのうちに、ドアノブを見ることができるようになるかもしれんのう。」
 
正直、そんなことはどうでもよかった。
だけど、魔法の世界の旅行その言葉を聞いたとたん、直に触れることのできる希望。
マールは右手のフォークを強く握った。
まだ分からないけど、
今までとは違う生活を得ることができるのだと確信し、体が震えた。
マールが何気なく口に入れた目玉焼きは塩の焼ける香りがし、とてもおいしい。
 
食事も後半に差し掛かり、ドクが次なる口を開いた。
「実はね、マール君、ニコスは13になると、屋敷の北にある大きな街で大切な儀式を受けなければならんのじゃがニコスはその街が嫌いでの、まだ儀式に行っていないのじゃよ。わしは屋敷の管理人じゃからここを離れられん。旅の出発がてらまず、ニコスを引っ張っていってやってくれんか?」
 

しばらくマールはニコスの顔を見つめ、考え込んだ後ドクに言った。

「もちろん!」

 

「では、早速旅の準備じゃ!着替えは隣の部屋に用意してあるから好きに使ってくれればいいぞ。」

 
ドクに言われた時、マールは自分の姿を眺めた。 
さすがに普段の姿では旅する自信がない。

 
食事を終えると、マールは隣の部屋へと向かおうと立ち上がった。

ニコスを待とうとしばらく扉の前にいるとニコスは大きな声で言う。
「俺、マスターに用があるから先に行っててくれ。」

なんだかピリピリしている。

 

広間の扉は大きな扉だが思っていたよりも重くなく片手で押すと簡単に開いた。

 

 
「マスター、どうして彼に嘘をつかれたのですか?」


ニコスはかなり、不機嫌そうにドクに問いかける。
 

「何のことじゃ?」
 

「私を出汁にして彼に旅をさせるなんて。」
 

彼の声は歯を食いしばり声を出しているような感じだ。
 

「半分は正解じゃろう?」
 

「からかうのは止めてください、彼に本当のことは言わないおつもりですか?」
 

ニコスは鼻息が荒くなり、怒っているようにしか見えない。
 

ドクは少し考え込むように大きく息を吐くと、ニコスに諭した。
 

「今の彼に真実を言うことが本当に正しいとは思えんのじゃ。」
 

その言葉にニコスの言葉はやわらかくなる。
 

「どういうことです?」

 
早口調だが、さっきよりは落ち着いている。

ドクはまるで赤ん坊を見つめる父のようにやさしく言う。

  

「運命を変えたいと願っている者に運命の押し付けはしていいものかどうかと言うことじゃ。」
 

「運命・・・いじめ・・・のことですか?でも・・・。」

 

「ニコスはマジメなんじゃな。他人には傷ついているように見えないものでも本人にはわからないもんじゃよ。今の彼には自由に道を歩くための意志の力が必要なんじゃ。どんな事にも打ち勝つ力がな。」

 

ニコスは黙ってドクの顔を見つめ、口元が曲がっている。

 

「例えそれが決められた道だったとしても、自分で決めたのならば歩いていけるもんじゃ。人とはそういうものなのじゃよ。ニコスや、彼を思うならしばらく黙っていてやってくれんか。」
 
「・・・はい。」
 

「すまんなニコス、いくらわしがここの管理人だとは言っても、お前にこの出来事を一任してしまって。」

 

ドクは腰を丸くしながらニコスの頭に手を伸ばし頭をなではじめる。

そんなドクに対し、ニコスは背筋を伸ばし答えた。

 

「いえ、初めてここへ来た頃より決めていたことですから。」

その姿は彼の実際の身長よりも大きく見せていたが、言葉はどこか遠くのほうを向いている。

ニコスの頭をなでながらドクは言った。

 

「縁とは不思議なものじゃのう。不思議な力が働いてうまく絡み合うようにできておる。それが例え望まなかったとしてもな。」

 

老人の目は今にも泣きそうなくらい潤んでいる。

 

「遅かれ早かれ彼も知ることになるじゃろう。わしらが彼を招待した訳を。そのときは彼を支えてやってくれよ、ニコス」

 

「はい、もちろんです。マスター」

 

 

次の話へ続く

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嘆きの老人

 

