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ワイングラス


「ぷはぁ~~~。」
 
息を吹き返したかのようにニコスが大きく息を吐いた。
 
「なんじゃ、あの爺さん。すげえ目。見ただけで死ぬかと思ったぞ!」
 
ニコスの表情を表すように足からは滝のように汗が出ている。
あのプレッシャーの中、平気でいられるはずがない。
しかもニコスにとっては大切な試験なのだ。緊張もする。
 
「あのクロガネルさんってすごいね。あれも魔法?」
「違うよ。あんなの気合って言うんだぜ!あ~ぁ。俺ヤダなぁ。あの人、厳しそうだぜ。」
「クロガネルさんが試験監で大丈夫なの?」
「わからないけど、全力は尽くすさ。」
 
2人が話していると、横にいた重そうな鎧を着た男が呼びかけた。
 

「一次試験受かったのかい?おめでとう!じゃあ、後は実践演技だけだね!」
「ありがとう。でもこいつは違うんだ。」
「僕は王に呼ばれているだけだから・・・。」
 

そう言ってマールは魔法の絵本をちらつかせた。
 

「へぇ?じゃあ君達が賢者の弟子かい?そりゃ演技が楽しみだな!」
 

マールは何のことを言っているのかよく分からなかった。
ただ、鎧の兵士の言葉を汲み取るに次にニコスには実技試験が待っているのだということだけは予想がついた。

 
「クロガネル先生の演技はめったに見れるものじゃないんだ。何せあの人の剣技はほぼ一瞬さ。世界に一本しかない『鈴鳴の剣』なんだけどね。さすが、国で一番の剣士ってだけあるよ。まさに鬼に金棒だね。今じゃ、新兵の教育係になっているんだけど、昔は百戦錬磨で知られた大剣士さ。私も稽古をつけてもらったんだけどもうほとんど当たらないんだ。いや、全然かな。実はさ、私は先生にあこがれて兵士になったんだ。多分他の連中の何人かはそうだよ思うよ。最初に試験の日はビビッたね。なんせあの先生が自ら指導してくれるわけだよ。・・・あ、君。見たところ、君もクロガネル先生と同じ猫又らしいね。君の演技を楽しみにしているよ。受験者は控え室のほうに行ってね。」

 

話が長い。とにかく分かるのは、クロガネルはかなり兵に慕われていて

その上この人はクロガネルファンだって事くらいだろう。

 

「・・・。」

「・・・・・。」
 
兵士はものすごく嬉しそうに話してくれたが、マールはただただ唖然としていた。
そんなとき黒猫姿のニコスが、

マールの肩にひょいっと乗っかり耳元でささやいた。
 
「じゃ、後でな。」
「え?うん。がんばってね。」
 
ニコスはマールの肩から降りるとトコトコと、控え室のほうへと行ってしまった。
兵士のクロガネル武勇伝は続く。
 
「でもね。一人娘には弱かったらしいんだ。男は時にはそんな弱点があってもいいと思うんだよね。いつも怖いのにそんなところがとてもキュートだよ。」


「・・・あの。」
 

何時までもこのマシンガンの玉は尽きる気配がないのでフタをした。
このおしゃべりな兵隊さんには悪いがあまり付き合っていられない。
 
「王の部屋って何処ですか?僕、そこに呼ばれているのですが。」
 
「あそこの通路を行った先にある部屋だよ。でね、話の続きだけど娘さん実は・・・。

そう言えばね、これ・・・あれ?」
 
マールは、兵士に礼を言うとさっさと逃げ出した。
 

兵隊さんに教えてもらった道は驚くほどシーンとしていた。
カーペットが敷いてあるにもかかわらず自分の足音がよく聞こえる。

 

ボスっ。ボスっ。ボスっ。

 

