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冷たい猫の像

 

 

「ミャ~」

 

「ミャー」

 

どこからだろう?遠くの方から猫が鳴き声が聞こえる。

マールは猫の鳴き声の方向に足を進めるとそこには

一匹の小さなクロネコの姿が。

 

マールが寄っても逃げるそぶりも見せず

行儀よく、じっとマールを見つめていた。

そんな姿にマールは一瞬ひるんだ。

 

多分オスだろう。

凛とした姿でどこか自身ありげ。

気を取り直し、

しゃがみこみ、なるべく猫の目線に近づけるようにして、

このクロネコに語りかける。

 

「キミはどこから入ってきたの?さっきはいなかったよね?」

 

ここはレンガの建物に覆われた一本道の細道。

街頭や看板はあるものの他に入ってくるような通路はない。

 

「みゃ~?」

 

マールの質問の意味がわかっているのだろうか。

猫は愛想良く答えた。

そしてマールに

ついて来いと言わんばかりに奥のほうへ進んで行く。

 

クロネコの進む先は

さっきマールが通って来た道のはずなのにバスも通れないような路地に変化している。

道の数メートル先はもう闇に染まっていて街頭もロクについていない。

急がないとクロネコを見失いそうだ。

 

「あっ・・・待ってよ」

 

マールはクロネコを追いかけた。

 

左手の方には相変わらず

永遠と円周率が書かれた看板が続いているのが目に映った。

それ以外にはめぼしいものは何もない。

強いて言うなら、壁は湿気ったレンガだ。

 

この道はどこまで続くのだろうか?そんな疑問は解決するはずもなく

マールはただモクモクとクロネコの足取りを追った。

 

ピチャッ、ピチャッ・・・

 

湿った壁がマールの手の甲に触れマールははじめて気がついた。

道幅がさらに狭くなっている。

 

まるで道が狭いトンネルにでもなったかのように閉塞感が漂う。

だが、それとは相反して

クロネコの進む道からさわやかで涼しげな風が吹いている。

 

「さっき、こんな道通らなかったのに・・・?」

 

さっき歩いていた道は

ちらほらと街頭に、バス停などあったはずだ。

目印も決めていた。

同じ道を歩いていたはずなのにバス停も、街頭も建物の入り口や窓さえない。

 

湿ったレンガの壁が続くだけの道なのに落ち着かない。

 

ひとりだったなら音を上げていただろう。

クロネコの力強い足取りに勇気をもらっているのだろうか?

不思議に感じながらも

クロネコの歩む道を不信には思わなかった。

 

なぜかここは、

マール自身が歩かなければいけないような気がして

心に確かな暖さを感じていた。

 

マールの足が前を歩いていたクロネコに追いつくと、

ふと、クロネコは急に足を止めてしまった。

 

「ミャ~」

 

この通路は

真っ暗で何も見えない。

 

後ろにいるマールに語りかけるように

黄色い目でクロネコはマールを見つめ

何か言いたそうだ。

 

「何かあるの?」

 

よく見ると、

左手の方にあった円周率がかかれた看板が

とぐろを巻くように目の前の壁で収束している。

 

マールは壁を触ってみた。

暗すぎてマールにはよく見えないのだが

それは、どうやら石や、レンガではなく木でできているみたいだ。

 

「行き止まり・・・?」

 

「ミャー」

猫はがりがりと看板に向かって爪を立てはじめた。

 

「開けろってこと?これ、扉なの?」

 

「ミャー」

 

マールは看板が収束している場を強く押した。

 

ギィィィ・・・

と、さび付いた缶詰のフタのような音を立て、

看板は壁の奥の方へ移動していく。

 

「本当に扉だ。」

 

急に明るい光がマールを包む。

 

「・・・・!」

 

戸の向こう側には

広い広い草原と中央には丘があり、

丘の上には古めかしいデザインの屋敷が一件あるのが見えた。

 

草原の向こうからは

さわやかな風が吹いていて

空には、大きな三日月が浮びやさしく、笑っているようだ。

 

月明かりは屋敷を照らし、丘全体は冷淡な美しさを誇っている。

 

シャリシャリの氷を舌に当てられたような感覚。

マールは思わず心を奪われ

戸をくぐり、草原へと足を踏み入れていた。

 

丘は月明かりに照らされ青白く輝く。

青色の中にあるやさしさとさわやかさ。

素直な美しさが心染み渡った。

 

「はぁ・・・。」

 

呼吸にため息が混じる。

マールはただ何もせずぼんやりと丘を眺めていた。

 

「・・・あれ?クロネコは?」

 

気がつくと、さっきまで

マールのそばにいたクロネコの姿はなく

足元には冷たく冷えきった石の破片が散らばっていた。

 

「クロネコ、どこ行ったんだろ?あそこに行ったのかな?」

 

軽石を敷き詰めた一本の道が屋敷まで続いているようだ。

破片はその軽石だろう。

 

「帰り道も聞かないといけないな・・・。あそこ、人いるのかな?」

 

この一帯からどう帰れば良いのか

マールはわからなかった。

家に帰るのに、本当なら誰の力も借りたくない。

マールの本心だ。

 

でも、広大な景色がマールの気持ちを助け

この世界でなら素直になれる気がして、

屋敷に行く決意をするまでにそんなに時間はかからなかった。


道のりは目測20分。

石はとても踏み心地がよく、歩くたびに

ザッ・・・ザッ・・・と、音を立てた。

 

「それにしても綺麗だな・・・」

 

月がマールの行く道をやさしく照らし

誰よりも傍らで見守っていてくれる母親のような

安らかさをマールに与える。

 

そんな勇気が彼の背を押す。

上向きに前を見て歩けば少し見える世界は変わり

青く輝くあまりにも見事な景色と

ひんやりとした癒しの風がマールを歓迎しているようで

マールはだんだんうれしくなってきた。

 