ヴォォォォ・・・

ヴォォォォ・・・ン

 

どこからかうめき声が聞こえる。

マールが目を覚ますとそこは見知らぬソファーの上だった。

 

「ここは?」

 

マールが横になっているソファーの左隣には暖炉があり

パトパチと火花を立て部屋全体をほんのり照らしていた。

 

暖炉の前は赤くとてもやわらかそうなじゅうたんが敷いてあり、

奥にはともしだけでは暗く見えずらいがアームチェアが2つある。

 

そのうちひとつはにどこかで見たことがあるような

白髪に長いヒゲ、丸いメガネをかけ、三日月模様のとんがり帽子をかぶった

いかにも魔法使いという、置物が置かれているのが確認できる。

やたら、しわのある置物で部屋が暗くてもおじいさんである事がよく見えた。

刻まれたしわから考えれば人間で言えば、年は100を越えているだろうか。

コーヒーをすする姿で火を眺めている。

火は灰色のローブに赤色の暖を与え、暖かな人柄の置物に見せていた。

 

「目が覚めたかね?」

 

「!!」

 

マールの目の前にある像が話しかけてきた。

まさか人間だとは。

 

「あっ・・・はい。」

 

老人は語る。

 

「すまんかったね、屋敷のツタは、常に眠りの粉を出してるのじゃよ。」

 

「・・・はぁ・・・。」

 

マールは置物だとばかり思い込んでいた老人に

面食らっていて返事らしい返事ができない。

大体、眠りの粉って何だ?

 

「あぁ、自己紹介がまだじゃったな。

わしはこの館の主人で、魔法の世界カルディアの研究している者じゃ。

ドクと呼んでおくれ。ニコスはマスターと呼ぶがね。」

 

「はぁ・・・あなたがマスター?」

 

ドク=博士・・・か。

この人が人食いなのだろうか?

ともそうは見えない。

主食はカリカリのパンって感じだ。

 

「あの・・・、僕を食べるんですか?」

 

いきなり疑問の核心に触れるマール。

老人は豆鉄砲でもくらったかのような顔をした後、しばらくして笑った。

 

「ハッハッハ、あのいたずら猫から聞いたのかな?」

 

(・・・いたずら猫?)

マールは、ぼそっとつぶやく。

 

コン、コン。。

暖炉の反対側にある方から、木のドアを軽く叩く音が聞こえた。

 

ガチャ・・・

 

「失礼します。マスター、準備が完了しました。」

 

ニコスが執事らしく老人に向かって言と、

尾が二本のクロネコの姿となり甘えた声を鳴らし、彼の主人の元へと近づいていった。

 

「ミャ~」

 

マールの目の前をあのクロネコが通る。

さっき、ムビウス通りで道案内してくれたクロネコだ。

ドクはクロネコを抱きかかえるとクロネコの頭をなでながら言う。

 

「準備が整ったか!ありがとう。ありがとう。」

 

クロネコを抱いたドクは、部屋の入り口の方へと移動し、

マールに言った。

 

「ついておいで。」

 

マールは

ただ、ただ、唖然とその様子を見ていただけだった。

 

扉を開いた先にある廊下は真っ暗で真夜中の学校のようだ。

老人が歩くたびに廊下の両脇にあるろうそくが灯り

最低限足元を確認するだけの明かりが出来上がる。

 

ドクの靴は硬い鉱石で造られているらしく、

廊下を歩くたび、カツンカツンと、高い音が響いていた。

 

マールの目は

先を歩くドクの猫に釘付けだ。

あの、二つの尾を持つ猫は

ニコスなのか、それともただの化け猫なのか・・・。

それに、あのクロネコ、

ムビウス通りではじめて会ったときは尾が二本もなかったはずだ。

 

ドクの靴の音がカツン、カツン、と廊下に響き渡る。

 

「気になるかね?」

 

マールの視線に気がついたのか

ドクが口を開いて説明しだした。

 

「彼はね、猫又と呼ばれる魔法世界の猫で、10年以上生き続けると、変身ができるようになれるんじゃ。」

 

「・・・変身?」

 

「魔法が使えるってことじゃよ。二本目の尾が魔力の源でな、年を食うごとに増えていくのじゃ。他にもいろんなものに変身できるそうじゃが、普段は人間や猫の姿の時の方が多いかのう。」

 

続けて、ドクは、マールの顔を見て笑いながら言う。

 

「ニコスはもう13じゃから、人間に変身できるようになると、

うれしさから、よく遊びに行っていたんじゃよ。

ニコスのクラスなんてどこにもなかったじゃろ?