芝生の中を歩くような独特な音。
ひとりで歩くには広すぎる真っ白な回廊は、世界に一人しか人間がいないかのような
錯覚を与え、妙に揺らいで見えた。
 
進む先のほうから何やら小声で誰かと誰かが話す声が聞こえてくる。

扉が軽く開いているようだ。マールは声のするほうをそっと覗き込んでみた。
 
「あの猫の子は本当に良い騎士になりそうじゃなセバス。ところでお主、自分があの子の肉親だと名乗らなくても良いのか?」
 
王とクロガネルだ。王は手にワイングラスを持ち一杯やろうとしている。

 
「・・・猫の子ってニコスのこと?」
 

多分ここがマールが呼ばれていた王の部屋なんだろうけど

何やら立て込んでいるようで入っていいような雰囲気でもない。
 
「私は、あの子の存在を否定した身ですよ。いまさら・・・。」
 
クロガネルの言葉が止まった。
 

「存在を否定?」ってどういうことだろう?

マールはこの会話から耳を離すことができなかった。

 

扉の向こうでは王が一杯どうだといわんばかりにグラスを差し出すものの

クロガネルは静かに首を横に振った。
 
「え?」
 

クロガネルの姿が消えた。
扉の前で覗き込んでいたマールは驚いた。
王の姿が目の前にあるのにクロガネルの姿は消えている。
 

チャキッっと甲高く剣と柄のつなぎ目の音が背後から聞こえた。

 
「覗き見とは関心せんな。」

 

「!!」
 
マールは背中から心臓を押し出されるくらいびっくりした。息ができない。
扉の向こうにまで聞こえそうな呼吸をしながらそっと声のほうを振り向くとそこにいたのはクロガネルだ。
 
「・・・は・・・・。」

 
声が出ない。目を離したら怒られそうだ。

彼は尋問をするかのように鋭い目でじっとマールを見る。

 

「あ・・・すいません。王の部屋はここかなって思って。」
 

やっとの思いで、言葉を口から吐いた。
 
「・・・。」
 
クロガネルは黙ったままだった。

目線はマールの手にある卵を見、その後マールをにらみつけた。

その沈黙がマールに更なるプレッシャーを与える。
すると、扉が開きにこやかな優しい声が聞こえてきた。
 
「おぉ!マールよ。待っておったぞ。ささ入ってくれ。入ってくれ。」
 
だが、マールはクロガネルの目が気になって動くに動けない。
 
「セバスよ。少し席をはずしてくれるかな?」 
 

「ですが。」

 

「セバス。頼む。」

 

「・・・はい。では、私は部屋にいますので何かあったら呼んでください。」
 

王が軽く手を上げると
王の言葉通りクロガネルはそのまま、王の寝室を後にした。
 
「さぁ、おいでマール。」
 

マールは安心したように深く息を吐くと王の寝室へと入っていった。
 
部屋は実に快適な空間だった。
豪華な暖炉にベット。見たこともないようなシャンデリアがかかっている。
壁には今にも動き出しそうな生き生きとした絵が飾られていた。

クロガネルに脅されていなければ完璧に楽しめただろう。

でも、マールの心はそれどころではない。

 
「あの、用件ってのは?」
 

正直、マールは知らない人といるのは苦手だ。

それに、さっき脅されたばかり
マールは早く話を済ませ、ニコスの試験のよううすを見に行きたかった。
 

「セバスのヤツのことはすまんかったな。」

「え?あ。はい。」

「ヤツは、何かとマジメなヤツでな。」

「はぁ。」

「マール君。一杯どうだ?その大きなタマゴはその辺に置いてもらってもかまわないよ。」

 

そう言い、王はマールに一杯のジュースを差し出した。

 

「え?でも。」
「まぁ、あせるでない。ニコスの試験までは時間があるのだから。」
「はぁ。」

 

ワイングラスへと注がれるジュース。

彼は王のぶどうジュースを一杯いただいた。

 

王の注いだジュースは農耕で香りも
よく『ぶどうジュース』としては納得の一品だ。
 
「では乾杯だ。」
 
ワイングラスに照らされた色は
まるでルビーを溶かしたように赤く、輝いていている。
中はひとつの小さな世界が混在しているかのようで飲むのがもったいないくらいの
高級感が漂う。
 