空の光と

草原の反射光が

マールを青白く光らせている。

 

「手が青い・・・」

 

マールは自分の手を交互させ全身を見た。

初めて遊園地に行った子どものようにマールは,はしゃいだ。

 

 

そうこうしている間にマールは屋敷前にある門に着いた。

屋敷は黒い鉄柵で囲まれていて、マールの身長よりもはるかに高い。

それにもかかわらず、柵の色が夜の草原の色とマッチしていて

遠くからではすぐに柵があることまではわからない。

 

門も鉄柵でできていて鉄格子の間は

人の頭が入るくらい余裕があり、

奥の屋敷が見える。

 

上を眺めても屋敷の景観を損ねないつくりになっていて

檻と空の景色が一対の作品となっていた。

 

入り口より、少し手前には

赤く彩られたゴミ箱のようなものがあり、

その上には猫の像が一体置かれ、まっすぐな視線で月を眺めている。

 

「コレ・・・さっきのクロネコにそっくりだな。門の番人みたいだ」

 

そう言いながら石像の頭をなでた。

 

「インターホンとか、ないのかな?」

 

これだけ立派な屋敷だ。

もしかしたら監視カメラで観察しているかもしれない。

そう思ったマールは、その場でうろうろしだした。

 

だが一向に門が開く気配はない。

 

マールはどうして良いかわからずとりあえず

門のオリの間から顔を出し、奥にある屋敷をにらみつけた。

 

「お~~~い」

 

そこから見える屋敷は

ずいぶんと古く、まるで寝起きの

ミュージシャンのようにツタが絡んでいるのがわかった。

どこか生き生きとしいて、

まるで何かから屋敷を守るように生気にあふれている。

屋敷からは神秘的な香がした。

 

「はぁ・・・。」

 

インターホンの場所がわからないまま

マールは悩んだ。

 

「カメラ、ないのかな?」

 

コレだけ大きな屋敷だと防犯カメラの一つ二つあってもおかしくない。

とりあえず、気がついてくれといわんばかりの行動を少々とったが、

しばらくすると自分のしていた行動を忠告する冷静な目がどこかにあった。

 

門を開かせる事をあきらめたマールは

檻から離れ、もと来た道に振り返ってみた。

 

「わぉ・・!」

 

屋敷の丘からは

先ほど通ってきた大きな草原と、

マールが住む街が入り混じり広がっていた。

 

草原はまるで蜃気楼のように街に重なっている。

星空は青く輝き、街の空は雲が覆い、晴れと雨を同時に目にすることができる。

 

重なる世界を目に宿すとは、

なんとも言えない光景だ。

 

 

「こんばんは、マール・AD・ボルフクック。」

  

「!!」

 

後ろから若い男の声が聞こえ、

マールは焦って振り返った。

 

風になびく黒髪。

どこか跳ね馬のような髪型に

黄色い瞳。

「ニコス?ニコスじゃないか!?何でここにいるの?ニコス!」

 

マールは今までに見せた事もないような愛嬌を見せた。

まさかここに唯一の友人がいようとは。

 

「こんばんは、マール。」

 

「・・・あっ、こんばんは。」

 

しばらくニコスを見つめるマール。

白いベストに黒いスーツと胸には赤いリボン、

まるで執事を思わせる姿のニコスがここにいた。

気のせいか、ニコスの様子はいつもと

違っていてどこか大人びて見える。

 

今いる環境がそうさせているのだろうか?彼の姿か?

いつもならろくな挨拶もせず、

いきなり不思議な世界の話をしだし、

ゲラゲラと品のない笑いをするはずなのに。

 

彼の期待とは違う態度に対して

マールも改まって距離を置いた。

 

「あの・・・?ニコスは、どうしてこんなところにいるの?」

 

「ここは、俺のマスターの家だからな」

 

マールは不思議そうに聞いた。

 

「マスター?えっと・・・ここで使用人してるってこと?」

 

いつもよりも礼儀正しい、ニコスに対して

マールは素直な気持ちをぶつけた。

 

「マスターはマスターさ。」

 

「ふ~ん。」

 

ニコスの言葉によって生まれた疑問は

あまりにも多すぎて何から聞いてよいのかわからない。

 

「マール、寄っていかないか?マスターもお前に会いたがっている。」

 

「はぁ・・・。」

 

いきなりの申し出に

マールの顔は強張った。

今まで、友人に家に招待された事がないからだ。

 

「行ってもいいの?」

 

なぜか、断られそうな気がして

不安げにマールはニコスに尋ねる。

 

「もちろん。さぁ。」

 

その態度を知ってか知らずしてか、

ニコスはやわらかい笑顔で

マールに手を差し伸べた。

 

すると、

ガチャン。キィィィィ・・・

という音を立てニコスの後ろにある門は静かに開きだす。

門の手前にあった猫の像は消えていて赤いゴミ箱しか置いてない。

 

門が開くと同時にしてくる甘い香り。

何の匂いかわからないが妙に眠気を誘う。

 

「なんだか急に眠く・・・。」

 

そういえば、思い出した。

ムビウス通りの奥には人食いがいるって噂だ。

しかも、ここにいるニコスから聞いた噂。

 

マールのまぶたはもう半分閉じている。

ニコスの顔が良く見えない。

まぶたが重い。

 

最後の力を振り絞って聞こえるか聞こえないかの声でニコスに問う。

 

「・・・ニコス、今朝言ってた人食いの老人ってここの人かい?」

 

ニコスは、笑って答えた。

 

「内緒♪」

 

「・・・え!?」

 

マールはそのまま深い、深い眠りに落ちていった。

 

 

 

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