ちょっとした作業を頼まれ、インスタを見るようになった。
検索用の虫眼鏡をタップすると色々な人の投稿がズラーっと並ぶ。
その中に出てきたのが里田まいさんの朝の支度、メイクの動画だ。
まだ小さいであろうお子さん2人がいる中でのメイクはまるで運転中かのような目配せの連続だった。
子供がいるってことはこういうことなんだろう。
常に気を配りながら自分のことも面倒を見る。
私には子育て経験がないので、漠然とした大変さしかイメージできなかった。
彼女の動画を見て、こういうことの継続の日々なのだろうと子育てに関して具体的なイメージができた。
私は免許を持っていないので、運転する人の大変さはわからない。
だが、隣で観察していると、バックミラー、サイドミラー、前方、クルクルと目線が変わる。
それを目の当たりにするたび、私にはこれは無理なんだろうな、と思い知る。
少し前に見た女性レーサーの方が語っていた、運転中は何千ものことに気を配り続けていると。
子育ても同じだ。
彼女の動画を見てそんなことも思いだした。
そして、猫育ても、同じだったようだ。
今日も無意識に目線を向けている。
危ないものはないか、ドアは閉めたか、どこにいて、様子は変化はないか、ご飯はあるか、トイレは綺麗か、水はどうだ・・・
10数年、やり続けたこの気配りを世話をしている時には気づけなかった。
そして、他人はこの気配りを理解しないだろう。
子供であっても、猫、犬、運転であっても。
きっと介護でも。
無自覚、無意識の気配りに対する労いなど、理解しようともしない。
それらを当たり前と処理するかもしれない。
そんなわけない、と一刀両断するかもしれない。
実際にやっている人たちももしかしたら気が付かないかもしれない。
人の担う苦労は目に見えるものだけではない。
私も全く気付いていなかったけど、今、もう、気付いてしまった。
もう、気づかなかった前には戻れないのだ。
それを踏まえて、私は今後どうするのかな、って考えたらいいのだけど、今はまだ、無理。
悲しい、寂しい、なんてものではなく、ただ、ただ、とても疲れているな、と全身が訴えている。