「王様。いただきます。」
 
マールは一口、王のジュースを飲んだ。
 
「・・・・・。」
 
マールの顔は黒焼き卵を食べたときでさえ見せなかった渋い顔をして困惑気味。
 
「味はどうかね?」
 
そう言いながら王はマールの顔を見ないでワイングラスを机の上に置いた。
 
「・・・。」
 
ひどい味。ひどい味だ。
良かったのは口へ運ぶぎりぎりまでで、
口へ含んだ瞬間、赤いジュースはヘドロのような味へと変化した。
工場廃水で汚れた黄色くにごった海水のような味だ。
めまいに吐き気そして、口に残る粘粘とした嫌な感触がマールをそのような顔にさせていたのだ。
 
「いいんだよマール君。正直になってくれて。ひどい味だろ?」
 
「・・・はい。」
 
顔が真っ青になったマールを見れば感想なんて聞かなくてもいい。
 
「実は、頼みたいことってのはこれのことなんじゃ。」
 
そう言うと、王はワインのボトルを取り出した。
ワインのボトルにはこの国の国旗と同じく青い鳥が描かれたシールが張られている。
 
「君はアルバータの名産品を知っているかね?」
 
と、王はマールに尋ねた。
名産品。その言葉で少しマールは考える。
気持ちが悪い。しばらく王には待ってもらい考えた。
そういえば、ニコスがこの街には特産品はないって言ってたっけ。
 
「・・・ないって聞いてますが?」
「確かに、ガイドブックに載せるものはないんじゃよ。」
 
ガイドブックに載せるもの?王はなんとも不思議なことを言う。
つまりガイドブックには載らない名産品があるってことだ。
 
「この国の名産品はこれじゃ。」 
 
王はさっきから手に持っていたワインを指して言った。
 
「・・・ワインですか?」
 
「正確にはこれに使われる『水』じゃがな。」
 
水?水が名産品?本当ならば聞きたいことは山ほどあるはずなのに、
『毒』を盛られた影響で頭の思考は止っていてどうでもいい。
吐きそうだ。
 
「では、マール君。これを飲みたまえ」
 
王がすすめたのはまたしても同じぶどうジュースだ。
 
「・・・あの、気持ちが悪くって・・・。多分体にあわ・・・」
 
確かにマールの顔は真っ青だ。
気を使う余裕もなく足ががくがく振るえ倒れそうだ。
口から緑色の煙がわきでできそう。
 
「だまされたと思って飲んでみなさい。」
 
もうすでに騙された感はあったものの
マールは王が差し出す2杯目のジュースを一口いただいた。
 
「・・・あれ?」
 
一杯目とは違いその味は大きな大きな空の空気を一点にかき集めたかのような
清清しくも甘くそれでいて上品な味をしている。

一口飲むたびに体の中の悪いところが洗い流されていくようで
あっという間にマールは2杯目のジュースを飲み干した。
不思議なことにさっきまでだるかった体が嘘のように体調も万全だ。
同じものなのに違う味がする。
 
「その2つとも王家が代々守っている水からつくったものなんだよ。最初のは今年のもので次のは昨年のものだ。」
 
王はマールに説明しながらビンを並べた。
 
「この水はな『神鳥の水』と呼ばれていて源泉はこの国の神鳥レインバードの巣にあるといわれておる。
世界で一番美味い水じゃ。わが国は、元々この神鳥の水で知られた国でな、米やパンを作るときにこのアルバータの水を使うと美味いものができると評判だったのだよ。そのおかげで百年前までは唯のオアシスを囲む城だった場所が今じゃ食の街へと呼ばれる街にまで発展していったんじゃ。」
 
世界で一番美味い水。そして調理向き。
そんな水があるのなら腕に覚えのある料理人はこの街へ行きたくなるだろう。
 
「そんな大切な水なのにここ最近水の様子がおかしくてな。これは第一級の機密なんじゃ。この水を、生活の場へと流すわけにもいかん。まだ、淀みは少しですんでいるみたいじゃが原因は不明。水がひどくなったのにはおかしな奴らがうろついていると噂もあるし、神鳥の不調とも言われておる。わしが行って兵を向かわせたいのは山々なのじゃがあの辺は仲の悪い国との国境付近でのう。兵を動かすわけにも行かん。マール君、神鳥の巣の様子を見てきてはくれんか?」
 

