不可解なことがあると、分岐点だの、試されてるだの、に身を置いてやり過ごしている。
多分、分岐点だし、試されてもいるのだろうけど、そんなしょっちゅう分岐されてたまるか、って気持ちにもなる。
いや、いちいち意味付けして腹に落とし込もうとしているだけだろうな、と薄々気づいている。
お仕事のようなもののおかげで破壊された私の生活は相変わらず安定しない。
ヒキニートしている時の方がよほど一定だったし、低空で安定していた。
仕事によって誰かと関わることも乱れる理由ではあるのだろうけど、私的には時間的拘束もかなりの力を働かせる。
それら二つが掛け合わされる訳だから、破壊力は抜群だ。
なんとかなるだろう。
落ち着くところに落ち着くだろう。
分岐だ、試されてるだ、ってなる時は俗に言う頑張りすぎてる時なのかもしれない。
頑張りどきよね、って処理してやり過ごしているから。
普段、気をつけていないと勝手に頑張りがち。
頑張っているようには見えないが、堕落のためには手を抜かない。
安定して堕落するには前もって準備をしないとならんのだ。
その準備をとっても頑張ってしまう。
そんなことを考えたら、今抱えている案件、難しく、頑張って完璧みたいなものを目指している気がしてきた。
もっと簡単でいい。
気楽でいい。
easy come easy goでいい。
最善じゃないかもしれないが、次点でいいもの、でも構わないわけで。
そこで全てが完了して、はい、おつ、死んだー、って時が止まるわけでもない。
残念ながら、時は止まらず進むのだ。
そのためにあれこれ手をかけていかなきゃならないのだものね。
仕事を始めたら、我が物顔で仕事が生活のセンターポジションを取ろうとする。
強い、強すぎる。
できれば仕事中心の生活は避けたい。
余白ありまくりな生活にしたい。
しっかり時間とか確保してマイペースにしたい。
そのために頑張り方を変えないと。
放っておいてもやることなんてごまんとあって、仕事や子育て、介護にあれこれ、わかりやすいシンボリックなサムシングがあろうとなかろうと、てんやわんやになりがちだ。
意識して流されるも吉、意識して流れを変えるのも吉。
どっちでもいいんだよな。
こうして書いて、息を抜いて、もうひと踏ん張りいたしましょう。