この子は浮かれて、キミ達の学校にまぎれて噂を流したりもしてたようじゃな。」

 

確かに、そう言われればそうかもしれないと、マールは思った。

ニコスとは休み時間中、話したりはするけど、授業中の姿を見たことはない。

 

「じゃあ、ニコスに友達は・・・?」

 

「人間の友達じゃと、マール君だけじゃないのかのう。」

 

マールにとってそれは意外だった。

ニコスは噂好きの少年で誰にでも噂話を面白おかしく話す人気者だと思っていたから。

ドクが言うにはニコスの話す不思議な世界の話なんてものは

中学生になったみんなの中ではもう信じられない話で

ニコスは、馬鹿ばかり言ってるヤツでおしまいなんだそうだ。

そんな中、話を楽しそうに聞いてくれるマールは

ニコスにとって良い友人なんだと、老人は笑って言っていた。

 

「ミャ~。」

 

ドクの話の後、ニコスは少し照れるようにマールに声をかけた。

 

コツン、コツン、コツン・・・。

廊下は足音しかしない寂しい空間のはずなのに

どこか、暖かい。

 

「さぁ、研究室に着いたぞ」

 

先ほどいた部屋よりもずいぶんと、黒ずんだ扉があり、

『研究室』と書かれた時々光る札が張ってある。

 

ドクが指をパチン、パチンと2回鳴らすと、

『研究室』と書かれた重そうなドアが開きだした。

 

「さぁ、おいで」

 

ドクは左手をマールの方へ伸ばし、

部屋へと招き入れた。

 

「わっ・・・」

 

一瞬輝いた、大きな光がマールから視力を奪う。

 

次に目を開けたとき、マールは言葉を失った。

そこには部屋は存在しない。

上下左右、足元から空にまで無数に広がる広がる満天の星々。

その部屋は、自分たちが宇宙の真ん中にいる感覚を与えた。

  

空には流星の雨が降り注ぎ、雨は黄褐色の糸を引き、帯つくり出す。

その糸で羽織を織るように出来上がる甘い香りのする雲。

 

重ねの色目は白く輝き強さを増す。

 

光と闇が入り混じる世界。

世界は無音で包まれている。

 

どこを見てもどこまでも星たちが広がり、

すぐ目の前ですらわた飴のような星雲が流れ

マールの注意を奪っていった。

 

両手を広げると

手元にも光り輝く粒子達。

色は緋色く輝き、そのそれぞれが熱い情熱を抱えている。

 

中央には太陽をモチーフにしたのか

大きく光り輝く球体がひとつ。

その強い光を囲うように無数の色の星雲が渦を巻き、やさしく覆っている。

 

いろんな軌跡を描きながら

どの光も、真ん中の光をめざし、ゆっくりと動き

その星達のいくつかは光の渦の中に溶け込むように姿を消していた。

 

「ようこそ、マール、魔法の世界カルディアへ」

 

ドクが、マールに言う。

 

「・・・・ありがとう。」

 

マールの口からはそれ以外に言葉が考えつかなかった。

 

「さぁ、あの光の中へ。」

 

マール、ドクそしてニコスは太陽の光の奥へと進んで行った。

 

光の中を歩いていると

 

ヴォォォォ・・・

ヴォォォォ・・・ン

 

と、屋敷で目覚めた時に聞こえた音がする。

うめき声?誰かの叫び?それとも、機械音?