「どうして僕なんですか?」

マールは不安そうに王に尋ねた。

 

「いろいろとな、事情があるのじゃよ。」

 

事情。大人がよく使い言葉だ。

 

「その魔法の絵本。それにはあらゆる魔法が詰め込まれていると聞く。しかも異世界の住人じゃないと使えないというすばらしい魔法の数々がな。」

「はぁ・・・。あの・・・ひとつ聞いてもいいですか?その仕事、クロガネルさんもダメなのですか?」
「ヤツはな生粋の武人じゃ。交渉にはむかんのだよ。それに・・・奴もこの国を出れんのだ。頼まれてはくれんか?」
 

王にそう言われマールはため息交じりで返答した。

大人から物事を頼まれるっていうのは慣れないことで困惑したが、別にいいかなって思ったんだ。
 

「・・・はぁ、わかりました。では、ニコスの試験が終わったら一緒に行きます。」
「おぉ!ありがとう。」

 

そうしてマールは大きなタマゴを抱えニコスの元へと向かっていった。


次のお話へ続く

小学6年生の頃、ひとりだけとびきり大きな男の子がいた。

当時は、男女の平均身長が145cmくらい。

私の身長も大体それくらいで確か147cmくらいだったように思う。

 

そんな頃の175cmの男の子。

名前は大寺。

 

単純にあの頃の175cmなんてランドセルは小さいし、

制服はきつそうで、色々と大変そうだった。

でも、最大の悩みはそこじゃないんだと思う。

 

 

彼は休み時間になるといつも、教室の隅にいた。

私が、

「遊ばないの?」

なんて聞くと、

「サッカーやバスケは嫌いなんだ。」

なんて答え、決してみんなと一緒に体育館には行かなかった。

 

体育の時間も同じで、

サッカーやバスケの時は極端に動かなかった。

 

だけど、陸上だけは違っていた。

多分、50m走なんかが好きだったんだろう。

校内で誰よりも早く走る事ができたのは彼だ。

運動神経は悪くない方だったんだと思う。

 

そのせいか、サッカーやバスケの時は

「本気でやれよ!」

なん背、同級生や先生にも怒られてた。

 

気は優しく力持ち。

よく絵本に出てくる『だいだらぼっち』は

災害から村の人を助けたり、畑や土地の開拓の手伝いをしたりする

体の大きな巨人だ。

 

彼はなんとなくそんな人。

みんなよりも背が高いものだから

教室の掲示板の張替えをしているときよく手伝った。

 

やさしく、おっとりしていて少し遠慮気味。

そして誰よりも素直だった。

 

あるとき男子のみんなが

廊下で相撲を始めた。

多分10人くらいは集まっていたんじゃないかと思う。

勝ち抜き戦だ。

 

小学生の頃なら誰にでもある行為だろう。

でも、彼はしなかった。

 

なんだか

彼だけが一人ぼっちみたいでいるのが

気に入らなくて私は

「入れば?」

なんて軽く言った。

 

この相撲のルールは簡単で

決められた範囲から出るか

それとも壁にぶつかったら負けだ。

 

私が声をかけるでもなく

男の子達は声をかけてきた。

それは、体は小さいのに負けん気の強い大草くんだった。

「おい、大寺!勝負だ!」

 

「体が大きい=強い」の相撲。

大草くんからしてみれば一番負かしたい相手だ。

 

相撲は大寺くんの圧勝だった。

 

開始数秒で

大草くんは壁に背が着いた。

 

私は一緒にいた美香ちゃんと

「そりゃそうか」

なんて決まりきった勝負だと笑って話していた。

 

けど、大草くんは負けていなかった。

それまで教室の誰にも負けたことのない彼は

それなりのプライドを持っていたようで再戦を申し込む。

「もう一回だ!」

 

やっぱり大寺くんの勝ち。

彼をひょいっと持ち上げ、範囲外へと押し出した。

大人と子どもの体格差だ。大草くんは何度やっても勝てそうにない。

 

「もう一回!」

 

大草くんは負けん気が強い。

 

するとどうだろう。

大寺くんは、

「あぁぁああ・・・。」

 

って声を上げながらバランスを崩し倒れた。

大寺くんが負けた。

 

大草くんは大きく腕を振り上げ

「よっしゃ~~!」

なんて叫んでいる。

 

すると、私の隣にいた美香ちゃんがまだ立ち上がっていない

大寺くんに向かってこう言った。

「あんた、今のわざとやろ?」

 

すると、大寺くんは上を向き美香ちゃんを見ながら

「そんなことないよ。」

と、はにかんだ。

 

でも美香ちゃんは許すつもりはない。

「いつも思うけど、何で本気でやらないの?」

 

大寺くんはお尻をはたきながら言い返した。

「だって僕が本気でやったらみんな怪我するだろ?」

 

 

 

 

 

それから20年経った。

明日、同窓会がある。

 

もちろん、他の旧友達に会うのも楽しみなんだけど

あの頃の彼がどんな大人になったのか楽しみだ。

物語の前にコレを・・・

彼の名は伊藤。

珍しい名前TOP10に入るはずもないよく聞く名前だ。

だが、彼の父はそんな彼に珍しい名前を与えた。

 

鑑堂(がんどう)

 

重いその名は小学生の頃いつまでたっても

自分の名前を漢字で書けない、先生からは「何て読むの?」という副作用を及ぼした。

 

彼の名は珍しく、同じ名の人とは出会うことはまずなく、

その名前だけで自分が特別なのではないかと意識せずとも深層心理でどうしても感じていた。

 

「俺って珍しい名前だろ?親のエゴなんだ!」

 

ありがたみはない。

小学校、中学、高校とそう言われ続けてきた彼は

社会人となっても初対面の人にはこう言うのが習慣として染み付いていた。

 

そんなある日。

隣に、同い年位の方が引っ越してきた。 

 

ピンポーン。

 

「はーい。」

 

「あ、こんにちは。今度となりに引っ越してきた伊藤です。」

 

「伊藤さん?」

同じ苗字だ。まぁ、長く生きていればこんな事もある。

 

「同じ苗字ですね。」

 

「じゃあ、あなたも伊藤さん?」

 

こういう会話はなんかやりにくそうだ。

 

「宜しくお願いしますね。」

 

「あ、いえいえ。」

 

 

しばらくしてまたチャイムが鳴った。

ピンポーン。

 

「はーい。」

 

「あのう。宅配です。」

 

「はい。」

 

「ではコレ代引きで4232円お願いします」

 

「え?あの、注文してないですけど?」

 

「え?伊藤鑑堂さんですよね?」

 

「住所、109号室って書いてあるじゃないですか?お隣ですよ。」

 

「すいません。」

 

宅配の兄さんは謝るとさっさと隣の家へといってしまった。

そういえばあの宅配の兄さんも伊藤だった。

 

いや、それよりも。

珍しくて世界でただ一人の名前だと思っていた自分の名前が

隣の人と同じだなんてなんかショックだ。

 

「インターネットの検索すら引っかからなかったのに・・・。」

 

名前は珍しい名前だと思っていたのに。

同じ名前の人がいる。しかも隣に。

 

初めて味わった感覚。

それまで同じ名前を使われた事のなかった彼にとって

それは自分のものだった名前が他人に奪われたかのようなものだった。

 

隣の彼はまだ学生らしく、よく友達が遊びに来ていて夜遅くまで騒いでいた。

 

「ガンドウ~。ガンドウ~。」

「え?隣のヤツもイトウガンドウなの?じゃあ隣のヤツはガンドウ2だな」

  

と、そう聞こえる。

 

まるで自分がクローンのように扱われる感覚。

全ての人に偽者扱いされる。そう、思えた。

 

「2ってなんじゃ?」

 

日に日にそのよどみは大きくなる。

 

『お前は偽者』

 

『偽者』

 

『偽者ガンドウ』

 

そう、とうとう夢にまでまで聞こえてきた彼は引っ越した。