聞こえなかったのが不思議なくらいの大きな轟音。

腹がびりびり振動している。

 

光の中はまぶしすぎて目を開けられなく

眉間が痛い。

 

コツ、コツ、コツ、

前を歩む灰色のローブをまとった老人の足音は

かろうじて聞こえる。

 

コツ。

足音が止んだ。

 

その瞬間、急に音が消えた。

真っ白な空間が色を生み出し景色を形成する。

それと同時に生まれる疑問。

 

「・・・あれ?」

 

左右を見渡すマール。どこをどう見てもそこは

 

「・・・さっきの廊下だ。」

 

少しずつ、少しずつ失われる光。

目の前にある、大きな窓はまるで明かりを手放すのを惜しむように

最後の最後までまで光を抱えていた。

 

光が消えると、廊下は

またあの夜に舞い戻っていく。

 

静かな夜だ。

 

コツコツコツ・・・。

 

左手の方にドクがいる。姿も見える。

マールがドクに追いつこうと体を向けたとたん

 

 

バタン。

 

急に扉が閉まる音が耳に入り、

マールはその音に反応した。

 

振り返ってみると 

『研究室』と時折光る札のついた重苦しい扉が

硬く閉ざされている。

 

よく見ると

戸にはノブも何もない。

 

 

「マール君、マール君。」

 

ドクが呼んでいる。

 

「マール君、今日はもう遅いからこの部屋を使いなさい」

 

 

 

次の話へ続く

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冷たい猫の像

 

 

「ミャ~」

 

「ミャー」

 

どこからだろう?遠くの方から猫が鳴き声が聞こえる。

マールは猫の鳴き声の方向に足を進めるとそこには

一匹の小さなクロネコの姿が。

 

マールが寄っても逃げるそぶりも見せず

行儀よく、じっとマールを見つめていた。

そんな姿にマールは一瞬ひるんだ。

 

多分オスだろう。

凛とした姿でどこか自身ありげ。

気を取り直し、

しゃがみこみ、なるべく猫の目線に近づけるようにして、

このクロネコに語りかける。

 

「キミはどこから入ってきたの?さっきはいなかったよね?」

 

ここはレンガの建物に覆われた一本道の細道。

街頭や看板はあるものの他に入ってくるような通路はない。

 

「みゃ~?」

 

マールの質問の意味がわかっているのだろうか。

猫は愛想良く答えた。

そしてマールに

ついて来いと言わんばかりに奥のほうへ進んで行く。

 

クロネコの進む先は

さっきマールが通って来た道のはずなのにバスも通れないような路地に変化している。

道の数メートル先はもう闇に染まっていて街頭もロクについていない。

急がないとクロネコを見失いそうだ。

 

「あっ・・・待ってよ」

 

マールはクロネコを追いかけた。

 

左手の方には相変わらず

永遠と円周率が書かれた看板が続いているのが目に映った。

それ以外にはめぼしいものは何もない。

強いて言うなら、壁は湿気ったレンガだ。

 

この道はどこまで続くのだろうか?そんな疑問は解決するはずもなく

マールはただモクモクとクロネコの足取りを追った。

 

ピチャッ、ピチャッ・・・

 

湿った壁がマールの手の甲に触れマールははじめて気がついた。

道幅がさらに狭くなっている。

 

まるで道が狭いトンネルにでもなったかのように閉塞感が漂う。

だが、それとは相反して

クロネコの進む道からさわやかで涼しげな風が吹いている。

 

「さっき、こんな道通らなかったのに・・・?」

 

さっき歩いていた道は

ちらほらと街頭に、バス停などあったはずだ。

目印も決めていた。

同じ道を歩いていたはずなのにバス停も、街頭も建物の入り口や窓さえない。

 

湿ったレンガの壁が続くだけの道なのに落ち着かない。

 

ひとりだったなら音を上げていただろう。

クロネコの力強い足取りに勇気をもらっているのだろうか?

不思議に感じながらも

クロネコの歩む道を不信には思わなかった。

 

なぜかここは、

マール自身が歩かなければいけないような気がして

心に確かな暖さを感じていた。

 

マールの足が前を歩いていたクロネコに追いつくと、

ふと、クロネコは急に足を止めてしまった。

 

「ミャ~」

 

この通路は

真っ暗で何も見えない。

 

後ろにいるマールに語りかけるように

黄色い目でクロネコはマールを見つめ

何か言いたそうだ。

 

「何かあるの?」

 

よく見ると、

左手の方にあった円周率がかかれた看板が

とぐろを巻くように目の前の壁で収束している。

 

マールは壁を触ってみた。

暗すぎてマールにはよく見えないのだが

それは、どうやら石や、レンガではなく木でできているみたいだ。

 

「行き止まり・・・?」

 

「ミャー」

猫はがりがりと看板に向かって爪を立てはじめた。

 

「開けろってこと?これ、扉なの?」

 

「ミャー」

 

マールは看板が収束している場を強く押した。

 

ギィィィ・・・

と、さび付いた缶詰のフタのような音を立て、

看板は壁の奥の方へ移動していく。

 

「本当に扉だ。」

 

急に明るい光がマールを包む。

 

「・・・・!」

 

戸の向こう側には

広い広い草原と中央には丘があり、

丘の上には古めかしいデザインの屋敷が一件あるのが見えた。

 

草原の向こうからは

さわやかな風が吹いていて

空には、大きな三日月が浮びやさしく、笑っているようだ。

 

月明かりは屋敷を照らし、丘全体は冷淡な美しさを誇っている。

 

シャリシャリの氷を舌に当てられたような感覚。

マールは思わず心を奪われ

戸をくぐり、草原へと足を踏み入れていた。

 

丘は月明かりに照らされ青白く輝く。

青色の中にあるやさしさとさわやかさ。

素直な美しさが心染み渡った。

 

「はぁ・・・。」

 

呼吸にため息が混じる。

マールはただ何もせずぼんやりと丘を眺めていた。

 

「・・・あれ?クロネコは?」

 

気がつくと、さっきまで

マールのそばにいたクロネコの姿はなく

足元には冷たく冷えきった石の破片が散らばっていた。

 

「クロネコ、どこ行ったんだろ?あそこに行ったのかな?」

 

軽石を敷き詰めた一本の道が屋敷まで続いているようだ。

破片はその軽石だろう。

 

「帰り道も聞かないといけないな・・・。あそこ、人いるのかな?」

 

この一帯からどう帰れば良いのか

マールはわからなかった。

家に帰るのに、本当なら誰の力も借りたくない。

マールの本心だ。

 

でも、広大な景色がマールの気持ちを助け

この世界でなら素直になれる気がして、

屋敷に行く決意をするまでにそんなに時間はかからなかった。


道のりは目測20分。

石はとても踏み心地がよく、歩くたびに

ザッ・・・ザッ・・・と、音を立てた。

 

「それにしても綺麗だな・・・」

 

月がマールの行く道をやさしく照らし

誰よりも傍らで見守っていてくれる母親のような

安らかさをマールに与える。

 

そんな勇気が彼の背を押す。

上向きに前を見て歩けば少し見える世界は変わり

青く輝くあまりにも見事な景色と

ひんやりとした癒しの風がマールを歓迎しているようで

マールはだんだんうれしくなってきた。

 

空の光と

草原の反射光が

マールを青白く光らせている。

 

「手が青い・・・」

 

マールは自分の手を交互させ全身を見た。

初めて遊園地に行った子どものようにマールは,はしゃいだ。

 

 

そうこうしている間にマールは屋敷前にある門に着いた。

屋敷は黒い鉄柵で囲まれていて、マールの身長よりもはるかに高い。

それにもかかわらず、柵の色が夜の草原の色とマッチしていて

遠くからではすぐに柵があることまではわからない。

 

門も鉄柵でできていて鉄格子の間は

人の頭が入るくらい余裕があり、

奥の屋敷が見える。

 

上を眺めても屋敷の景観を損ねないつくりになっていて

檻と空の景色が一対の作品となっていた。

 

入り口より、少し手前には

赤く彩られたゴミ箱のようなものがあり、

その上には猫の像が一体置かれ、まっすぐな視線で月を眺めている。

 

「コレ・・・さっきのクロネコにそっくりだな。門の番人みたいだ」

 

そう言いながら石像の頭をなでた。

 

「インターホンとか、ないのかな?」

 

これだけ立派な屋敷だ。

もしかしたら監視カメラで観察しているかもしれない。

そう思ったマールは、その場でうろうろしだした。

 

だが一向に門が開く気配はない。

 

マールはどうして良いかわからずとりあえず

門のオリの間から顔を出し、奥にある屋敷をにらみつけた。

 

「お~~~い」

 

そこから見える屋敷は

ずいぶんと古く、まるで寝起きの

ミュージシャンのようにツタが絡んでいるのがわかった。

どこか生き生きとしいて、

まるで何かから屋敷を守るように生気にあふれている。

屋敷からは神秘的な香がした。

 

「はぁ・・・。」

 

インターホンの場所がわからないまま

マールは悩んだ。

 

「カメラ、ないのかな?」

 

コレだけ大きな屋敷だと防犯カメラの一つ二つあってもおかしくない。

とりあえず、気がついてくれといわんばかりの行動を少々とったが、

しばらくすると自分のしていた行動を忠告する冷静な目がどこかにあった。

 

門を開かせる事をあきらめたマールは

檻から離れ、もと来た道に振り返ってみた。

 

「わぉ・・!」

 

屋敷の丘からは

先ほど通ってきた大きな草原と、

マールが住む街が入り混じり広がっていた。

 

草原はまるで蜃気楼のように街に重なっている。

星空は青く輝き、街の空は雲が覆い、晴れと雨を同時に目にすることができる。

 

重なる世界を目に宿すとは、

なんとも言えない光景だ。

 

 

「こんばんは、マール・AD・ボルフクック。」

  

「!!」

 

後ろから若い男の声が聞こえ、

マールは焦って振り返った。

 

風になびく黒髪。

どこか跳ね馬のような髪型に

黄色い瞳。

「ニコス?ニコスじゃないか!?何でここにいるの?ニコス!」

 

マールは今までに見せた事もないような愛嬌を見せた。

まさかここに唯一の友人がいようとは。

 

「こんばんは、マール。」

 

「・・・あっ、こんばんは。」

 

しばらくニコスを見つめるマール。

白いベストに黒いスーツと胸には赤いリボン、

まるで執事を思わせる姿のニコスがここにいた。

気のせいか、ニコスの様子はいつもと

違っていてどこか大人びて見える。

 

今いる環境がそうさせているのだろうか?彼の姿か?

いつもならろくな挨拶もせず、

いきなり不思議な世界の話をしだし、

ゲラゲラと品のない笑いをするはずなのに。

 

彼の期待とは違う態度に対して

マールも改まって距離を置いた。

 

「あの・・・?ニコスは、どうしてこんなところにいるの?」

 

「ここは、俺のマスターの家だからな」

 

マールは不思議そうに聞いた。

 

「マスター?えっと・・・ここで使用人してるってこと?」

 

いつもよりも礼儀正しい、ニコスに対して

マールは素直な気持ちをぶつけた。

 

「マスターはマスターさ。」

 

「ふ~ん。」

 

ニコスの言葉によって生まれた疑問は

あまりにも多すぎて何から聞いてよいのかわからない。

 

「マール、寄っていかないか?マスターもお前に会いたがっている。」

 

「はぁ・・・。」

 

いきなりの申し出に

マールの顔は強張った。

今まで、友人に家に招待された事がないからだ。

 

「行ってもいいの?」

 

なぜか、断られそうな気がして

不安げにマールはニコスに尋ねる。

 

「もちろん。さぁ。」

 

その態度を知ってか知らずしてか、

ニコスはやわらかい笑顔で

マールに手を差し伸べた。

 

すると、

ガチャン。キィィィィ・・・

という音を立てニコスの後ろにある門は静かに開きだす。

門の手前にあった猫の像は消えていて赤いゴミ箱しか置いてない。

 

門が開くと同時にしてくる甘い香り。

何の匂いかわからないが妙に眠気を誘う。

 

「なんだか急に眠く・・・。」

 

そういえば、思い出した。

ムビウス通りの奥には人食いがいるって噂だ。

しかも、ここにいるニコスから聞いた噂。

 

マールのまぶたはもう半分閉じている。

ニコスの顔が良く見えない。

まぶたが重い。

 

最後の力を振り絞って聞こえるか聞こえないかの声でニコスに問う。

 

「・・・ニコス、今朝言ってた人食いの老人ってここの人かい?」

 

ニコスは、笑って答えた。

 

「内緒♪」

 

「・・・え!?」

 

マールはそのまま深い、深い眠りに落ちていった。

 

 

 

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